忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 日野辺医院に戻ると、日野辺はダイニングのテーブルに子どもっぽく顎を乗っけてわかりやすくふてていた。
「……なに腐ってんだよ」
「だって、せっかく帰した患者、現が送ってくから。ひとりで飲むしかないじゃん。あかりと知り合いだっけ?」
「いや、医院に来るのを見たことがある程度だ」
 向かいには腰掛けずに、座卓のある居間の方へ進んで、そのまま寝転んだ。
「現?」
「……やっぱり送ってくんじゃなかった」
「え?」
「女は嫌いだ」
 目元を腕で覆い、上着を中途半端に脱いだまま、動けなくなった。寒さが染みている。
「なんでおれのまわりの女は、ことごとくいい女しかいねえんだろうな。自分が嫌になる」
「……あかりと、なんかあったのか」
 寝転がる現の傍に日野辺はやって来て、現の胸にぽすっと額を落とした。
「あんた、いやじゃないの、」
「なにが?」
「……おれと噂になってること」
「いやだもなんも、事実だし」
 日野辺はからからと笑った。
「現こそじゃないのか、そういうのは」
「おれは……」
 義兄と、姉の、それぞれが戸惑う表情を、まなうらに見た。
「……誰にも隠さず、ごまかさず、嘘もつかないで、……堂々としていられることは、楽だ。気持ちが、楽。こんなに気分がすがすがしいんだと呆れたぐらいだ。だからそれでからかわれたり、嫌味を言われたとしても、罪悪感はない」
「じゃあ、お互いそれでいいんじゃんね」
 飲まん? と日野辺は窺うように現の胸の上に顎を載せたが、現はその頭を掴んで、髪を引っ張った。
 天井を見あげてそれを梳いていると、日野辺はしばらくそのままにされていたが、やがて現の左手を取り、指をあま噛みした。
「……なに、」
「前から思ってたけど、現って細長いよな。あっちこっちが」
「あ?」
「都会の人ってみんなのこうなの? って思っちゃう。この辺の人にはなかなかないバランスっていうかさ。面立ちも、身長全体も、腕も、足も、あーあと、ここも」ここ、で股間に触れてからかわれた。
「うっせ」
「それで、指も。おれより細んじゃないの? おれ現より身長ないけど、指は太い気がする」
「そう見えるだけでたいして変わんねえんじゃないの」
「指輪、買うか?」
 そう言われて思わず上体を起こす。でも日野辺が腹の上で頬杖をついたから、首だけねじり起こすような格好になった。
「なんか、揃いのやつ。ちゃんとサイズ測って、宝飾店に行って。現に帰れとは言わないけど、でも、うちの親父には挨拶ぐらいしとく?」
「それ、」
「まねごとでも、じゃなくても、どっちでもいいけど。噂になってて、おれたちも別に気にしてないんだし。だったら」
「でもそれは、送、」
「嫌?」
「嫌っていうか、……またなに言われるか、わかったもんじゃないんだぞ。日野辺医院は頭いかれてるって、ますます」
「でもそれで血圧下がって卒中の心配がなくなるわけじゃないし、そもそも関係ないしな。いいじゃん。いまさら揃いの指輪ぐらい。気づく人は、気づくよ。気づいたらあーそうなんだってなるよ。思ったり言わせておけばいいことだろ。おれと現がそういう仲だって、まあ確かにこの辺は田舎で情報更新に疎いから、頭の固い人もいるけど、それはどこに住んでても、おんなじようなものなんじゃないかとおれは思うけどね」
 それだけ言うと日野辺は起きあがり、「飲もうよ」と再度誘う。だが現はその手首を取って、ちゃんと座った。ふたりで床にぺったりと座った。
 顔を見られなくて、引き留めておきながら立て膝のあいだに頭を伏せた。
「……おれ、義兄さんがどうしても指輪を外してくれないの、嫌だった」
「……そうか」
「……なんかさ、赤かみどりの石がいい」
「赤かみどり?」
「常盤さんとこのりんごみたいなやつ。あおみどりの実でも赤い実でもいいけど、ここに来て暮らしてるんだっていう実感と決意がこもるみたいな、……ちいさくて目立たないけど、赤か青りんごの石の入った指輪がいい」
「じゃあおれみどり。現が赤な」
「根拠はなんだよ」
「なんとなく? オーダーで作ってくれるような、どうせなら一点もの扱う作家さんを探そうか」
「おれ、ぜってぇ外さねえぞ」
「うん」
「それで送にも、外すなって、言うぞ」
「もちろん」
「なんなら常盤の奥さんに見せびらかす……」
「喜ぶんじゃないかな」
 背筋が粟立って、震えが止まらなかった。泣いてはいなかったけど、鼻の奥は痛かった。日野辺の手が頭に添えられ、こめかみのあたりにかりっと歯が当てられた。顔をあげてくちをあけたら、塞いでもらえた。
 息継ぎしないでしていられる時間分のキスをして、実に惜しそうに日野辺は「今夜は親父が帰って来るんだよなあ」と言った。
「とりあえず、ネットで指輪情報でも見るか」
「いや、明日どっか街に出ようぜ」
「ん?」
「そこで指輪作ってくれるところ探す。なんか、このご時世だからネットで探したくない」
「こんな田舎だし?」
「田舎だからこそ余計に」
「現って実はけっこうあれこれひねくれたこと考えてるよな」
「送は実はなんにも考えてない」
「なら、ますます足してちょうどいいってところで」
 現はそっと笑い、立ちあがった。酒の肴を作りなおして、ようやく週末の酒宴をはじめる。
 つけたテレビから、東京では桜が咲いたとニュースが流れる。ここは春が遅いからまだまだ先だと、日野辺はおおげさに言う。
「花見の約束覚えてるか?」
「え?」
「りんご。りんごの花見」
「なんだっけ? もっかい言って」
 現は笑った。しょうがねえなあ、と笑った。


end.


← 前編


関連:冬の日、林檎真っ赤に熟れて
  :フォール・オン


12月よりあれこれ更新していましたが、いったんこれにてまた潜ります。
お付き合いいただきありがとうございました。
次は夏ごろにお目にかかれるといいなあと思います。

拍手[11回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
寒椿さま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
短編・長編と先生成分が多めでしたが、ずっと気になっていたふたりに決着をつけたり、思う存分に好きなものを書いたり、短歌に思いを馳せたり、お菓子というテーマはいいよなと思い直したりと、私自身も楽しい執筆と更新でした。
そして読んでくださる方がいてこその物語だなと、痛感したものです。
まだ先は未定ですが、これからも書くことはやめられないだろうと思うので、その時にはまた、こうしてお付き合いをいただけると幸いです。
良い春になるといいですね。ありがとうございました。
粟津原栗子 2022/03/18(Fri)07:48:26 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501