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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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こんにちは。

オリジナル小説ブログ「構想上の樹海」にお越しいただきありがとうございます。
大人の女性をターゲットにしたBL小説と、粟津原栗子の私信、仕事情報などを更新しています。
更新時間は基本17時です。


***
◎仕事情報

*「はじめての恋は甘くせつなく~全部あなたが教えて~」
 
イラストレーション ぱんのららら先生
フルール文庫ブルーライン/KADOKAWA メディアファクトリー
→「はじめての恋、ひかりの寧日」から改題となりまして、書き下ろしSSつきで2014年12月15日(月)電子書籍配信開始。


*「楽園~パラダイス・ブルー~」
 
イラストレーション ユカジ先生
フルール文庫ブルーライン/KADOKAWA メディアファクトリー
2014年10月15日(水)より電子書籍配信開始。



◎作品

◇長編

花と群青

秘密

ぬるい遠浅の海

ファンタスティック・ブロウ


◇短編

甘いお菓子のある短編

花と歌、空は青

未分類あれこれ
未分類あれこれ2

山にまつわるお題



拍手[211回]

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 風の穏やかな日だった。庭に出て、舞い落ちた落ち葉を箒で一箇所にかためる。部屋の中から運んだ段ボールは三箱にものぼり、持ち出すのに本当に苦労した。体力がないからなのだが、馨の手を借りてはいけないような気がした。
 枯葉と枯れ枝を組んで、すこしの灯油を火種に火をつけた。庭のこの場所なら海風が吹き込まないから、延焼の心配はないだろう、と考えた場所での焚き火だったが、そうは言っても水道にホースはつないでおく。そのうち馨がやって来て、「煙いと思ったら」と呆れた顔で火に当たりはじめた。
「落ち葉、言ってくれたらおれ集めたのに」
「まあ、それだけが目的やないから。焚き火したかっただけや」
 段ボールから取り出したのは、封筒だった。もう一通一通を開封し、目を通している。それを火にくべると、ぱり、とわずかに音を立てて燃えた。それを何度も繰り返す。
「――それ、」気づいた馨は、驚きを隠さなかった。
「うん、亡霊からの恨みごと」
「燃やすのか、全部」
「読んだからね。お焚き上げで弔いみたいなもんや。それにこれ、もう送られてこんらしいぞ」
「え?」
 火にてのひらをかざしていた馨は、こちらを振り向いた。
「箪笥の中の封筒。これで最後だからもう送ることはありません。長いことお疲れ様でした、あなたも、私たちも。もう一切関わりません。――てな、書いた手紙が娘さんから送られてきた」
「……よかったじゃないか」
「よかったんかな。でもまあ、これでしまいや」
「よかったんだよ」
 くしゅっ、くしゅっ、と馨は立て続けにくしゃみをした。僕は笑ってしまう。すべての手紙を焼き切るころには陽は傾いていて、火の始末をしてから馨を海に誘った。
「海ぃ? これから? 寒くないか?」
「厚着しとったらええやん。夕暮れの浜辺もええもんやで」
「おれはいいけど、おまえは特に、めちゃくちゃ特に、厚着しろよ」
 ぽん、と頭をはたいて馨は家の中へ戻る。僕も片付けをして戻り、着替えて、馨のバイクにふたり乗りして海岸の駐車場に向かった。
 砂浜の、波打ち際を黙って歩く。しばらく歩いて、防波堤へ出た。そこへのぼり、水平線を眺めながら、「うたったら?」と馨に言った。
「――あ?」
「こんな時間だし、こんな町だし、人もおらん。いても波音に紛れてそうは聴こえんし、分からんやろ。ここで馨が思うように、好きにうとうたらええんやないかな。家の中だけじゃ、うたういうてもあんまり大きな声は出せんかったやろうし」
 僕の声をかき消すように、波が打ち寄せて大きな音を立てる。馨はそれで覚悟を決めたのか、身体を上下に揺すり、あ、あ、あ、と声を出して。息を吐いた。吐いて吐いて吐ききって、たくさん吸った。
 そして、波音になんか負けない、とんでもない発声で、朗々と海に向かってうたいはじめた。その発声は、音大で覚えたものだろう。オペラ歌手のうたうような、明快で太くあたたかいテノールだった。こんな声が出せることに驚き、いつもと異なる発声に驚いた。本当にこの男は底が知れない。そう思いながら僕は腰を下ろし、うたう馨を見あげた。
 何曲かうたいあげて、やめるかと思ったら今度はそれまでとはまったく異なる発声で、馨の好きな歌謡曲を歌いはじめた。今度はちゃんとポップスのうたい方になっている。いったいどういう声帯をしていたらこうなるんだと、僕は首を傾げてしまう。ファンにとっては狂気にもなる待望の曲だろう。それを波音をバックグラウンドに、僕は聴いている。
 せつなくはならなかった。悲しくもならなかった。哀愁は感じず、本当に腹からうたいあげている音、そのものに感動した。やっぱりこの人は神さまの子どもだから、いつか世間に再び降りる日は来るだろうな、と思う。
 けれどそれはいまじゃない。いまはまだ。ここで、だめな人間であることを悔いて省みながら、ふたりで暮らす。この町で。この場所で。
 やがて僕の背後に、大きな魚が迫っていることに気づいた。大きなくちをあけて、ゆっくりと僕を飲み込む。そしてそれを僕は望んでいる。大きな魚は、いつまでも時間を忘れて膨大な音をうたっている。


