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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 いま聞いたことが、欠けたパズルのピースを埋めるように、樹生の脳内にはまっていく。樹生の父が不在の理由、茉莉が父を憎む理由。
「さっき」と樹生は口を開いた。
「父が山で滑落死して、それが母の死と関連すると言いましたが、そもそも母は交通事故死でした」
 そう言うと、晩は「うん」と言って、樹生に先の話を促した。
「なぜここが繋がるんですか?」
 途端、晩は眉根を寄せ、やるせない、苦しそうな顔をした。腕組をして、低く唸る。
「――あの日、直生は山荘の仕事を休んで、山に登っていた。H岳連峰だよ。秋雨の続いた中にひょっと出た晴れ間の日でね。歩くのにとてもいい日だった。……けれど途中の岩場で足を滑らせて、滑落した。目撃者の話だと、山の谷間へ真っ逆さまだった、って」
 ふ、と晩は息を吐く。聞いているこちらも不快だが、晩もあまり話したくないのだろう。
「連絡が来た時には、目撃者から山岳警備に救助要請がされた後だった。僕はしばらく迷って、……美藤さんに連絡を入れた。彼女は『すぐそちらへ行きます』と言ってね。子どもたちは連れずに、ひとりで車を出した。その頃にはまた雨が降り始めて、道中、視界も悪かった。そこで彼女は向こう側からやって来た乗用車に気付かず、事故を起こした。あっけなく逝った。……こういうのを二次災害、と言うのかな」
 最後のピースがはまり、樹生は身震いした。心臓が痛む。母の死の理由も、その後に付随した出来事も、胸にひたひたと迫り、苦しい。
 結果的に親をふたり同時期に失って、高校卒業を間近に控えた姉は自立し、弟は「早先生と惣先生」に引き取られたのだ。
 それが自分たちの境遇だった。
「それで遺体が、見つかってないのですね」と茉莉が言う。その声は小さく震えていて、哀れだった。
「そうだ。見つかったのは、岩場に引っかかっていたジャケットと腕の一部。まあ、山の事故なら、こういうことはそんなに珍しいことじゃない。……残された人間には、辛いだけだけどね」
 晩はまた段ボールを探って、ジッパーのついた透明のビニール袋を取り出した。その中にはぼろぼろの赤い布が入っていた。黒ずみ、ちぎれ、穴が開いたり、繊維がほつれていたりする。
「これが、……遺品だ」
「……」
「僕はね、毎年H岳連峰に登って、直生の遺体を探している」
 そう言った晩の目は、強かったが、淋しかった。直感的に樹生は、この人のよりどころはまだ父親にあるのだと知る。
 とっくに死んだ人間の遺体を探し続けている。親や兄弟でもないのに。
「ただ、まあ、……僕も年を取った。体力的にはあと数年のトライで終わりそうだと思う。生きているということは、そういうことだね。直生も美藤さんも亡くなったけど、僕は違うから、年を取る。……きみたちも一緒に探すかい?」
 その問いには答えられなかった。樹生には父に対するそこまでの執着がなかったし、茉莉も父親のことは「見つけ出す」と言ったが、「復讐」を成し遂げられないなら、意味がない。
 姉弟が黙っていると、晩は「そうだね」と言った。
「きみたちにとって直生はそういう存在だ。残念ながらね。けれど、僕は違う。……違うんだ」
 しばらく場に間が出来た。やがて樹生は口を開く。
「なんでそんなに、父に親身になるんですか」
「単純な理由だよ」
 晩は疲労を滲ませた顔を、だがしっかりと樹生に向けた。
「僕は直生が大好きだったんだ」
「……」
「正直なことを話すよ。僕は初め、直生が僕を頼ってくれたことがとても嬉しかった。奥さんと子どもを置いて山荘にやってきてくれた時に、この時間が永遠だといいなと思ったものだよ。彼を二度とあの家庭に帰したくない、とも思った。本当に、彼のことが好きなんだよ。だから、」
 晩は言葉を区切り、自嘲する笑みを浮かべた。
「直生が事故に遭った時、そのことをほとんど周囲には知らせなかった。美藤さんにさえ知らせたくなんかなかったよ。美藤さんを殺したのはある意味、僕だったのかもしれないね。あなたがたをこんな境遇にしたのも、僕。直生の子どもたちのことは気にしなかった。どうでもよかったんだ。直生じゃないなら、僕の人生に意味がないから」
「――あなた、」
 瞬時に茉莉が怒りで震えたことが分かった。事務机の上に転がっていたボールペンを咄嗟に掴み、そのペン先を晩に振り下ろそうとしたので、樹生は慌ててその腕を取り体を羽交い絞めにした。


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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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