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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 樹生の車に乗り込んでしばらくして、暁登は「でも」と言った。先ほどの続きがあるらしかった。
「ん?」
「岩永さんの方がすごいと思います。学歴から言ったらおれの方がいいかもしれないですけど、……でもいまは正社員で、ちゃんと働いています。おれはただの引きこもり。あの、……岩永さんの働き方って、憧れで」
「なにがよ」樹生はつい笑ってしまう。だが暁登は真面目だった。
「線引きができるところというか。岩永さんって教え方も上手いし面倒見いいですけど、適当に放り投げるし、見ないふりもしますよね。判断が早くていつも冷静で、それって会社のシステムや状況を理解してなきゃできないし、頭の回転が速くないとやっぱりできないと思う。コミュニケーションも上手いし、おれみたいに、言葉に詰まったり選んだりってことがないなって。……なんでもできるな、って、思っていて……」
「べた褒めだね」
「尊敬しているんです」
「おれ程度が尊敬の対象なんかじゃだめだよ」
 樹生は笑ったが、暁登は不服そうでもあった。その時、暁登のスマートフォンが震えた。実は先ほどから気になるほど、暁登のスマートフォンはひっきりなしになにかを告げていたのだが、暁登は知らんぷりだった。しつこく鳴動するこれが気になり、ついに「出なよ」と言ってやった。
「いや、電話じゃないです。多分、メール」
「だから確認しなって。急ぎの連絡かもだろ、」
「いまのおれに急ぎの用件がある人なんか、いないです」
 と、暁登はスマートフォンを取り出そうともしない。樹生はハンドルに腕を置き、そのまま顎を乗せる。「あー、そう」
 だが、暁登の言葉に反して、スマートフォンはバイブレーション機能を発揮させる。静かな車内に響くので、樹生が焦れて「だから確認しなって」と言った。
「それとも確認したくない用件? 借金取りからとか」
「……」
「え、借金してんの?」
「してません」
 と、暁登はきっぱりと否定したが、樹生の言った「確認したくない用件」であるのだろう。そこまで考えて、樹生は「あ」と勘づく。「もしかして、昨日のアレ?」
 暁登は瞬時に表情を変え、わかりやすくうつむく。嘘のつけない性格は好ましいが、この青年のこの先のことを考えると嘘ぐらいはつけた方がいい。なんだかやるせなくなった。
「それ、メール? LINEとかじゃない?」
 と尋ねると、暁登は小さく頷いた。
「――パソコンのフリーメールです。登録用に取得したやつで、スマホにアプリ入れてあって。それがうるさいだけです」
「そのアドレス宛に頻繁にメールが届く?」
「……そう、ですね」
「見てもいい?」
 と訊いたが、さすがに頷くわけがないと思った。しかし樹生の思惑に反して、暁登は少しの間を置いてから頷いた。スマートフォンをようやく取り出すと、とんとんと指で操作して、画面を差し出す。「どうぞ」
 どうぞと差し出されてもな、と思ったが、見てもよいかと尋ねたのは自分である。メールの中を見ると、下品なタイトルのメールばかりだった。どういうところに登録したのかまでは不明だが、おそらくその時点でアドレスを基本とした暁登の情報は抜かれているのだろう。セックス、セックス、セックス、金金金、セックス。おおむねそんな内容だった。こんなのを受信すること自体が無意味だ。
「とりあえずこのメールのアプリ、消すよ」
「え」
「アンインストールするだけ。やかましいだろ」
 暁登はなにも言わなかった。「それとも困ることがある?」と訊くと、諦めたように首を横に振った。樹生は暁登のスマートフォンを操作して、即座にアプリケーションを消した。
「なあ」気になっていたことを訊くことにした。「どういうところに登録したの?」
「……よく、わかんないです。登録っていうか、掲示板みたいなところに書き込んだ感じで」
「それ、まだ消してない?」
「……はい、」
「おれも見ていいかな」
「――嫌です」
 これにははっきりと否定する。
「なんで? メールはよくて書き込みは駄目?」
「駄目なんじゃなくて、嫌なんです」
「……だったら、おれが塩谷くんの気持ちを無視しても、見るのはいい、ってこと?」
 そう言うと、暁登は「岩永さんはおれが嫌なことをしません」と答えた。
「わかんないよ、人なんて」
「岩永さんは、しません」
「……あのさ、そういう信頼? とか、さっきの尊敬とか、いったいどこから来てるんだ?」
 樹生はややうんざりしながら尋ねる。自分はそんなたいした人間ではないと思うからだ。卑下するつもりは全くないし、自分に自信がないわけでもない。ただ、事実。暁登が自分のことを飾って見ているのだとしたら、それはやめてほしかった。
 暁登はうつむいていたが、顔をあげた。樹生の目を真正面から捉えて来る。黒縁の眼鏡の奥の瞳はなんだかわけの分からないものに燃えていて、迫力に樹生は思わず圧倒される。先ほどまで冷めたような、諦めたような態度だった人がいきなりこのような目をする――それは震えるほどに、強かった。
「おれは岩永さんを、心から尊敬しています」
 樹生の問いの答えにはなっていなかった。けれど樹生は「そうか」と頷き、車を発進させて来た道を戻った。



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プロフィール
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粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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