end.


← 


妙な気候が続いています。どうぞお体にはお気をつけてお過ごしください。

拍手[10回]

 その日、それでも馨は早朝の二時間をつかってバイトに出かけた。僕は僕で眠れず、ポータブルミュージックプレイヤーに落とした馨の音源をイヤフォンで聴いてすごした。彼らの音楽はジャンルで言えばオルタナティブ、ということになるらしいが、それがロックやポップスとどうちがうのか、僕にはよくわからない。曲調でいえば僕はバンドよりはソロシンガーの奏でる楽器一本だけの音楽の方を好むので、好みから外れる、といえば外れる。けれど馨の歌声、それだけで僕の心に響き、僕を深海に落とし込む。低い声、高い声、ファルセット、ビブラート、コーラスの重なり、裏打ちのリズムに乗せた言霊。ラップのような韻の踏み方、転調、ハスキーにも、透き通る音にも、自在にうごめき、耳元から注がれる大量の麻薬。
 こんなの、陶酔しないほうが無理な話だ。これを聴きたくてたまらない気持ちは、欲望そのものだろう。渇望、とも言えるかもしれない。耳への幸福というよりは、飢餓。圧倒的な才能にもたらされる渇き。
 夜が明けるころ、馨は戻ってきた。外気の気配をまとわせたまま、僕の部屋へじかにやってくる。音楽を聴きながら寝転んでいた僕は、起きあがって馨を迎えて、腹を決めた。馨は僕を欲しがっていて、僕は馨を欲しがっていることが、お互いくちにしないことで、了承されていた。
 きつく抱きすくめられ、秋の真ん中の、枯れ草混じりの潮風を上着から嗅ぎ取った。馨は震えていた。身体がとても冷たくて、脱がせていいものか戸惑うほどで、でも僕は馨の肌をじかに知りたかった。くちづけを交わしながら服を脱がせ、ベッドに重なる。僕が聴いていたイヤフォンを耳に当てた馨は苦笑して、それから僕の心臓の音を聴いていいかと訊ねた。
 ――ここに、機械はまってんだろ。どんな音がすんのかなって、ずっと気になってた。
 ――別に機械仕掛けの心臓になったわけやないから、変わらんで。
 ――激しい運動はしちゃだめなんだっけ。
 ――セックス止められとるわけやない。そこまで制限も出来んのやろ。ゆっくりやってくれんか。そしたら大丈夫やから。
 ――これ以上ないぐらいやさしくしてやるよ。
 心拍を聴き、身体のラインをなぞる。病気をしてから僕は体重が落ちたので、あまり自慢できるような身体ではないのだが、馨は、こういうのがおまえはだめなんだ、とかなんとか言って、丁寧に辿っていった。欲望があったはずなのに、それを二の次に置いて、お互いの身体を確かめる行為に没頭する。腕をまわし、指でなぶり、舌で舐めて、すすり、歯を当て、足を絡ませて、腰を揺らす。髪をかきまわし、額にくちづけて、耳を食み、肩に縋る。肩甲骨の形を確かめて、うわずった声を、そっくり音階で真似された。歌いはじめるかのように馨は音を出し、それはそのうち、ちいさくわずかな、鼻歌になった。低い声が、身体の上をかすめていく。
 ――心臓やぶけそうや。
 そう言ったら、馨は急に険しい顔つきになって、大丈夫か、と訊いた。
 ――やめるか?
 ――いやや、あかん。いまやめられたらそれこそ死んでまう。やめんといて。
 ――心臓の音聴いていい?
 ――確認せんでもええで。
 馨は身体をずらし、僕の裸体の真上に耳を重ねた。
 ――本当だ、唸ってる。海の音みたいだ。
 ――馨の音は?
 ――聴くか? 全身でうたってるよ。
 馨の裸体の胸に導かれ、僕は馨の音を聴く。
 馨の声を聴いて、馨に触れられているうちに、僕はまた深海へ沈んでいく心地になった。深い海溝へ、どこまでもゆっくり、静かに、沈んでいく。そこへひときわ巨大な魚がやって来て、バレーボールぐらいの大きさの目で、僕を見た。その魚は、歌をうたっていた。僕には理解できない音階と、音域で、うたいながら泳いでいた。
 魚は、大きなくちをあける。そのくちの中へ飲み込まれる。真っ黒であるような、真っ白であるような。圧倒的な洞窟へと落ちていく。
 ――けい。
 ――なに?
 ――苦しいな。
 ――そうだな。
 ――けい。
 ――なんだよ。
 ――僕、もう、壊れてまいそうや。こんなん、たまらん。
 ――なら、一緒に壊れてしまおう。
 ――一緒か。
 ――ひとりで壊れるより、いくらかましなんじゃないの。
 そうして荒い呼吸で浮上したとき、僕はようやく我にかえり、馨の手で射精し絶頂を見ていたことも、馨も僕の中で果てていたことも、知った。
 大きな魚は相変わらず僕を背後から抱きしめて、離さないでと言わんばかりに、僕の肩に額をつけて寝息を立てていた。
 どうすんの、おれ。おれたち。こんなふうにだめになって、どうしたらいいんだよ。
 僕はすこしだけ泣いて、馨の腕に手をまわして目を閉じた。


→ 

← 


拍手[6回]

