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 消えてしまい、水音が聞こえ始めると、樹生は背を壁に預け、そのままずるりとへたり込んだ。煙草を吸って落ち着く気にもなれない。髪に手を差し込み、ぐしゃぐしゃとかき回す。まさか今夜こんな展開になるとは想像しなかった。暁登を連れてきておいて、どうしたらいいのかまるで分からない。
 手は人肌を淋しがっている。確かな重さを恋しがっているから、こんなのは暁登の言う「金をください」に当てはまってしまうように思った。金を渡して男を抱く自分を想像した。かつての後輩に精をすりつける。抱くだけ抱いたら金を渡して、もう会わないのか、はたまた金でつながる仲で続いてしまうのか。
 そんな割り切った感情にはなれない、と思う。樹生はもっと暁登に執着があった。ならばこれは恋なのか。――よく分からない。
 あの写真さえ見つけなければよかったのだろうか。でも見てしまった。興味を持ってしまった。そして写真の実物を見たときに自分がなにを思うのかどんな欲が湧くのか、或いは湧かないのか。それは確かめたいことではあるが、怖いことでもある。
 しばらくして、扉を開ける物音を聞いた。シャワーを浴び終えた暁登が脱衣所から出てくる。ジーンズもシャツも身につけてはいたが、シャツの上に着ていたはずのセーターは片腕に引っかかっていた。薄着の姿に、心臓と下腹が同時に痛む。職場のロッカールームで着替えているところには何度も出くわしているはずだというのに、不思議だった。
 暁登はセーターを床に落とし、タオルで髪を拭った。眼鏡を外した顔をまともに見たのは初めてだった。「見えんの?」とつい訊ねていた。暁登は怪訝な顔をする。
「眼鏡なくても見える? 視力どのくらい?」
「0.03とか、そんくらいです。全然見えないです。乱視も入ってるし」
「そっか」
「岩永さんはコンタクトではないですよね」
「そうだね。目は、いいよ」
 その会話で、昔のことを思い出した。学校の健康診断で、結果を渡すと早は真っ先に視力の欄に目を通していた。そして決まって胸をなで下ろし、「大事にしてくださいね」と樹生の目尻にそっと手を当てて言った、そんな記憶だ。
 不意に暁登と早の姿が重なる。痩せ型であるところは共通するかもしれないが、性別も年齢も違うふたりを重ねる方がおかしい。自分のこころ、感情というものが全く見えなかったし、読めなかった。ただの衝動で、樹生は暁登の腕を掴み、もう片方の手で暁登の後頭部に手を当て、抱き寄せた。
 暁登はされるがままになっていたが、やがて腕を体と体の間に置き、樹生の胸を押して距離を取ろうとした。
 その手を取って、わざと心臓の辺りに押しつけた。いまならこの拍動は振動となって、暁登に伝わるんじゃないかと思った。
 伝わるんだったら伝わればいい。それを知った暁登がどんなジャッジを下すのか、興味があった。
 暁登はなにも言わない。樹生もなにも言わない。時間だけが過ぎる。ただ心臓の上に手を重ね、お互いの目を見合っている。
「……おれも、」と、ようやく発した声は掠れた。
「シャワー浴びてくるわ」
「……はい、」
 樹生は自分から暁登から離れる。脱衣所の扉を閉めて服を脱ぎ、風呂場へ入る。
 雑に洗い雑に流し雑に拭い雑に着る。温まった体が猛烈な痒みを訴えて樹生は嫌になった。とりわけいつも背中から腹が酷い。タンクトップの下に手を入れて肌を掻きむしりながら脱衣所を抜けると、部屋は暁登の手で暖められていた。暖房を入れてくれたことで、こんな時期のこんな時間に部屋に連れ込んでおいて暖房すらつけずにいた、自分の混乱ぶりには笑えた。
 出て来た樹生を見て、暁登はぎょっとした風だった。
「どした、」
「いや、……岩永さんの肌が、」
「ああ、これね」
 どうしても掻きむしってしまうので、常に肌は荒れていた。赤く腫れ、皮膚がささくれ、箇所によっては傷にもなっている。
「こないだ話したろ、アトピー。冬場はいつもこうだよ」
「薬とかないんですか?」
「ない。面倒で医者にかかってないからね。これでも昔よりは随分ましになったんだ。前は顔や腕の関節の内側とか、首、耳まで痒かった」
「……」
「だから余計に見たかったのかも。きみの肌がさ、荒れを知らないみたいだったから」
 暁登は俯いたが、すぐに顔を上げた。
「……確認、しますか」
「うん、」
 暁登の手がシャツの裾に伸びた。下からボタンをひとつふたつと外し、裾を持ちあげてなめらかな肌を露出させる。案の定、荒れを知らない綺麗な肌だった。痩せてはいるが張っていて瑞々しい。
 なによりやはり、履いているズボンの緩いウエストから覗く下着のゴムや、奥まって見えない場所に、疼いた。
「……どうですか?」
「……」
「あの、やっぱ、」
 暁登がなにかを発言する、その瞬間に樹生は膝を折り、暁登の前に膝立ちになった。戸惑う暁登の腹にくちづけて、頬を寄せる。目は閉じた。手を暁登のあらわになった脇腹に添えると、直に触れたのが刺激になったか、暁登はビクッと体を震わせた。



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プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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