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 暁登父は樹生と、婿と、自身のグラスにビールを注ぎ、ホットプレートにスイッチを入れて餃子を焼き始めた。目元は暁登によく似ていたが、体格は暁登とは全く違って固く締まっていた。暁登はどちらかと言えば母親似なんだろう。暁登母は華奢で線の細い体つきをしていた。
「暁登が友達を連れて来るなんてそうはないんですよ」と暁登父は言う。
「郵便局にお勤めだとか。その節は息子がお世話になりました」
「……いや、私は特に何かしたわけではないですし」
「辞めてしまいましたけどね、配達員の仕事は暁登にとっては長く続いた職でもあるんですよ。いい先輩がいて、と言っていました。岩永さんのことでしょう」
 暁登父は穏やかに喋る。あなたのお陰だ、と言わんばかりで、樹生はここにも並々ならぬ信用と信頼があるのかと、苦笑する。
「辞めてしまったのは惜しいと思いましたけど、……組織としては大きくて、色んな人のいる会社です。いい人もいれば、あまりそうでない人も」
「まあ、そんなのは僕の会社もそうですよ。きっと、どこでも」
「そうですね。塩谷くんの新しい仕事が……うまく続けばいいなと思います」
 と言うと、暁登父は「本当にありがとう」と嬉しそうにはにかんだ。隣に座る暁登は黙ったまま、こちらはアルコールではなくお茶を煽る。
 焼けた餃子を皿に取り分け、意味もなく杯を合わせた。とりとめもない話をする。義兄は樹生よりひとつ年下だと知って、樹生はまた苦笑した。
「岩永さんはご結婚はされてないんですか?」と義兄に尋ねられる。隣にある体は何も動じないのが悔しくなり、「したいですよ」と答えた。
「それはしたいと思う人がいるってことですか?」
「そうですね」
 と言うと、カウチに寝そべる暁登の姉と、台所に立って家事を手伝っていた妹とが一斉に「きゃ」と反応した。二人とも身を乗り出して、こちらの話に興味津々だ。
 暁登だけがしれっと餃子を食べている。
「ですが難しいかもしれません」
「なぜ?」
「……前にね、一度婚約破棄にならざるを得なかったことがあって。まだ二十代の半ばの頃で、とても辛かった。だから慎重になっているのと、」
 いつの間にか塩谷家の皆が樹生を窺っていた。
「私はとても淋しがりで甘えたがりで家族という存在が欲しい、ということを、恋人に伝える努力をしてこなかったから、ですかね。関係をこじらせまして」
「それは、いまの恋人さん、に、ですか?」
「そうです。……言葉だけじゃ伝わらないことはたくさんありますが、言葉にしなければ分からないこともたくさんある、ということを忘れていました」
 一家はボウッと樹生の言葉を聞いていたが、暁登の姉がうっとりと「そういうの、大事だよねえ」と発言したのを機に、それぞれの表情を見せた。
「ちゃんと考えてる岩永さんが偉いよ。大丈夫ですよ、きっと話せば恋人さんとの関係もうまくいきますって」
 と暁登の姉は言う。義兄もうんうん、と頷いていた。
「そうだといいんですけど」
「ねえねえ、恋人さんってどんな人なんですか?」
 と興味津々に訊ねてきたのは、暁登の妹だった。
「岩永さん格好いいから、こんな人あたしだったら手放さないよー」
そう言われ、困ったなと思いながら「ありがとう」と答えたらまた色の付いた悲鳴が上がり、暁登母に「あんたいい加減にしなさいよ」と窘められていた。
「だってー、格好よくない? 好きな人のこと一番に考えてるって」
「そうねえ」
 姉妹は口々に樹生を褒める。妹が「あたしとかどうです?」と言い出すのは、さすがに面食らった。
「その恋人さんとうまくいかなかったら、あたしと付きあいません?」
「もーも! このばかっ! お客さん困らせるようなこと言うんじゃないよ」
 すかさず突っ込んだのは暁登母だったが、懲りず妹は「えー?」と不満を漏らす。
「彼氏ほしーもん。岩永さんていくつって言いました? 年下はどうですか?」
「百夏(ももか)、」
 妹を呼んだのは暁登だった。
「この人はやめとけ」
「あきっちゃんなにか知ってるんだ?」
「知んない。おれはなんにも知らないよ。でもこの人はやめといて」
「なんでー?」
「なんでも」
 それ以上を暁登は語らず、また食に集中し始めた。妹はしばらく不満そうな顔をしていたが、義兄に「焼けたよ」と餃子を渡されるとそれ以上のことは言わなかった。
「――でも、」
 会話を引き継いだのは姉だった。
「確かに岩永さん、とても素敵だね」
「きみもそれを言うのか?」夫が呆れた顔を妻に向けた。
「あなたも素敵なお父さんになるんだよ」
「うーん、努力はする」
 夫婦に、兄妹、姉妹に、姑と嫁、親子。様々な関係がひとつの家の中にあり、それぞれで会話をする。話題は尽きず、弾んでは笑いが起こる。いい家庭だなと思ったら樹生は無性に泣きたくなった。それを堪えてビールを煽ると、暁登父が注いでくれた。
 いつの間にか眠っていた。自分の足で客間に敷かれた布団まで歩いて来たことはなんとなく記憶にあったが、あまりよく覚えていない。結構深く酔っ払った。暁登の父親と義兄も同じくらい飲んだはずだ。楽しい酒だった。
 客間は暁登と兼用で、だが騒がしさにふと目が覚めた時には暁登は隣にいなかった。
 何時だろう、と思いながらも布団の心地よさに微睡んでいると、ばたばたと足音がして部屋の襖が開いた。目だけ開けると、廊下の明かりに照らされて暁登が樹生を覗き込んでいるのが分かった。
「なんだ、起きてる」
 暁登はそう言い、「ごめんちょっと話聞いて」と樹生の布団の傍にしゃがんだ。


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プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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