「この、舘川みかこって人は、なに? あの未開封の全部がこんな感じなら、定期的に恨みごと送ってきて、おまえこの人になにしたって言うんだ」
「……」どう話すべきか迷う。話すべきは、僕の過ちについてだからだ。
「この家に関係する人じゃないのか?」
「この人は、……」
 僕は馨から離れて話すべき事柄だと思った。甘えながら話して許してもらえるようなことは、されてはいけない。だから身体の距離を取ろうと身じろいだけれど、行くな、とばかりに胴に腕をまわされ、しっかりと抱え込まれてしまった。
「……僕のこと軽蔑するで、おまえ」
「それは話を訊いたおれが決める。そもそもさ、誰からも軽蔑されない、嫌われない行いを取りつづけて生きてこられた人間なんかいるのか? いいから話せよ」
「せめて離してくれんか? こん格好は、なんや」
「いいから話せよ」
 馨の強情を、突っぱねるほど強い意思も持たない。僕は観念して、「舘川みかこさんちゅうのは、僕にこの家をくれた人の奥さんや」と答える。
「みかこさんの旦那さんて人な。僕らより三十歳ぐらい上かな。会社の上役やっとって、金も地位もある人やった。僕は舘川さんの愛人いうかな、男でもお妾さんとか言うんかな。とにかくみかこさんの他の別宅いうんで、舘川さんに囲われる立場におった」
「それでこの家で囲われてた、ってわけ?」
「元々は舘川さんの別荘だったんをな。病気したときにここで暮らせばいいと言って、もろた。なんや馨は驚かへんのな」
「まあ、そんなに珍しい話でもないから」
「どこ業界の話してんねん」
「おれの身のまわりにあった業界の話。金と権力に差のつく業界には珍しい話じゃないんじゃない。それで?」
「それで、て」
「旦那の愛人が恨めしくてただひたすら本妻が嫌がらせの手紙を送ってくる、そういう話?」
「……そういう話や。ほんまに珍しい話やないのな」
 馨の言いくちに、なんだか拍子抜けしてしまった。こちらとしては覚悟して話すべき事柄だと思っていたのに、馨の態度は「あほくさい」と言わんばかり。けれど腹にまわした腕はどうやってもほどいてもらえなかった。
「おれがここに来た半年間で、その舘川の旦那さんて人は見たことがないんだけど、もしかして来てたりした?」
「いや、だから言うたやん。海の亡霊かて」
 それを告げると馨はようやく身体を硬くした。
「亡うなってんねん。舘川さんも、奥さんのみかこさんもな」
「じゃあこれ、誰が……」
 後ろを向き、馨の顔を覗き込んだ。ありふれた怪談話を怖がるふうより、厄介な謎を抱え込んでいる僕に同情するような顔があった。
「舘川さんな、僕が心臓わるくして療養生活になってもうたとき、ここでしばらく一緒に暮らしてくれててん。二か月ぐらいやったな。会社の仕事も家族のこともほっぽらかして、傍におってくれてん。それで、これが限界やいうて、家に戻って行った。ここで静かに暮らしてくれ、て手紙くれてな。家と、金ももろた。見舞い言うたけど、手切金のつもりやったんや思う。それから半年ぐらいして、死んだいうのを、聞いた。奥さん、……みかこさんの運転で岬から海へ突っ込んだ。アクセルとブレーキ踏み間違えた事故や聞いたけど、みかこさんが耐えられんて、連れてったのかな思た。そうでないと説明つかん。こんな、死んでからも恨みごと書いた手紙が届くなん」
「……それでも説明つくわけないだろ、こんなの」
「これ送って寄越すんはな、誰の仕業かはわかっとんねん」
「生きてる人?」
「当たり前やろ」
「じゃあ亡霊じゃないんじゃん」
 馨は、僕の肩口に、顔を埋めていた。吐息がシャツに染みてそこだけ熱く湿っている。幽霊の話をするには、僕らはあまりにも不謹慎だ。不謹慎はきわまりなく、馨はそこをがぶがぶと齧りはじめた。寒気なのか、恍惚なのか、背筋がうっすらと粟立つ。
