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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「最近、おかしい」
「おかしい?」
「はい。ずっと黙っていて、話しかけても難しい顔をしているから話すのを諦めます。なにかあるのかあったのかだと思うんです。でもそれをあの人は、おれには話してくれません」
 何か知っているか、と訊かれたが、早には分からない。樹生には会っていないし、連絡もなかった。
 ただ、何も思い当たらないかと訊かれれば、答えは違う。大雪の日に不意に訪れた茉莉のことが引っかかっていた。秋に「茉莉は復讐に向かっている」というようなことを樹生は漏らしている。あの姉弟の、とりわけ姉の、長年の望みが叶うことを早は危惧していた。
「お仕事で疲れているんじゃないですか?」と言ってみたが、暁登は納得しかねる、という顔で鼻から息を漏らした。
「仕事自体はいま、そんなに忙しくないと思います。年末年始はばかみたいに働いてましたけど、いまはゆるゆると休みもあるみたいだし」
「そうなんですね」
「ちょっと隙があると、重たい顔して溜息なんかつくんです。明らかになにかあると思うんですが、訊くと『別に』ってはぐらかされます」
 確かに、と早は遠い昔のことを思い出す。何か憂鬱なことがあると、樹生という男は黙する。不満を口にしたり、おしゃべりに興じるタイプではないのだ。
「あんまり食べないで煙草ばっかりふかして。テレビなんかろくに見てもないのに点けっぱなしでぼーっとしてて。ふらっと出かけたと思ったら財布を空にして帰って来るから、多分パチンコかスロットかその辺なんだろうな、と思っているんですが」
 その姿は容易に想像がついたので早は苦笑した。
「……おれも口うるさかったんだと分かってるんですが、その、……そういうのやめろよ、と言ったら、『おまえには関係ない』と言われてしまって。……おれは岩永さんから信用されていないんだな、と思ったら、辛くて」
 ああ、それなのだな、と早は納得した。
 暁登の、樹生に対する絶大な信頼は、見ていてストレートに伝わる。暁登は岩永樹生という人間のことを心から敬愛している。ともに暮らす仲であればその信頼はいつ失望に変わってもおかしくないと思うのに、暁登にはそれがなかった。むしろその思いは日を追うごとに強くなっているとさえ感じる。
 塩谷暁登という男は自分に自信のない男だ。それでも、初めて早の元へやって来た時のことを思えば、随分と明るく朗らかに笑うようになった。仄暗く瞳だけを血走らせていた力のない青年だったのに、こうして早の気まぐれの外出にも付き合ってくれるようになった。雨の日の頭痛や倦怠感も、以前と比べれば随分と減ったようだ。
 樹生との暮らしの中で少しずつ得て来た「自信」なのだと思う。それを与えてくれた相手から「関係ない」と言われれば、暁登でなくても落ち込む。
 樹生は暁登のことをどう思うか考えているのか知らないが、早が受け取る感覚としては「溺愛」だ。
 暁登のことがかわいくてかわいくて仕方がない。樹生と暁登は年が離れているはずだが、その年下の暁登に対して樹生が見せるのは「甘え」だ。樹生は体こそ大きいがその中身は淋しがりで甘えたがりの部分がある。それに暁登が気付いているのかいないのか、とにかく暁登に対しては、樹生は甘えている節がある。
 大事に思う存在ほど、大切に、手の中で温めたいと思うのが樹生という男の性質だ。外の風雨から守り、徹底的にかわいがり、自身も甘えすがる。信頼とか信用ではないのだ。
「あまり暁登さんは気にしない方がいいと思いますよ」と早は答えた。
「樹生さんの自立する力はすさまじく揺るぎないと、よくご存知だと思います。何かに直面していたとして、それをひとりで解決しようとして黙り、実際、解決してしまいます。それだけの自己回復力の強い人なので、きっと今回もそのうちけろっとして笑うようになるんじゃないですか?」
 と言いながらも、こんなのは慰めにもならないだろうと思ってはいた。実際、樹生が今どんな状況に追い込まれていて、どれほど思い悩んでいるのかを早は知らない。それを傍らで見ながらも歯がゆい思いをしている暁登のことはいまなんとなく伝わってきたが。
 優先順位ならば、いま目の前で怒っている青年の気持ちをなだめる方だろう。
「ですが、暁登さんのような方にとっては、気に病まない方が難しいということも分かります。そうですね……何か樹生さんの気分が晴れそうなことにお誘いしてみてはいかがですか? あまり言葉を介さない発散の仕方の方がよさそうですので、例えば一緒にスポーツをしてみるとか。観戦でもいいかもしれませんね。樹生さんはお風呂が大好きですので、ドライブがてらちょっと辺境の温泉へ行ってみるのも、気分が変わっていいかもしれません」
 と話しているうちに降車が迫って来たので、暁登がボタンを押した。硬貨を入れてバスを降りる。ここから家までは五分ほどだが、先日の大雪で地面が凍結している個所もあるので、ゆっくりと歩いた。
 暁登は早の荷物を当然のように持ち、早の隣を同じ速度で進む。もっと早く歩けるだろうに、早に添ってくれている。こういう心配りの出来る青年を樹生がかわいがるのも無理はない気がした。暁登の本質は、誠実なのだ。
 ザクザクと硬い路面を踏みながら、やがて暁登が「スポーツ観戦、いいと思います」と呟いた。


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プロフィール
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粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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