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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 帰宅しても明かりは灯っていなかった。
 玄関に靴があったので、出かけていないことはわかる。寝ているんだろうな、と見当をつける。雨の日だし、今日暁登に出かける用事はなかったはずだ。
 部屋は2LDKのつくりだ。ひとまずリビングの明かりをつける。腹が減ったと思いながら冷蔵庫を開けると中身は朝、樹生がいじったままでなんの変化もなかった。めしすら食ってないのか、と樹生はちいさく息をつく。そんなんだから体はいつまでも薄いままで、それを樹生ははがゆく思う。
 仕事で雨に濡れて冷えたので、ひとまず風呂を沸かして浸かった。樹生は風呂が好きだ。ぬるめの温度に設定して、いつまでもぼんやりと浸かっている。一日の疲労のかたまりが緩み、ほぐれ、溶け出しいく、そんな想像をよくする。
 明日のことを考えた。休暇を申請しており、出かける予定だ。約一か月ぶりに姉に会う。正直億劫で仕方がないが、こればかりは逃げてはいけない。
 ああ、あの日もこんな雨の日だったな、と思い出す。雨の日の記憶は暁登に上書きされて、思い出すことはずいぶんと減った。
 風呂には、小一時間ほど浸かった。ふやけた体を乾いたタオルで拭い、下着と長袖のシャツだけ身に着けて暁登の部屋の扉をノックする。返事はなかった。しばらく待ってから、もう一度ノックする。「暁登?」と声をかける。「入るよ」
 部屋の中まで暗かった。ベッドの上に塊があって、それがもぞもぞと動き、手が伸びる。ベッドサイドの机の上から眼鏡を持ちあげて、塊はようやく人のかたちとなって樹生の目に映った。
「悪い、寝てるかな、とは思ったんだけど」
「……うん」
「電気つけるよ」
「うん」
 パチンと音をさせて、入り口のすぐ脇に設置されたスイッチを押し室内灯をともす。蛍光灯が白々と暁登の体を浮かびあがらせる。急に明るくされて、暁登は目をこすっている。体には中途半端に毛布が巻き付いており、伸びかけの髪には寝ぐせがついていた。そのあどけない姿を見て、樹生はふとやさしい気持ちになる。同僚になにを思われて言いふらされても構わないから、この気分を味わいたかった、そう思う。
「おかえりなさい、だよね」と暁登が時計を確認しながら言う。「雨に濡れて帰って来たところ?」
「いや、雨に濡れて帰って来たから風呂に入ってあがったところ。薬を塗ってもらおうと思って」
「ああ、」
 手にしていた薬の容器を暁登に渡す。いつものようにシャツを脱いで、背中を向けて暁登の前に立つ。
 樹生にはアトピーの気がある。幼いころからのもので、なにかのきっかけですぐに肌を荒らしてしまう。この季節で言えば、低温と乾燥だ。つめたい体が温まってくると猛烈にかゆくなる。乾いた風に吹かれるともうだめだ。
 薬で抑えられるのだが、仕事の忙しさに理由をつけて医者には行っていなかった。その生活を改めさせたのは暁登の存在だ。かきむしった痕ばかりの体を見た暁登は「おれが塗ってやるから医者から薬をもらってこい」と言った。うるさいな、と思うぐらいに言われて、観念して医者にかかった。医者は飲み薬もあると言ったが、せっかく塗ってやると言ってくれる人がいるのだからと、塗り薬を処方してもらって現在に至っている。