「怖いのは亡うなった人より、生きとる人やろ。いつでもな。……最初にこの手紙が届いたときは、一緒に別の手紙が入っててん。死んだ聞いて、一か月ぐらい経ったころやったな。手紙書いたは舘川さんの娘さんやった。僕らと同世代らしい。その手紙によればな。父は愛人がいることを家族に隠しもせず、公然と僕の元に通ったと。別荘を与えて住まわせただけやなく、家をあけてまで傍に居続けたことは、母、みかこさんにとっては屈辱以外のなにものでもなく、彼女を事故まで追い詰めた。母はあなたあてにずっと手紙を書き続けていて、それが何百と溜まって箪笥を埋めてる。自分たちにも、父には家族をないがしろにされていた、という裏切られた気持ちがある。母が送るはずだった手紙をこれから手紙がなくなるまで送り続けます。これは父を奪われ父から裏切られた私たち家族の怨恨です。そう書かれとってな。そっからや。不定期に、気が遠くなるような枚数の恨みの郵便が、届く。でもこれを僕は、受け取り拒絶なんかしたらあかん思た。燃してもあかん、読まなあかん。読み続けなあかん。それぐらいの覚悟で愛人やってたはずや、って。でもな、はじめはその意気で読んでても、やっぱ辛くなってな。届くと、開封もできずに眠れんくて発作が起きるようなってもうた。あとはおまえが知っとる通りや。ほんまはひとりでどうにかせなあかんが、僕の意気地のなさで、おまえをここに呼んで、世話さして、こうやって話まで聞いてもろてな。死ぬにも死にきれん。未練と甘えの境でどっちつかずの、しょうもない男や。そう思えば僕はまだまだ甘っちょろい。ぬるま湯で生かされてるようなもんや」
 それでも僕の見解を、馨はちがうと言いたいようだった。シャツの上から肩を思いきり噛まれて、痛みに反射で身体がすくむ。「痛い」
 それでもやっぱり、どうしても、離してもらえなかった。
「痛いて。もうやめや、それ、」
「――つまりアキはさ、人の家族をだめにした自分がこんなところでのんきに生きてるんだから、手紙ぐらいは受け取っておかないととか、考えてるわけか」
「……まあ、そうやな。別にそれで許されるんは、思てもないけどな。精神的苦痛やいうて金銭せびられたり裁判沙汰になるよりは面倒がないいうんが、正直な思いや」
「本当に罰を受ける気は、あるか?」
「え?」
「人をだめにした罰を受ける気が、おまえにはあるか?」
「痛い、」また強く噛まれた。
「おれはないんだよね。自覚がないからいちばんタチがわるい。……おれも人をだめにしたよ。それこそ何百、何千、何万っていう単位で」
「なに言うて、」
「音域、ってあるだろ。おれが出せる音の幅。広さ。その中で、おれが出しやすい音ってのがあって。それにもとづいて歌を作っていくと、自然と悲恋とか、悲観とか、哀愁とか、そういう、マイナーな音を組みあげて歌うような曲になるんだと。そしてそれをおれが歌ってしまうと、みんな共鳴して、自分の失恋と重ねたり、人生のやるせなさを思ったり、故郷への愛着を思い出したり、するらしい。要するにきらきらした明るいポップスって、歌えないわけじゃないんだけど、おれは向いてないらしい」
 馨は肩を噛むのはやめてくれた。けれどそこに縋るように、告白する。
「そういう曲ばっかり売れるもんだから、あれこれ路線変えてもそこに戻っていく。おれは歌えればなんでもよかったんだけどな。学生のころから確かに言われてたことだった。烏丸くんはファミリーソングとか軍歌とか、人を和ませたり鼓舞させたりするような曲ってホント向かないよね、とかね。オペラや歌劇の課題でも、褒められるのは椿姫だのアイーダだの蝶々夫人だの、悲劇ばっか。バンドに加入して歌いはじめて、真っ先にやられたのが作詞作曲やってたギターのテツだった。おれや世間の求めに応じて書いていくほど、落っこちる感覚になるとか言って、……逃れたかったんだろうな、酒とドラッグに手を出して捕まった。