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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 藤見が顔を覗き込んでくる。赤い月なら、藤見の目にまるくあるんだと思った。
「――……十二か、十三だったかな。好きな先生がいた。担任の先生でね。おれはさ、すけべでどーしようもないやつだったから、先生が『おまえだけ居残りで身体検査やりなおし』って言って触ってきても、いや、とか、怖い、とかは、言えなかった。むしろ先生がおれを好きだと言ってくれるから、それでいいんだと思ってた」
 腕で目を覆い、蛍光灯の明るさから逃れる。藤見の隠さない赤い目からも。
「触る、は、エスカレートして、やるようになるまで時間はかかんなかった。その先生が背中を月面地図だと言ったんだ。ティコまであるって。散々やった。ひどいこともたくさんされたし、言わされた。でも、先生はおれをミサト、ミサトって呼んで、好きだと言ってくれた。おれは本当はミサトじゃなくてカイリだし、先生が『ミサト』っていう別の女子をかわいがってたのも知ってた。でも先生には抗えなかった。大好きだったんだよ」
「……」
「成長期が進むにつれて、あんまり構ってもらえなくなった。ミサトっていう女子の方もそうだったらしい。中学三年になって、その先生が別の、一年生に手を出してるのを知って、なんで、と詰め寄ったんだ。そしたら言われた。『おまえはもう大人になる身体だから、興味がない』って。……そのすぐ後、もうひとりのミサトに妊娠が発覚して、先生の淫行は表に出た。クビどころじゃなくて、逮捕だよ、逮捕。だからなんていうのか、……ちゃんと憤ることもできなかった。消化不良のまま卒業して終わり。でも覚えこまされて身体はどうしようもなくだらしなくなってるからさ。ウリとかしてた。大学入ってやめたけどね」
 目元から腕を外し、藤見をようやく見た。「ろくでもねえ大人だろう」と言ってやる。
「――……大学で教職取って中学校教師になったとき、これは同じ轍を踏む、ってやつかな、と思ってた。あいつみたいにはなりたくなかったけど、同じ道を選択してしまったってことはさ、とか。……結果的におまえに手を出したみたいになったから、間違ってなかった」
「違うよ」
 藤見ははっきりと否定した。
「そんなしょうもない先生と、陣内先生は、違うよ。全然違う。先生は、ちゃんと真剣に、必死で、一線を超えないようにすごく気を張って、遣ってた。おれに手出しなんかしなかったよ。そんな、身体測定ですぐ触ってくるような男と、先生の、どこが一緒だって言うんだ」
「……慰めでも嬉しいね。でもほんと、しょうもない話なんだよ。だらしがないおれがだらしない男を好きになった結果だから。自業自得で捨てられてんだ」
「そんなわけあるか、ばか」
 かつての教え子から、呆れ諭されるように「ばか」と言われるのは、新鮮味があって酔いがうっすらと醒めた。
「多分、おれの年齢が先生とちゃんと釣り合ってても、おれの『好き』を先生はちゃんと受け止めてから、流したと思う。言ったじゃん、先生。失恋の痛みを都合のいい大人で紛らわせているだけだって。おれの気持ちがふわふわしてたから、成人、っていうちょうどいい区切りを理由にして、時間や距離を置いたんじゃないかって思う。そんなことできるのは、先生がちゃんと大人の、ひとりの、男の、先生だったからだ。……この五年を、おれはちゃんと必要なものだったと思ってる。先生のことを考え尽くせた。煮えたけどね。考えても考えても答えが出ない感情だったり、身体の作用だったりする夜は、しんどかったし。でもそういうのすら、必要だったと思う」
 藤見は私の顔の横に手をつき、視界を藤見だけにした。「カイリ、が正解だったんだ」と目だけで笑う。
「おれ、ちゃんと先生にもっかい恋するつもりでここに来たよ。ここ、が」
 手を取られ、そのまま藤見の胸に当てられた。
「ちゃんと痛くて、熱くて、速くて、色があるなら真っ赤に腫れてると思う」
「……うん、分かる、」
「先生はいまのおれに恋できてる?」
「……」
「あのさ、先生。おれはもったいないと思うよ。先生のこと抱けなかったら、それはすごくもったいないことだと思う。先生も、いまのおれに抱かれなかったら、もったいなかったなって、思うはずだよ」
 赤い目、真剣に張り詰めた眼差しで、一心に見下ろされて愛を囁かれる。こんなこと言わせて、ともう観念するよりほかない。藤見の両の頬に手を添え、静かに引き寄せる。顔が近い。
 お互いの発熱が、お互いに感染る。
「……もったいないって思う。だから抱けよ。ちゃんと大人になったんだろう」
「いい?」
「いいよ。……おまえ、セックスの経験あんのか?」
 訊ねると、藤見は嬉しそうに顔を染めた。
「……おれ、はじめてする人は絶対に先生がいいと思ったから、童貞なんだよ……恥ずかしいね」
「童貞でおれのこと抱きたいって言ってんのか。すごいね、おまえ」
「ばかにしてる?」
「感動してる。正直おれだって、誰かとするのは大学以降でやってないから、……初心にかえる心地。リセットかかってるんじゃない? お互い初心者ってことで」
「……もういい加減にキスしていい?」
「キスはしたことあ……――ん、」
 問いかけを封じて、熱い吐息をじかにくちの中に流し込まれる。舌で押し問答をして、噛み付いて歯が当たって笑ってしまう。余裕のなさに。じっくりやりたいとこちらは思うが、藤見の若さはそれを拒んだ。まさかと思いながら用意したジェルを器用につかい、身体をひらかれ、あられもない体勢で交じる。
 藤見はすぐ果てた。いったん引き抜いてスキンを外し、付け替える。こちらはアルコールの作用で沸騰に至らない高温で炙られているから、果てても終わらない藤見の勢いが、素直な性欲から嬉しかった。
「――あっ、……ふじ、みっ」
「先生、みんなこうなの? 嘘だろ、なんて身体してんだよ、あんた、――リセットなんて全然、」
「んんっ、ん、あ、」
「こんな身体……――」
 あとで訊けば「頭の中で散々デモンストレーションはしてたから」と自身の妄想力の強さを笑っていたが、このときはそういう理性は吹っ飛び、ただ身体が心地いいようにだけ動かしていたんじゃないかと思う。そういう技巧のない無邪気な身体が、本当に心地がよかった。久しぶりすぎるセックスでちゃんと身体がひらくかと心配すらしていたのに、足のひらきかた、腰の動かしかた、中にある藤見の締め上げかた、息継ぎしながらするキスの仕方、手足の絡ませ方、そういうセックスにまつわるなにもかもが、嫌な思い出からではなく、喜びとして藤見のためだけにさらけ出せた。なにより気持ちがよかった。硬いものが中を啜る感触が。打たれる肌と肌が。混じる汗と体液の粘質が。肉の重さとしたたる水と、私を見つめる獣の目の、赤々とした発情が。
 藤見の言ったとおりに、これをしないのはもったいない、と額に浮く汗を舐めて思った。
「あっ、藤見、……いきそ、くる、あっん、あっ、――ああっ」
「おれも出る、また……っ、」
 海里、と呼ばれたような気がした。呼んでくれたのかもしれないし、そう聴こえただけだったのかもしれない。でも、ミサトでもなく、先生でもない、ひとりの男として、ひとりの身体に愛されて抱かれたんだと、その瞬間で思った。
 盛大、では済まされないほど出したような心地で、放出で硬直した身体の、目尻から流れる塩気を、目玉ごとしゃぶるかのように藤見は舐めた。