 背後で薬の瓶の蓋を開ける音がした。すぐにひやりとしたやわらかなものが当てられる、と思っていて、その冷たさはなかなか与えられない。不思議に思っていると、コトンとなにかを置く音とともに暁登の細い腕が背後からまわされた。
「やっぱこれ、後でもいい?」
 寝起きの掠れた声がたまらない。耳元で囁かれて、樹生は思わず身震いした。
「あんたの背中見てたらしたくなった。しよう、樹生」
「……疲れてるから早めに休みたかったんだけど」そう言いながらも、期待で心臓が余分に血を巡らせはじめる。
「あんたはなんにもしなくていい。立たせるもん立たせといてくれれば」
「そんな器用なことは無理……」
 思いきり体重をかけて後ろに引っ張られ、暁登のベッドに沈まされた。暁登は背後からするりと抜け出ると、倒れた樹生の上に四つん這いで跨った。普段は醒めている目がこういうときだけは強い光を放つ。また心臓が鳴る。
「だめ?」
 唇が触れるか触れないかの距離で尋ねられると、もう「だめ」とも言えない。
 無言を肯定と受け取った暁登はうすく笑うと、唇を樹生の体に熱心に押しつけ始めた。唇の横をかすめ、顎の先、首筋、胸やへそへ。右手は樹生の下着の中へ潜りこんできた。触れられると気持ちがよくて、すんなりと勃起した。
 暁登はそれを唇で辿ってから、口の中に含む。ねっとりと熱い舌で舐めまわされて、樹生は「あー」と情けない声を吐息とともに吐き出した。
「塩谷(しおや)くんはこんな子じゃなかったのになあ」
 暁登の名前を、わざとそう呼ぶ。出会ったばかりのころ、暁登のことをそう呼んでいた。
 暁登は愛撫をやめない。こんなことを、いつの間に覚えたのだろう。
「物静かで、真面目で、清潔で。男も女もなんでも、セックスなんか知りませんって感じだったし、実際そうだったのに」
 下腹から下へしびれるような快感を誤魔化しながら喋ると、暁登は先端をアイスクリームでも舐めるかのようにべろりと舌で嬲ってから、顔をあげた。
「あんただよ、あんた」
 暁登は強い瞳のまま、言った。
「あんたが教えたことしか、おれは知らない」
「……そうなんだよな、」
 樹生は上半身を起こすと、暁登の顔に手を添えた。眼鏡をそっと外す。それから暁登の体に手をまわして、思い切り抱きしめた。
「おれなんだよなあ」
「そうだよ、あんただ」
 男も女も知らなかった暁登を抱いたのは樹生だった。合意とはいえはじめは痛くて泣いて、行為の中断ばかりだった体をここまで淫乱にしたのは、自分以外に誰もいなかった。
 樹生は思い切り息を吸う。暁登の首筋のにおいを嗅ぐ。「今日、なに食べた?」
 唐突な質問に、暁登は戸惑った風だった。数秒の間をおいて、暁登は「今日は雨だったし、休みだったから」と言いにくそうに答える。
「また食ってないのか」
「でも、いつもこんなもんだってあんた知ってるだろ」
「うーん」
 暁登の肩に顎を乗せたまま、手は勝手に動いて暁登の着ているシャツの下の素肌に触れる。あばら骨の出っ張りを熱心に撫で、そのまま胸の先端に指を這わせると、そこはもうぷくりと硬く尖っていた。
「おれも今夜はめしまだなんだ」
 暁登は黙っている。
「これ終わったら一緒にめし、食おう」
 そう言い終わるか終わらないうちに、暁登の体を反対側に押し倒す。下になった男を見下ろして、めくれたシャツを引っ張りあげて胸を晒す。膨れたそこを口に含むと、暁登はなんともなまめかしい吐息を漏らした。