同じバンドのメンバーも、素行がわるくなった。雰囲気が最悪でさ。プロデューサーとか事務所の社長とかレコード会社の重役とかいろんな人巻き込んで、結果的に『おまえの歌は毒で、人をだめにするからうたわないでくれ』と言われてしまった。そのころには事態がもう最悪で。おれの歌聴きたいって言ってくれるファンはなんかもう中毒みたいになってて、脅迫や懇願めいた手紙やメールも届いたし、ファン同士のいさかいの暴力事件も起きた。どんなに讃美歌やゴスペルみたいなものをうたったとしても、……おれの音になってしまって、おれの意図しない、し得ないような、なにか増幅されたものとして伝わってしまうらしくて。そんなのおれの知ったことかよ、と思ってしまう。けど、歌手は音に意味をこめるものだから、それが悲しいとかやるせないとかせつない、というようなマイナス要因でしか伝わらないなら、おれには歌の才能がないんだ」
「それは」
「ないんだよ。おれはただ、音で遊んでいられりゃ、よかったのにな。……おまえが手紙を受け取り続けることが罰なら、おれはうたえないことが罰なんだ」
「……」
「……おまえにはまってだめになっちゃったっていう、その、舘川さんて人の気持ち。おれはわかるよ。いままでおまえに関わってきた人ならなんとなくわかるっていうと思う。おまえってさ、無自覚で人を誘うから。目の配せ方とか、身体つきとか、言葉のはじめの掠れ具合とか、そういうのがさ。高校のころから危なっかしいなと思ってた。犯罪に巻き込まれてもおかしくねえなと思ったけど、けっこうギリギリアウトみたいなとこまで行ってたな。……最悪なのは、おまえが心臓をわるくして療養生活になって、ますます磨きがかかってしまったことだ。傍にいたかった舘川さんの気持ちはよくわかる。おれも、そう思う。操られるみたいに、もう、離れられないんだ。ここを出てく人だとか言われても、おれは受け入れられない……アキと一緒に暮らしたい気持ちと、どこにも行くあてのない状況と、両方あるんだ。おれは。だから、出て行けとか、言わないで、……」
 いままで散々歌で遊んでいた神さまの子どものような人ならざる存在が、そこでようやくひとりの、ちっぽけな男に見えた。彼はとてつもなく淋しがっている。おれがいなきゃだめな身体にしてやるよ、の台詞は、自分自身へ依存してくれる存在を求めていたからこそだ。おれを欲しがってくれよ、という要求。もしかするとそれを原動力として、彼の歌には離れられない魅力になっているのかもしれない。
 人間に見えたからと言って、彼が神さまの子どもであることは間違いがない。この人のことを、僕はどうしていいのか持て余すだろう。けれど馨が淋しがっていて、僕が淋しがっている、この求めの方向の一致だけで、一生ここにいてしまえる。そういう気配が身体からただよってくる。
 僕を背後から手放さぬように抱きながら、背中に吐息を落として、「どうする?」と馨は訊いた。
「おれも、おまえも、人をだめにしちまう才能があるらしい。世間からつまはじきにされたのは、おんなじなんだよ。あれかな、出家でもして、世間に勤労奉仕、清貧につつましく暮らせば、許されるのかね」
「……それでも僕は、おまえには歌うてほしい思う」
「……」
「音で遊んでるおまえの傍にいるのはな、僕にとっては、神さまの庭を覗かせてもらってるような心地やから。おまえはやっぱり、うたわなあかん思う」
「なら、おまえは?」
「そもそも規模が違うねんで。期待しておまえ待っとる人の分母が」
「そんだけの分母全部だめにしちゃったら、どうすんの、おれ」
「……」
「どうしたらいいんだよ」
 うたっていたいだけなんだ、と、馨は僕の背中でひっそりと泣いた。
 背中で泣かれたので、僕はじっとしていることしかできなかった。

