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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「誘ってみようかな。何がいいんだろう。相撲はこの間終わっちゃったしな」
「この時期ですので、ウインタースポーツなんかは結構あちこちで大会があるんじゃないですか? いつかの冬のオリンピックの時に、私は観戦に行ったことがあります」
「へえ。何を観たんですか?」
「あの時はスキーのジャンプを観ました。日本人選手が活躍していた時代でしたね」
「ジャンプ台に遊びに行ったことはありますよ。小さい頃に家族に連れていかれて、上まで登りました。あれはものすごい高さから飛ぶんですね。夏で雪なんかなかったけど、めちゃくちゃ怖かったです」
 喋っているうちに暁登の声に張りが出て来た。やがて家の前までたどり着く。玄関の鍵を開けていると、不意に暁登が中庭の方へ顔を向けて「何か聞こえませんか?」と言った。
「何か?」
「なんだろう、鳥の羽音みたいな」
 と、暁登は玄関前に荷物を降ろしてそちらへ歩いていく。早はその荷物を玄関の内側に運び入れてから後を追った。中庭は居間に面しており、居間の大きなガラス窓からバルコニーへと出られるようになっている。雑木林に囲まれた家だが、ここだけまめに枝を刈ってもらってあるので日当たりもよい。そのバルコニーに外から侵入すると、そこに何か動くものがあった。
「鳥だ。鳩?」
 灰色の鳩が仰向けになり、バタバタと体を動かしている。動物にでもやられたのかと思いながら周囲を見渡せば、暁登が家の異変に気付く。「あそこ」と言って彼は居間のガラス窓の上部を差した。天窓が割れ、屋内にガラスが落ちている。
「窓ガラスに鳥がぶつかったんですね」と言うと、暁登は早を振り向いた。
「以前にもこの居間の窓に鳥が飛んできてぶつかったことがあったんです。その時はガラスは割れなかったんですけど、ぶつかった鳥は骨を折って死んでしまいました。鳩ではなく、桃色の羽が綺麗なヒレンジャクでした」
「ああ、じゃあきっと今回も」
「ここの窓は大きく広いですから、鳥が勘違いするみたいなんです」
 早は体をばたつかせている鳩の元へ屈み込んだ。暁登はしばらく窓ガラスの様子を確かめていたが、「他に家の周りに異変がないか見てきます」と言い、ひらりとバルコニーの柵を超えて雪の積もる地面へ着地すると、そのままザクザクと家の周りを進む。
 鳩は思いのほか元気ではあったが、ガラスを破るくらいの衝撃をその体に受けたと考えると、このまま野生に帰り元通りの生を生きるのは難しい気がした。早がそっと手を伸ばすと鳩は身を捩る。そのままの勢いでくるりと態勢を立て直し、二本の足でトントンと跳ねる。そうしていきなり羽ばたいて雑木林の方へ消えたが、随分な低空飛行だったので、傷の深さを実感させた。この寒さであるし、まず助からないだろう。
 暁登が戻って来る。「大丈夫みたいですので、とりあえず中に入りましょう」と言う。
「あれ、鳩は?」
「飛んで行ってしまいました」
「飛べたんですね」
「ええ。でも、重症のようでしたし……」
 飛び散った羽毛を片付けなければなりませんね、と言うと、暁登も同意した。
 家の中に入ると、外よりはずっと暖かかったが、思っていたよりは暖かくはなかった。天窓の破れから風が入り込んでいた。居間に飛び散ったガラスを拾い集めながら、暁登は「ガラス窓の修理などを決まって頼んでいるところはありますか?」と早に尋ねる。
「ええと、いつかトイレの小窓にひびが入ってしまった時に、夫の知人の修理工に頼んだことがありました」
「じゃあそこに連絡してください。こんな季節ですから早く来てくれると助かりますが、今日はもう夕方なので、難しいかもしれませんね。それでも一報をいれて、早めの対応をお願いしてください」
「分かりました。と、暁登さん、手袋を」
「ああ、ありがとうございます」
 農機具を扱うときに使う革の手袋と、ガラスの破片を入れるためのバケツを渡す。言われた通りに修理工へ電話をかけると、急な呼び出しであるにも関わらずこれから来てくれると言った。
 暁登にその旨を告げると「よかった」と言い、また天窓を見上げた。
 天窓は、家の内側にくの字型に設置されている。広く明かりを取るための窓で、よって居間は陽が入りさえすれば冬でもあまり暖房を入れずに暖かい。多くの鉢植えの植物はここで越冬させていたが、業者が来るのであればひとまず片付けなければならない。
 暁登が「脚立、ありましたよね」と言った。
「ええ、外の納屋に」
「ちょっと持ってきて、様子を見ます。すぐ来てくれるなら応急処置的に塞がなくても大丈夫だと思いますが、それでも一応」
 そう言って彼はまた外へ出る。やがて脚立を肩にかけて、バルコニーの方から現れた。足元をしっかりと確認してから脚立を組み、天窓へ向かってひょいひょいと登り始める。早が大きな声で「気を付けて」と言うと、暁登はにこりと微笑んだ。
 天窓をあらかた点検し終え、破れたガラスの間から暁登は早に声をかけた。「この窓、一枚だけみたいです」と他は異常ないことを早に伝える、
「他は割れたりひびが入ったりは、していませんか?」
「大丈夫みたいです。ですが場所が場所なので、はめ込むのに苦労するかもしれませんね。なので後は業者に任せます」
 そう言って暁登は脚立を降り始める。と、突風が窓に吹き付けた。がたがたと音をさせて震え、脚立の上部にいた暁登が煽られてバランスを崩す。
「――暁登さん!!」
 それはまるでスローモーションのように映る。ゆっくりと暁登はバルコニーの床に落ちた。


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Beiさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
暁登のピンチですが、追い詰められていくのは本人よりも周囲だったりします。あまり心地よいと思える場面ではないかもしれませんが、引き続きお付き合いを、ぜひ。
粟津原栗子 2018/05/29(Tue)09:40:20 編集
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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