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四.ジャンダルム
郵便配達員ではあるが、年賀状を出す習慣は樹生にはない。これが所帯を持っていたりすれば別の話であったかもしれないがまあ、いま現代を生きる三十代独身男性としてはそこそこ正しい姿ではあると言える。樹生の知人友人同僚の中で同じ境遇の人間は、新年の挨拶状などまず出さない。
それでも、何年か前に正社員に採用されてからは多少意識が変わった。自分の社会的な地位を見て、これからのことも考えて、まるきり出さないわけにもいかないな、と思ったのだ。だからひとまず前の職場の上司や、仲良くしている他局の同僚、年賀状やカタログギフトを購入してくれた顧客でとりわけ親しい人などには出している。あくまでも社会的な付き合いの中の話で、出す枚数は十枚にも満たない。
直属の上司や、同僚たちには出さない。どうせ年末年始は嫌と言うほど顔を合わせる。よいお年を、と言ったその数時間後にはあけましておめでとうなどと言って出勤する。見せたい妻や子の存在があるわけでもないし、年の瀬、新年というものに特にありがたみを感じない。
早たちの年代であると、年賀状は特別な意味を持つものらしい。日ごろ不義理を働いている人や、体の不具合などで遠くなってしまった人たちに、私は元気です、あなたはどうですか、というお伺いを立てるのに最適なのだといつか早が言っていた。
『やっぱり、惣先生が亡くなった年の喪中欠礼はがきを出すのが、嫌でした』
これは二か月ほど前に早の元を一人で訪れた際に、早が言っていた言葉だ。
『とりわけ惣先生にはたくさんの知り合いがいて、たくさんの教え子がいて、年賀状を出す枚数も半端なかったですから。ただでさえ惣先生が亡くなったことでとても疲れていたのに、何百枚と出さなければ、と思ったら、苦痛で』
『近頃はどうですか?』
『楽になりましたよ。年賀状の柄は何にしようか、と考えたり。出す枚数もずいぶんと減りましたからね』
そう言いながらも、早は樹生から二百枚ほど年賀状を買った。確かに以前よりは格段に減ったが、それでも個人宅でこの枚数ははっきり言って大口顧客だ。まだ亡くなった夫絡みの付き合いで出す年賀状があり、また早自身にもかつての同僚や教え子に出す年始の挨拶状がある。早自身は美術科の教員だったのだから、年賀状作りは腕の振るいどころにもなるのだろう。
今年の樹生の年末年始は、クリスマス当日からの十二連勤で始まった。
毎年、十一月ぐらいに早めの冬期休暇を取らされ、徐々に年賀状を売り出しながら配達をこなし、この時期一気に、爆発する勢いで繁忙期を迎える。毎日の残業は当たり前で、皆で半ば殺気立ちながらも年賀状を仕分ける。冬休みを利用した学生のアルバイトもやって来る。それでも昔よりは年賀状の仕分けは楽になったと古株の社員は言うし、樹生でさえそう思う。郵便区分機の精度が上がって正確に住所を分けられるようになったり、年賀状の差出数自体が減ったり。要因は様々だ。
元旦の年賀状配達を終えて帰宅すると、暁登が珍しく自室ではなくリビングで部屋を暖めて待っていた。「お帰り」と右手を挙げてひらひら振る。その手にはこれまで散々見ていて、明日以降もしばらく見ることになる、白地に赤い印刷のされた紙があった。
「年賀状、誰から?」と暁登に訊ねる。暁登も年賀状を出す習慣などないので、この家に年賀状が届くことが珍しい。せいぜい樹生の職場絡みか、その程度だ。
暁登は「早先生から」と答えた。しょっちゅう会いに行くのに、早は毎年こうして丁寧に年賀状を寄越す。暁登と樹生、それぞれに。
「こっちあんたの分」
「見せて」
上着を脱ぎながら暁登からはがきを受け取る。早らしいたおやかな字で樹生の名前が表面には書かれていて、裏を見るとそこには淡彩で山の稜線が描かれていた。
暁登も樹生の手元を覗き込む。暁登の手元にも早からの年賀状が握られていたが、絵柄は違うようだった。
「早先生って、年賀状の絵柄は毎年必ずニ種類用意するんだって」と暁登が言った。
「ご主人関係の人に出す分と、自分で出す分と、絵柄は分けるって言ってた」
「暁登の方は何?」
「おれのは干支」
そう言って暁登が見せてくれたのは、確かに今年の干支が恭しく描かれた年賀状だった。
「あんたのは?」
「どっかの山、かな」
「あ、これH連峰じゃん」
あっさり暁登は山の名を言い当てた。
「なんで分かんの?」
「登ったことがあるからだよ」
「どこにある山?」
「N県とG県のあいだ」
「そんなとこ行ってたの」
「うちの両親は山好きだったからさ、」
山の稜線は、絵で見る限りだが岩場だった。「これ」と暁登は中心に描かれた黒い出っ張りを指差す。「これがあるからこの山だ、って分かる」
「ふうん。岩?」
「うん。ジャンダルム」
「ジャンダルム?」
「そう、ジャンダルム」
「何語?」
「えーと、フランス語だった気がする」
樹生は意味が分からなくて、ぽかんとしてしまった。
→ 31
← 29