← 

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拍手[6回]

「アキ、郵便」
 馨が部屋にやってきたとき、僕はソファに寝そべって海を眺めていた。この家からは海が見える。開け放した窓からは潮風が吹きなびき、カーテンをふくらませている。
「机、置いといて」
「置いといてもいいけどこの風じゃ飛んじまうぞ。もういいだろ、海なんか。この部屋寒いぞ」
 そう言って、僕の答えも訊かずに窓を閉めてしまった。
「そんなに海好きだったか?」
「いや、そうでもない。この家を僕にくれた人はな、こだわりがあったようやけど」
 潮風に当たったせいで唇は乾き鼻はぐずついた。それをすぐに悟って、「風に長いこと当たるのもよくないんだろ」と言いながらティッシュとニットカーディガンを渡された。
「ん、……すまんな、」
「ここに来るまであんまり意識したことなかったけど、海って、いろんな音するよな」
「ん?」
「乱打ちのリズムで毎日お祭りみたいだ。毎日なにかが生まれたり死んだりしている場所だからかな。生誕祭とか、野辺送りとか、そういうごちゃ混ぜの音」
 窓を閉めても、打ち寄せる波音が地鳴りのように響いている。風が窓ガラスを鳴らす。時折、海からの強い風に潮が混じって打ちつける。海鳥が鳴いている。
「この家をアキにくれた人って、どんな人」
 意外な方面からの質問に、即座に反応できなかった。
「――え?」
「言いたくないならいいけど、……手紙、よく来てるみたいだから。心配してるんじゃないかなって」
 机の上にいくつも積み重なった同じ筆跡同じ封筒の手紙。そのどれもが開封に至っていない。
「……あれは、ちゃうねん」
「違う?」
「海の亡霊が寄越す恨みごとや」
「全然わかんないんだけど」
「知らん方がええで。知らんでおく方が、この家出るときにな、すっきり出られる」
「……」
「おまえは居場所がほかに見つかったら、行かなあかんやろ。そういう人やろ。せやから余計なことは背負わん方がええ」
「おれ、ほかに行く場所なんかないよ」
「あるよ」
「本当に、ないんだよ。うたっちゃだめだからな」
 机の上の未開封の手紙を手に取り、もてあそぶ。
「うたっちゃだめなら、どこでも暮らせないんだよ」
 そう言って、部屋を出て行った。