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一.こんな雨の日


 雨の日はそんなに嫌いじゃない。確かに億劫ではある。けれど嫌だとか煩わしいとかましてや暁登(あきと)のように眠くなるとか、そういう不調はない。岩永樹生(いわながたつき)の仕事はほぼ外回りなので、雨のことをこんな風に思える自分はラッキーなのだと思う。
 立冬を迎えたその日も、一日中雨が降りしきった。冷たい雨で、雨足もわりと強かったから樹生も含めて同僚らはみな震えて帰局した。濡れた雨具や靴や鞄を乾かすためにストーブが焚かれた。長くつかっていなかったブルーヒーターからは埃が焦げるようなにおいが漂ったが、冬のはじまりみたいで、悪くないと思った。
 唸るストーブを背に、区分棚付きの机で帰局後の処理をする。今日は書留をいくつ配ったか、いくつ持ち帰ったか。実際に手元に残った通数と個人に渡される携帯端末機に入力された件数とを比べて合わせて、数字を出す。サインをもらった配達証の数をかぞえる。作業をしていると「さみー」と言いながら同僚も帰局した。書留専用の鞄から雫が垂れている。
「おつかれさん。リーダーはまだ?」
「うん、戻ってない。バイクなかっただろ。なに、用事?」
「バイクの不調。おれの乗っていたヨンマルハチキュウ、また調子悪いの。整備頼みたいんだけど、あの人おれらが勝手にやると怒るじゃん。全部自分でやりたがる」
 と、同僚は不満をあらわにした。樹生は「だよな」と頷いてみせる。
 春先に上司が替わったのは、いままでこの集配局でリーダーを務めていた老年の社員が定年退職となったからだった。新しくやって来たリーダーは四十代半ばとまだ若く、若いがゆえに行動力が自慢で、自ら率先してものごとを進めたがる傾向があった。そのくせ、途中でやめて後を部下に放り投げるのだ。手を出すなら最後までやる、任せるなら任せるで見守りに徹する、そういうことが出来ない。いままでのリーダーとは真逆のタイプで、そういう意味で新しいリーダーは大いに不評を買っていた。
「いいんじゃない?」と樹生は同僚に言う。「頼んじゃえよ、修理」
「いいかなあ」
「おれが言っとくよ。バイクの不調なんてうちらの仕事じゃ生命線だろ? 早い方がいいんだから、さすがに文句も出ないだろ」
「まあそうなんだけどさ」
「修理、いつものところだろ。ムラタ自動車整備工場」
「そうそう、村田のおっちゃん」
「頼んじゃえ。おれがうまく言っとく」
「サンキュー、悪いな」
 そう言って同僚は早速電話を手にした。コール数回で電話はつながったようだ。同僚の声を遠くで聞きながら、樹生はまた作業に集中する。
 樹生の仕事は、郵便配達員だ。ほぼ毎日バイクに跨り、雨の日も風の日も雪の日も真夏の炎天下の日も、郵便物を配達する。この仕事に就いてもう十二年、はじめは非正規雇用の身であったが、数年前に正社員登用試験を受けて合格し、待遇が変わった。そうこうしているうちに肩書きもちょっとずつ上がり、いまでは小さな集配局とはいえ、サブリーダーの任をまかされている。
 サブリーダーとは言っても、たいして偉いわけではない。給料だってほかの同僚らと変わらないし、むしろ非正規雇用社員の方がもらっている。とりわけこの集配局は、前のリーダーの方針でまんべんなく仕事ができる。正社員だからこの仕事ができるとか、非正規雇用社員だからあの仕事ができないとか、そういう壁があまりない。正社員も非正規雇用社員もひっくるめて「同僚」という感じで、部下だとか後輩だとか、個々の差を感じない職場だった。
 以前いた集配局では、こういう雰囲気は考えられなかった。正社員は正社員、非常勤雇用は非常勤で明らかな差があった。いまの職場は一部を除けばわりと仲が良い。あまりストレスを感じず働けることは、よいことだと思う。
 先ほど修理依頼をした同僚が通話を終えて戻ってきた。すぐに修理工が来てくれる旨を樹生に伝え、そのまま椅子を引っ張り出して体を丸め、ストーブに手をかざした。
「今日は定時であがんの?」と同僚が尋ねる。
「ん、特に残ってやる仕事もないしね。なんで?」
「いや、雨だからさ。雨の日って岩永はほぼ必ず定時であがるじゃん。なんかあんの?」
 この同僚は状況や人をよく観察している。雨の日、確かに樹生は早く家に帰りたいと思う。色々と理由はあるが、ひっくるめて自分が淋しがりだからだと結論づけている。
 暁登と再会したのもこんな雨の日だった。
「別に理由はないよ」と同僚に答える。同僚はなにか言いたげに口を開きかけたが、結局にやりと意地の悪い笑みを浮かべただけでなにも言わなかった。なにか下世話なことでも考えているのかもしれない。
 そのうち配達員が次々と帰局した。その中にはリーダーも混じっていたので、彼を捕まえてことの事情を説明する。雨で難儀したせいなのか、リーダーもさすがに疲労しているようで、樹生の言うことに同意した。今日は雨天だったが、みなの帰局はそう遅くはなかったし、トラブルも特にはないようだ。仕事が終わったのだから帰る。樹生は着替えるべくロッカールームに向かう。


→ 2






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言わないこと、言えないこと、言いたくないこと、忘れてしまいたいこと。


◇本編◇

こんな雨の日
1 2 3

先生
4 5 6 7 8 9 10

恋をしている
11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29

ジャンダルム
30 31 32 33 34 35

冬の華
36 37 38 39 40

薄氷を踏む
41 42 43 44 45 46 47

冬の華(二)
48 49 50 51 52 53 54

凍土
55 56 57 58 59 60

春雷
61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71

秘密
72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84

嫌いじゃない
85



◇番外編◇

星のスピードで落っこちる 前編 中編 後編
(カウンター100万歩お礼掌編)

ワンダーフォーゲル
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13

氷の女王 前編 後編

夏の底辺を求めよ
1 2 3 4 5 6 7

蜜雷 前編 後編

あなたがかけがえなく大切で
1 2 3 4 5




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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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