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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 樹生が再び顔を見せたとき、早は庭に出て家庭菜園の手入れをしていた。本格的な冬が来る前に畑を片付けて、出来れば耕運機をかけてしまいたかった。今日は萁(まめがら)の片付けで終えてしまった。今年の菜園は天候の良さと適切な気温のおかげで、植物の育ちが良かった。
 夫が結婚前から住んでいた家で、どれくらい広いかと言えば周囲の雑木林まで含めた面積が敷地であるぐらいだ。この家にやって来たとき、畑はなかった。夫に畑を耕す趣味はなかったのだが、早が望むと、木を根から抜き花壇を移して、土地を空けてくれた。申し訳ない気でいたのだが、夫は「こういうのでいいんだよ、家は住む人で変わるのだから」と優しい笑みを浮かべて言ってくれた。
 早の家庭菜園には夫も興味を持ち出し、亡くなる前の何年かはふたりで畑を耕すことに精を出した。育てたものは色々あるが、夫は「宝物を掘り当てる楽しみがある」と、根菜類を好んで収穫していた。早はベリー類が好きだったので、イチゴやアカスグリが採れると嬉しかった。
 いま、この菜園はひとりでは広すぎると感じるが、それでも早は体力が続く限り手を入れて作物を育てている。暁登が定期的にやって来るようになってからは、彼に家事や雑務を任せて畑に出ることも出来るようになった。なんとなくこの畑を暁登には関わらせてはいない。畑はひとりで黙々と手入れをしたい、という思いがあった。
 樹生がこの畑に顔を見せるのは本当に久しぶりだと思った。樹生の出現に、早は「おかえりなさい」と声をかける。作業用の手袋を外し土埃をエプロンの裾で拭いながら樹生に近寄った。
「早かったですね。お墓参りは無事に?」
 といつものように訊ねたが、なかなか返答が得られないので早は顔を上げた。そこでようやく、この背の高い青年がとても疲れていることに気付いた。気付くと同時に、なぜ配慮を怠ったのだと早は後悔した。あの姉に会ったのだ。
 樹生の姉のことはあまりたくさんのことを知らないが、印象は「疲れてしまう」だった。対峙すると、あまりにもマイナスのエネルギーを受け取ってしまい、早の場合はその後頭がぼんやりして、言葉を上手に発せなくなる。弟でもそれは同じなのだろう。もしくは弟ゆえに、もっとなのか。
 樹生は暗い顔を見せながらも、手にしていたビニール袋を軽く持ち上げた。
「惣菜、買ってきました。夕飯には早い時間ですが食べませんか?」
「ありがとうございます。そうですね、わたしもお腹が空きました。きっと、暁登さんも」
 語りかけながら早は惣菜の袋を受け取る。樹生はぼんやりとしていたので、樹生の頬に軽く手を当てた。
「大丈夫ですか」
「……」樹生は答えない。
「あまりにも疲れているなら、料理は持って帰って、家で食べてもいいんですよ。それともここで少し休んで行きますか?」
 早の提案に、だが樹生は首を横に振った。「大丈夫です」と言う。「ただ、だいぶ、疲れました」
「樹生さん、あなたは疲労がたまると熱を出しやすいですから、やっぱり今夜はなしにして、帰りましょうか」
「いえ、……大丈夫です。ちょっと、……色々考えてしまって、まとまらなくて」
「なにを考えましたか?」
「……復讐に生きることについて」
「樹生さんが?」
 と訊いてから、それはない、と早は瞬時に思い至った。樹生は「まさか」とそこでようやく表情を変えた。皮肉るような笑みで「姉です、姉。茉莉」と答えた。
「おれは、多分幸せなんです。母親が死んだとき、そんなに大きな感情の揺れはなかったし、具体的な困惑もなかった。それぐらい母親と過ごした記憶ってのがないんです」
「……でも、そのせいであなたもその後、何年も経ってから、辛い思いをしたでしょう」
 と言うと、樹生は苦い笑みに変えた。「それはでも、過ぎたことですから」と言う。
「もうなんともない。過去のことをおれはあまり気にしないので、大丈夫なんです」
「……」
「今日、茉莉がね、あの男の居場所を突き止められそう、って言ってたんです」
 それは早にとっても驚くべきことであった。思わず樹生の顔を正面から捉えると、樹生は「おれはどっちだっていいんですけどね」と言う。
「あの人が生きてようが死んでようがどこにいようが。おれにあの人の思い出はほとんどないし。でも茉莉は違う。あの人に対して恐ろしい感情が波立っていて、家族がいる身でありながら、それを一番の優先事項にしてしまうぐらい」
 そこで樹生は目線を家の方に向けた。だいぶ暗くなってきていたところに、屋内にポッと明かりが灯った。暁登が点けたのだ。
「やめろと言っても聞くような姉ではないですからね。でもおれは、茉莉の意志に同調出来ない。茉莉の方は、おれを唯一の同志みたいに思ってるみたいだけど」
「……樹生さんはそれでいいと思いますよ」
 早はそう言った。この青年に復讐の気持ちがないことを改めて知れて、よかったと思う。
「あなたはそれでいいんです。恨みや怒りなんてものは、持たない方が絶対にいい。……持ってしまったら、手放すのは難しいものです。それに手にそんなもの持っていたら、色んなものを取りこぼしてしまう」
 早は慎重に言葉を選びながら語る。
「樹生さんの手は、誰かを励ましたり、いたわったり、抱きしめることに使ってください」
 早の言葉に樹生はわずかに目を開いた。それから目を細め、「抱きしめ損なってばっかりですよ」と言った。その台詞の真意は分からなかったが、早はそれ以上を訊かないことにした。樹生も語る気はないようで、「腹減った」と大きくあくびをしながら言った。


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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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