 眠りづらい夜を、そっと窓をあけて風を入れることで過ごした。本当は夜風はよくない、と言われている。そんな昭和の映画じゃあるまいし、とばかばかしい気持ちで、酒も入れる。ちびちびと舐めるように入れるウイスキーも、やはりよくない、と言われている。
 こんな身体になる前は、それなりに自由に過ごしていた。大学のころは徹夜でレポートを仕上げて授業に出る、バイトにも行く、飲み明かす、なんてこともやったし、社会人になってからは、残業で会社に残りつつ、恋仲の男に電話するような日もあった。酒も煙草も、娯楽もスポーツも、それなりにやっていたのだ。この身体はせわしく動きたい僕によく付きあってくれた。
 もっとも、それらの反動だったのかもしれない。僕の身体は、ある日突然停止した。正確には、心臓が。そのまま向こう岸へ渡らなかったことは、若さとしか言いようがなかったらしい。このままじゃ死にますよと、連絡を受けた家族は医師から説明を受け、同意した。僕がちゃんと気づいたときには、この身体にはペースメーカーが埋め込まれていて、いろんなことが禁止、禁止、規制、となっていた。
 自宅療養からある程度回復し、この家に移ると告げたとき、両親には反対された。このままうちにいていいじゃないの、あんたひとりで誰も面倒みられないのに、と言われた。両親には本当のことを言わないまま、もう成人して家を出てる息子なんだから、と押し切ってここへ引っ越した。本当は僕と一緒に暮らしてくれる人がいた。
 その人とは、二か月ぐらいをともに過ごした。それがその人の限界だった。そのうち本当にひとりになって、このままこの家で死んだら孤独死というやつで、この家は事故物件ということになるのかなあ、などと思っていた。馨を呼んだのは、淋しかったからにちがいなかった。
 けい、とそっとくちにしてみる。歌で返してもらえそうな気がした。でもそんなのは、馨の歌を聞いた誰もが抱く幻想だろう。けい、と再びくちにする。高校のころは近いのが当たり前、でもどこかで畏敬していた。この人はとてつもなく大きなものを持っていて、いつかどこかで、なにかを成す人だ、という予感。
 だからいまの生活は、心臓止めてまで生き延びてしまった僕の人生におけるボーナストラックで、馨のことは時が来たら、手放す覚悟でいなきゃいけない。
 馨に与えた部屋には、僕は一切立ち入らないことにしている。入ってしまったら、むせかえるような馨の「生きている気配」にやられて戻れなくなるような気がしている。でもその気配は、月日を経るごとに家の隅々にまで満ちてしまった。たとえば馨のつかったマグカップがダイニングに放置されているとか。庭に僕と馨の洗濯物が仲良く日差しを浴びていることとか。朝のアルバイトを終えた馨が帰宅してたてる鍵のまわる音で目が覚めることとか。僕が発作でつらい夜にやってきて、こういうときおれはどうすればいいのかな、と、言いながらも傍にいて、あやすように歌をうたってくれて迎えた最初の朝の記憶とか。起きたら沸かされていたコーヒーの香りの信じ難い多幸感とか。
 馨がいる。馨がいる馨がいる馨がいる。僕の生活に馨がいる。歌が聴こえる。馨のにおいのする毛布が居間のソファに丸まっていて、馨がかぶっていた帽子が玄関の靴箱の上にかけられている。風呂に浸かっている馨の立てる水音が、海の音に紛れず届く。郵便、と言って、馨が封筒を置いていく。
 僕はもう、戻れないところへ来てしまった。馨を手放す覚悟はない。また淋しさを味わうのか、という絶望よりなにより、馨への恋親しさに耐えられない。