それでも、何年か前に正社員に採用されてからは多少意識が変わった。自分の社会的な地位を見て、これからのことも考えて、まるきり出さないわけにもいかないな、と思ったのだ。だからひとまず前の職場の上司や、仲良くしている他局の同僚、年賀状やカタログギフトを購入してくれた顧客でとりわけ親しい人などには出している。あくまでも社会的な付き合いの中の話で、出す枚数は十枚にも満たない。
直属の上司や、同僚たちには出さない。どうせ年末年始は嫌と言うほど顔を合わせる。よいお年を、と言ったその数時間後にはあけましておめでとうなどと言って出勤する。見せたい妻や子の存在があるわけでもないし、年の瀬、新年というものに特にありがたみを感じない。
早たちの年代であると、年賀状は特別な意味を持つものらしい。日ごろ不義理を働いている人や、体の不具合などで遠くなってしまった人たちに、私は元気です、あなたはどうですか、というお伺いを立てるのに最適なのだといつか早が言っていた。
『やっぱり、惣先生が亡くなった年の喪中欠礼はがきを出すのが、嫌でした』
これは二か月ほど前に早の元を一人で訪れた際に、早が言っていた言葉だ。
『とりわけ惣先生にはたくさんの知り合いがいて、たくさんの教え子がいて、年賀状を出す枚数も半端なかったですから。ただでさえ惣先生が亡くなったことでとても疲れていたのに、何百枚と出さなければ、と思ったら、苦痛で』
『近頃はどうですか?』
『楽になりましたよ。年賀状の柄は何にしようか、と考えたり。出す枚数もずいぶんと減りましたからね』
そう言いながらも、早は樹生から二百枚ほど年賀状を買った。確かに以前よりは格段に減ったが、それでも個人宅でこの枚数ははっきり言って大口顧客だ。まだ亡くなった夫絡みの付き合いで出す年賀状があり、また早自身にもかつての同僚や教え子に出す年始の挨拶状がある。早自身は美術科の教員だったのだから、年賀状作りは腕の振るいどころにもなるのだろう。
今年の樹生の年末年始は、クリスマス当日からの十二連勤で始まった。
毎年、十一月ぐらいに早めの冬期休暇を取らされ、徐々に年賀状を売り出しながら配達をこなし、この時期一気に、爆発する勢いで繁忙期を迎える。毎日の残業は当たり前で、皆で半ば殺気立ちながらも年賀状を仕分ける。冬休みを利用した学生のアルバイトもやって来る。それでも昔よりは年賀状の仕分けは楽になったと古株の社員は言うし、樹生でさえそう思う。郵便区分機の精度が上がって正確に住所を分けられるようになったり、年賀状の差出数自体が減ったり。要因は様々だ。
元旦の年賀状配達を終えて帰宅すると、暁登が珍しく自室ではなくリビングで部屋を暖めて待っていた。「お帰り」と右手を挙げてひらひら振る。その手にはこれまで散々見ていて、明日以降もしばらく見ることになる、白地に赤い印刷のされた紙があった。
「年賀状、誰から?」と暁登に訊ねる。暁登も年賀状を出す習慣などないので、この家に年賀状が届くことが珍しい。せいぜい樹生の職場絡みか、その程度だ。
暁登は「早先生から」と答えた。しょっちゅう会いに行くのに、早は毎年こうして丁寧に年賀状を寄越す。暁登と樹生、それぞれに。
「こっちあんたの分」
「見せて」
上着を脱ぎながら暁登からはがきを受け取る。早らしいたおやかな字で樹生の名前が表面には書かれていて、裏を見るとそこには淡彩で山の稜線が描かれていた。
暁登も樹生の手元を覗き込む。暁登の手元にも早からの年賀状が握られていたが、絵柄は違うようだった。
「早先生って、年賀状の絵柄は毎年必ずニ種類用意するんだって」と暁登が言った。
「ご主人関係の人に出す分と、自分で出す分と、絵柄は分けるって言ってた」
「暁登の方は何?」
「おれのは干支」
そう言って暁登が見せてくれたのは、確かに今年の干支が恭しく描かれた年賀状だった。
「あんたのは?」
「どっかの山、かな」
「あ、これH連峰じゃん」
あっさり暁登は山の名を言い当てた。
「なんで分かんの?」
「登ったことがあるからだよ」
「どこにある山?」
「N県とG県のあいだ」
「そんなとこ行ってたの」
「うちの両親は山好きだったからさ、」
山の稜線は、絵で見る限りだが岩場だった。「これ」と暁登は中心に描かれた黒い出っ張りを指差す。「これがあるからこの山だ、って分かる」
「ふうん。岩?」
「うん。ジャンダルム」
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「何語?」
「えーと、フランス語だった気がする」
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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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2022*08*11-21
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