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風の穏やかな日だった。庭に出て、舞い落ちた落ち葉を箒で一箇所にかためる。部屋の中から運んだ段ボールは三箱にものぼり、持ち出すのに本当に苦労した。体力がないからなのだが、馨の手を借りてはいけないような気がした。
枯葉と枯れ枝を組んで、すこしの灯油を火種に火をつけた。庭のこの場所なら海風が吹き込まないから、延焼の心配はないだろう、と考えた場所での焚き火だったが、そうは言っても水道にホースはつないでおく。そのうち馨がやって来て、「煙いと思ったら」と呆れた顔で火に当たりはじめた。
「落ち葉、言ってくれたらおれ集めたのに」
「まあ、それだけが目的やないから。焚き火したかっただけや」
段ボールから取り出したのは、封筒だった。もう一通一通を開封し、目を通している。それを火にくべると、ぱり、とわずかに音を立てて燃えた。それを何度も繰り返す。
「――それ、」気づいた馨は、驚きを隠さなかった。
「うん、亡霊からの恨みごと」
「燃やすのか、全部」
「読んだからね。お焚き上げで弔いみたいなもんや。それにこれ、もう送られてこんらしいぞ」
「え?」
火にてのひらをかざしていた馨は、こちらを振り向いた。
「箪笥の中の封筒。これで最後だからもう送ることはありません。長いことお疲れ様でした、あなたも、私たちも。もう一切関わりません。――てな、書いた手紙が娘さんから送られてきた」
「……よかったじゃないか」
「よかったんかな。でもまあ、これでしまいや」
「よかったんだよ」
くしゅっ、くしゅっ、と馨は立て続けにくしゃみをした。僕は笑ってしまう。すべての手紙を焼き切るころには陽は傾いていて、火の始末をしてから馨を海に誘った。
「海ぃ? これから? 寒くないか?」
「厚着しとったらええやん。夕暮れの浜辺もええもんやで」
「おれはいいけど、おまえは特に、めちゃくちゃ特に、厚着しろよ」
ぽん、と頭をはたいて馨は家の中へ戻る。僕も片付けをして戻り、着替えて、馨のバイクにふたり乗りして海岸の駐車場に向かった。
砂浜の、波打ち際を黙って歩く。しばらく歩いて、防波堤へ出た。そこへのぼり、水平線を眺めながら、「うたったら?」と馨に言った。
「――あ?」
「こんな時間だし、こんな町だし、人もおらん。いても波音に紛れてそうは聴こえんし、分からんやろ。ここで馨が思うように、好きにうとうたらええんやないかな。家の中だけじゃ、うたういうてもあんまり大きな声は出せんかったやろうし」
僕の声をかき消すように、波が打ち寄せて大きな音を立てる。馨はそれで覚悟を決めたのか、身体を上下に揺すり、あ、あ、あ、と声を出して。息を吐いた。吐いて吐いて吐ききって、たくさん吸った。
そして、波音になんか負けない、とんでもない発声で、朗々と海に向かってうたいはじめた。その発声は、音大で覚えたものだろう。オペラ歌手のうたうような、明快で太くあたたかいテノールだった。こんな声が出せることに驚き、いつもと異なる発声に驚いた。本当にこの男は底が知れない。そう思いながら僕は腰を下ろし、うたう馨を見あげた。
何曲かうたいあげて、やめるかと思ったら今度はそれまでとはまったく異なる発声で、馨の好きな歌謡曲を歌いはじめた。今度はちゃんとポップスのうたい方になっている。いったいどういう声帯をしていたらこうなるんだと、僕は首を傾げてしまう。ファンにとっては狂気にもなる待望の曲だろう。それを波音をバックグラウンドに、僕は聴いている。
せつなくはならなかった。悲しくもならなかった。哀愁は感じず、本当に腹からうたいあげている音、そのものに感動した。やっぱりこの人は神さまの子どもだから、いつか世間に再び降りる日は来るだろうな、と思う。
けれどそれはいまじゃない。いまはまだ。ここで、だめな人間であることを悔いて省みながら、ふたりで暮らす。この町で。この場所で。
やがて僕の背後に、大きな魚が迫っていることに気づいた。大きなくちをあけて、ゆっくりと僕を飲み込む。そしてそれを僕は望んでいる。大きな魚は、いつまでも時間を忘れて膨大な音をうたっている。
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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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