 身体を丸めて、けい、とうめくように呟く。けい、けい、けい。一度止まった心臓を、馨にそのたび握りつぶされる。そのまま潰して本当に動かなくなってしまえば、僕は本望なのかな?
 風が動いた、と思った。窓の隙間から漏れるだけの風が、一気に動いて部屋をすり抜けた。それは部屋の扉があけられたからだと気づくのに時間がかかった。無言で僕のベッドまでやってきた馨は、ベッドに乱暴に腰かけると、「なんで泣いてるの」とぶっきらぼうに言った。
「――なんでって、馨こそ、なんで、」
「泣いてる気がしたから。発作かなって思ったけど、ちがったかな。なんで泣くの、」
「なんで、って……」
 馨がこの家にいて、僕の傍で生活しているから。馨が言った通りに、馨なしではだめな身体にされてしまったから。こんな夜に気配を悟って、やってくるから。なのにこの生活を続けてはいけないだろうから。
 いろんな言葉が感情に重なって、僕がぶれる。ぶれて震えて、本当に発作のように、僕はついにしゃくりあげて泣いた。泣けてしまった。
 馨は黙って僕の頭を抱いた。こんな人の胸で泣かせてもらえるなんてと、呼び水でさらにしゃくりあげた。うめくように泣いていると、頬を持ちあげられる。そのままキスなんかされてしまったので、僕はびっくりした。
 ただ唇を押しつけるだけの、簡単な交接。でもしばらくそうされていた。唇を離して目をあわせ、「泣き止んだ」と言われた。
「……なんでキスしたん、」
「泣きやませたかったから」
「泣いてる人がいたらおまえはキスするんか、誰でも」
「しねえよ、そんな見境なくは」
 それから僕をまた胸に抱き、背中を馨に向けるように肩をまわされた。背後から僕をくるむと、馨は背を壁とクッションに預けて、はーっ、と、長く息をついた。
「半年間訊かなかったけど、訊いたり話したりしないといけないな、と思った」
「……いまから?」
「どうせお互いに眠れない夜だろ、」
 僕が泣く前までくちにつけていたウイスキーのグラスを取り、馨もそれをくちにした。
「夜は、海の音がはっきり聴こえるな」
「……うん」
「おまえにはわるいとは思ったけど、もう色々といまさらだからってひらきなおることにした。これ、封切って読んだ」
 馨がポケットから取り出したのは、僕の机からさらっていった例の未開封の封筒だった。ここの住所に、僕の名前、切手と消印。裏には名前だけ書かれているものだ。『舘川みかこ』と。それらは流れるように綺麗なボールペンで記されている。
「……おまえがこれを封きれない理由がわかった。これを海の亡霊からの恨みごとだと言ったけど、死んだやつから恨みごとが届くわけないから、生きてる人間からの恨みごとだよな。びっくりした。……A4用紙に細かい字でびっしりと、ただひたすら、おまえへの妬みや、僻みや、恨み、怒り、とにかくおまえへの執着と怨念がすごい」
 読まれてしまったら、僕には説明するしかなかった。馨と触れる背中には、馨からの熱より冷や汗が滲む。


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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

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甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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