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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 草刈家での生活には、すぐ慣れた。早を手伝いながらも空いた時間はひとりで勉強を進められたし、朝が早い分、いちばん暑い時間帯での昼寝もよくした。家の中はひんやりと涼しく、真夏でも午前中いっぱいぐらいは冷房をつけずに過ごせた。実家にいるよりも規則正しい生活は、しかし苦ではなかった。早との時間は楽しかったが、ひとりの時間もきちんと尊重してくれる。距離感が心地よい。
 叔父は家に来たり来なかったりで、来たときは食事を共にした。泊まっていく日は(もしかしたら藍に気を遣って)なかった。それでもこの家には叔父の気配がそこかしこにあった。頻繁に通っているのだろう。
 滞在三日目の昼前、ポーンとインターフォンが鳴らされた。早と揃って昼食の支度をしていた時で、早は火をつかっていたので「出ていただけますか?」と藍に依頼した。
「きっと暁登さんです。連絡がありましたから」
「アキトさん」
「ええ。中へお招きしてください。ちょうど昼食になりますし」
 素麺を拭きこぼさぬよう、早は差し水を入れる。本当は知らない人を家に招く役割なんて負いたくなかったが、家主の指示では仕方がない。ぺたぺたと廊下を進み、玄関の扉を開けた。だがそこに人はいなかった。
 夏の熱気が途端に家の中へ押し寄せる。ただのいたずらでインターフォンを鳴らすには、この家の敷地が広い分向かないように思う。きつい日差しに目を細めつつ辺りを見渡すと、男がこちらに背を向けて立っているのが見えた。家の周りの雑木林の一本を見あげて眺めている。後ろ姿なので年齢が分からないのだが、紺色のポロシャツに膝上のハーフパンツといういでたちは若いように思えた。
 あの、と声をかけると、男が振り向く。振り向きざま、眼鏡越しのきついまなざしに、藍は言葉を忘れる。
 雰囲気のある人だな、と思ったのだ。
 すらりと伸びた手足は成人した男の人のそれで、けれど叔父のように熟成してしっかりと重量を持った肉体とはまた違い、ほとばしるようなみずみずしさを感じた。眼鏡とその奥の暗く輝く瞳に知性を見た。叔父を海の底や川べりにあるような、水の流れで削れてまるい石に例えるなら、この人はまだ原石だ。尖って硬く、硬い分だけもろい。黒曜石、ととっさに思った。そうだ、黒曜石だ。黒くガラス質の、透かすと美しい石。
 言ってしまえば「見惚れた」。男は藍を認めて歩み寄ると、「眞仲藍」と名を発音した。
 その掠れたハスキーな声も魅力的だった。
「――さん?」
「え?」
「眞仲藍さん、で合ってる?」
 藍は目を数度瞬かせて、「はい」と答える。まさか男に名を知られていると思わなくて、一気に全身で緊張した。
「夏休みを利用してこの家に来てる、岩永さんの姪っ子。中学三年生」
 岩永、という苗字が誰を指すのか思いつくまでに数秒を要した。叔父だ。
 そうです、と答えると、男は「ふうん」と言った。
「目元がちょっと、似てる」
 誰に、とはなんとなく聞き損ねた。


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プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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