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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 カーナビが示す方向へ車を滑らせる。道中は長かったので途中の道の駅でトイレ休憩をし、煙草を吸ってから、また発車した。進むにつれて辺りはどんどん雪深くなっていた。それでも道に雪はなく乾いていたので、難なく進むことが出来た。
 目的のカフェは、雑木林の中にあった。
 感じとしては早の家を思わせる。木立の中にある黒っぽい建物だった。林の中なのであまり除雪が行き届かず、ここは所々凍っていた。道も狭く、道路の脇は舗装が剥がれかけている。駐車場も砂利を敷いただけだ。日曜日の昼時であったせいかスペースを見つけるのに難儀した。人気の店であると知れる。
 店内は樹生には狭いと感じたが、茉莉は店構えを見て「さすがね」とため息をついた。大きな本棚があるのが印象的だった。店主の趣味か、客の趣味か。旅行記が多いようだった。
 茉莉は辺りをぐるりと見渡し、店の奥へと目を向ける。そこへすたすたと歩いていくので樹生も後を追った。四人掛けの大きなテーブルに一人、小柄な男がついていた。本を読んでいるようだ。その向かいの席に当たり前のようにするりと茉莉は座る。樹生が驚いて足を止めると、男も振り向いた。
 五十代は過ぎただろう、六十代か。白髪の混じる頭をさっぱりと短く刈り込んだ男は、樹生を見て目を丸くした。
 茉莉が「こっちへ来て、座って」と自らの隣の席の椅子を引く。
「茉莉、」
「いいから座って」
「茉莉、これ、どういう……」
 樹生には全く見えない成り行きだった。「あの男」がいたとされるKという土地で、茉莉が誰かと待ち合わせをしていて、それに付き合わされている事だけなんとなく理解出来た。だが目の前で目を開いている小柄な男に樹生は見覚えがない。もちろん、「あの男」などではない。
 一番あり得るとしたら、茉莉の数多くいるボーイフレンドのうちの誰かで、Kの土地勘に詳しい誰か、だと推測した。「あの男」について懸命に追ってくれていた男かもしれない。茉莉の探し物の進展について知っている男という可能性は高かった。
 茉莉の隣に腰を下ろす。姉がマフラーを外し上着まで脱いだので短く終わる話ではないことが分かり、樹生も真似て上着を脱いだ。店員が水とメニューを持ってやって来たが、茉莉はメニューも見ず「ブレンドとココアを」とオーダーをかけてしまった。
 男も一緒に注文をした。「僕もブレンドと、バタートーストを」と言うのを聞いて、店内に漂う飲食の香ばしいにおいに胃を動かされたこともあって、樹生の腹が鳴った。
「やだ、お腹空いたの?」と茉莉が呆れるように言った。
「何か頼もうか。ごめんなさい、やっぱりメニューを、」
「ここのおすすめはホウレンソウのカレーとナンのセットです」
 店員にメニューを見せてもらうように頼んだ茉莉に声をかけたのは、目の前の男だった。
「軽食ならバタートースト。ですが春メニューとして出している桜餡のあんぱん、あれも美味そうですね。甘い物がお好きならそちらでもいいかも」
 と言って男はカウンターの上に大きく据えられた黒板を示した。そこにはメニューが英語混じりで書かれており、確かに「この春の新メニュー」の所にパンがいくつか表記されていた。
 この男の正体はさっぱり分からない。だがそれを理由に食事を諦める程、樹生のメンタルに打撃を与える事ではなかった。
「あ、じゃあ桜あんぱんと、クリームパンと、えーと、シナモンドーナツを」
「そんなに食べるの?」
「腹減ったんだ」
「口の中甘くならない? ほんと、好きだよね」
「まあね。茉莉こそなにか食べなよ」
「後でね」
 メニューを取り終えた店員が下がる。初めこそ姉弟を見て目を丸くしていた男も、目尻を下げてゆったりとこちらを見ていた。
「初めまして、岩永の長女の茉莉です」と、改めて男を向いて茉莉は頭を下げる。
「こっちは弟の樹生」
「……初めまして。晩(ばん)、といいます。いや、あまり初めましてでもないんだけど」
 美藤(みふじ)さんによく似ている、と男が言って、樹生の肌に鳥肌が立った。美藤、それは亡くなった母の名前だった。
 久々に聞いた名だ。
「あなたもそっくりですね」と男が樹生を向いて言った。
「直生(なおき)が帰ってきたのかと錯覚してしまった」
 直生、と男は確かに発音した。瞬間的に茉莉は目を閉じた。樹生は顔を上げる。
 名を口にすることを禁じてきた、と言える、姉弟にとっての呪いのような言葉。
「あの男」と呼んだ、二人の父の名前だった。


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プロフィール
HN:
粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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