 寒いさむいと思っていたら、布団からはみ出ていた。ふたりでひとつの布団を使っているので無理からぬ話で、鳥肌をさすりながら思い切って布団を出て、押し入れからもう一枚毛布を出した。その気配ですこやかだった寝息が止まる。「先生?」と起きあがりかける身体に、ばふっと毛布を投げた。
 それをちゃんと広げて、自分も横に潜り込む。
「……寒かったの?」
「うん。おまえは?」
「寒くない。おれが布団取っちゃったんだね。ここだけつめたくなってるよ」
 ここ、と、背中に腕がまわり、横抱きにされた。
 背中の痣を、手は手繰る。綺麗だ、と言われるより、月のようだと称賛されるより、黙って癒すかのような手つきが、とても頼もしかった。有言実行するなあ、と眠りに炙られながら思う。十五歳で捨てられた私を、本当に救済しにこの青年はやって来た。
「――あ、」
「ん?」
「……そういえばおまえのタトゥー、もう一回ちゃんと見ようと思ってて、見損ねたなって」
「見たいの? 前に見せたとおりだよ、多分」
「うん。でもさ、確認したいじゃん」
「あとで……もう少し、寝よう、よ」
 もぞもぞと動き、藤見は私をしっかりと抱え込む。熱い身体に引きずられるも、いったん感じた寒さで目が冴えかかっていた。
 鼻の頭がつめたくて、藤見の首筋に押し付けるようにすり寄る。そうしながらやけに静かな外音と、それでも時折叩かれるように鳴る窓ガラスと、寒さで判断して、窓の方を見る。
 カーテンの隙間に、明け方の庭がある。そこに白いものがふっと神様にでも吹かれたように混じっていた。雪が風に舞っている。
「藤見、雪だ」
「……んー……」
「ふじみ、……」
 眠る身体は、冬そのものに思えた。今日、島はどこもかしこもしんしんと静かに鎮まるのだろう。潮騒が遠くでうっすらと聞こえる。風と、波と、藤見の寝息。
 これで、もう少しだけ眠って、目が覚めたら。
 この男と島を歩くのもいいなと思った。なにがあるわけでもない、田舎で不便な、冬の離島だけれど。
 眠る男の胸に、顔を埋める。もうしばらくは、しばらくはこのまま。黙って息をして、しばらく。
 体温を分けてもらって。
 目が覚めたら、それから。

『愛恋や憎悪やいずれともかくも激しき視線もてわれを射よ』


end.


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文中引用歌:「村木道彦歌集」(国文社)より

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拍手コメントでお名前のなかった方へ
読んでくださってありがとうございます。
村木道彦の歌集はおすすめですのでぜひご覧になっていただきたいと思います。歌人の俵万智さんも影響を受けた、というようなエピソードを聞いております。ぜひ。
若い人の成長というものがどうしても好きで、それに影響を与えるだろう先生という存在がどうしても好きで、ついつい書いてしまいます。「先生」もの、本当に多い気が。想像を巡らせて読んでいただけたようですので、とても嬉しいです。
更新は、今日・明日の短編でいったん閉める予定です。ぜひ今日も遊びにいらしてください。
拍手・コメント、ありがとうございました。
粟津原栗子 2022/03/16(Wed)08:50:15 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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