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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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十一.嫌いじゃない



 梅雨寒の日がある。他地域であまり暮らした経験がないので分からないのだが、この辺の気候では、梅雨入りした中で雨がざあざあと降りしきって寒い日がある。肌寒いで済めばいいが、耐えかねて灯油の芯出しストーブを焚いてしまうぐらいの寒さの日だ。
 梅雨の日にストーブを焚くのはメリットもある。何日も雨続きで乾かない洗濯物を乾かせるし、かび臭く湿気た室内を乾燥することも出来る。小さなストーブでも効果大だ。冬の残りの灯油をこの梅雨寒に使う。
 早は台所のテーブルに裁縫道具を広げて繕い物をしていた。広い家の中に作業台として使えるテーブルはいくつかあるのだが、なんだかんだここのテーブルが一番コンパクトで使いやすい。ブラウスのボタンが取れてしまったのでそれをつけ直す。上から二番目のボタンで、取れたボタンは紛失してしまったのだが、廃棄する衣類から外したボタンを入れている缶からちょうどよさそうなガラスのボタンが出て来た。ファッションのアクセントになるかなと思い、それをつけている。あとは少し前にやって来た樹生にズボンの裾上げを頼まれていたのでそれもする。いわく「制服のスラックスが傷んだので新しく交換してもらったんだけど、若干裾が長くて」ということだ。測ってみたら本当に若干だったが長かった。長身の樹生はむしろ裾が短い方が当たり前だったので、制服の幅の広さに感服する。どんな体格の人が身につけても対応出来るようデザインされているのだろうか。
 岩永樹生は最近、甘えてくるようになった。
 以前だったら一刻も早く家を出て、早たち夫婦の手を煩わせたくないというどこか借り物の気持ちが見えていた。出来ることは自分でやったし、出来なければ聞いて自分で出来るようにする、それが岩永樹生という男だった。要領がよく理解力もよかったので大抵のことは出来てしまっていた。樹生が十八歳でこの家を出たとき、もしかしたら彼は今後あまり関わりを持とうとしないのかもしれない、と予感したぐらいだ。
 それは少し当たって、少し外れた。連絡はくれたしこの家にもやって来たが、それでも頻繁という訳ではなかった。それが最近は違う。意識が変わったのか、なんなのか、早の元を以前よりは頻繁に訪れるようになった。訪れては昼寝だけして帰る時もあるし、買い物に付きあってくれる時もある。
 早にとっては嬉しいことでもあった。ひとり暮らしは気ままで楽しいが、誰かにいて欲しくない訳ではない。人の存在は安心する。とりわけ、夫と苦労して育てた子ならば尚更だ。
 スラックスの裾上げをしていたら廊下の奥の方でドサッと何かが崩れ落ちる音がした。大方、積み上げた本が崩れたのではないかと察する。放置しようか迷ったが、それでも立ち上がって、そちらへとゆっくり歩いて行った。暁登が整理を請け負ってくれている部屋の本が、一部だけ崩れていた。
 それらを拾い、また積み重ねていく。あまり高く積まないように暁登に言うべきかもしれない。
 一冊の本を拾い上げた時、それはアルバムであることに気付いた。中を開くと強面の夫と小柄の早が正装で並んで写っている写真が真っ先に出て来て懐かしくなった。写真だけ撮った結婚の際のものだ。
 パラパラとそれをめくる。行った旅行の時のもの、夫の学会の際に学生と撮ったもの。夏居巌との写真も出て来た。夫が個人的にまとめた、自らに関する写真のアルバムであるようだった。
 捲っていくとひらりと一枚の写真が落ちた。貼り付けてはいなかったようだ。よっこらせと腰を屈めて拾う。写っていたのは家の前でぎこちなく並ぶ早と樹生だった。
 自分も樹生も今より若い。樹生は身長だけは恐ろしく高かったがまだ少年の顔立ちで、なぜ、どのようなタイミングで撮った写真なのかをまるで覚えていない。樹生の着ているシャツには覚えがあった。上背のあった樹生には体に合った衣類が見つけ辛く、この辺の量販店ではなかなか揃わなかった。それを気にした夫が樹生の体をきちんと採寸してから洋裁の得意な知人にオーダーをして、シャツを何枚か誂えてもらった。既製品を手直ししただけのものもあれば、生地から選んで作ったものもある。そのうちの一枚で、この深緑色のスタンドカラーのシャツを樹生はとりわけ気に入ってよく着ていた。
 ふと、柔らかい気持ちが押し寄せる。今日は雨だ。制服を取りに来がてら、樹生が夕飯を食べに来る。仕事が終われば暁登も合流すると聞いている。暁登の新しい仕事は順調なようだ。
 シェア生活を解消しても、二人はよくつるんでいる。いつか「前よりいい」と暁登が言っていた。「離れて分かることがありました。前より岩永さんのことを少し嫌いになって、好きになりました」と。
 それぞれがそれぞれの暮らしを営んでいる。その中で都合をつけてそれぞれの時間を、空間を共有する。とても素敵なことだと思う。私達はあくまでも個であるけれど、誰かと接せずにはいられないことを、きちんと認識出来る。
 私の人生は私のもので、貴方の人生は貴方のものだ。どう生きるかは自分で決めていい。一人で過ごしても、暮らしを持ち寄っても、いい。
 アルバムを元に戻そうとして、気が変わって持ち出した。今夜、樹生に見せたい。どんな反応をするだろうか。興味なさげにふうん、と言うのを、暁登が何かコメントする。そういう想像をした。
 写真はいい。写っていなくても誰かが撮っているという事実がある。この写真には不在でも、これを撮ったのは惣先生だ。並んで、もうちょっと寄って、ふたりとももっと笑ってよ。強面でも柔らかくそう言う、かつての夫の声が聞こえた気がした。




 梅雨寒の配達は辛いが、雨の日は嫌いじゃない。外回りで雨具を身につけるのが面倒でも、顔に雨が当たっても、運転には最大の注意を払わなくてはいけなくても、雨の日はなんだか心が優しくなれるように思う。
 郵便物を濡らさぬように気を配りながら、樹生は家と家の間を縫い綴じるようにバイクを走らせ、停め、郵便受けに郵便物を投函し、またバイクで走る。広く真っ直ぐな道に出て、少しスピードを上げる。今日は早く仕事を終えて定時で帰る。雨だから。
 不意に、さっと明るくなった、と思った。雨は当たっているが雲が割れたのだろう。右斜め前方に虹が現れた。あまりにも大きな虹だったので、樹生はバイクを止めてそれを見る。
 しばらく見とれてから、またバイクを走らせた。この虹のことを今夜早や暁登に話すかもしれないし、忘れてしまうかもしれない。
 今日は雨だ。雨の日は嫌いじゃない。雨の日は早く帰る。会いたい人がいる。


End.



→ 84



当初の予定よりも長く更新日を取りまして、これにて本編は完結となります。
ここまでお付き合いいただきましてありがとうございました。
明日は更新をお休みいたしますが、明後日からまた、今度は番外編などを予定しております。
まだまだ樹生や暁登や早、その周辺のことなどを語りたいと思います。
こちらもぜひお付き合いくださると嬉しいです。

これを書いている時点では、全国あちこちで災害が起きているようです。
どうかご無事で、そしてこのブログが、読んでくださる方にとっての味方のようなものであればいいなと願っております。






拍手[17回]

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youtorika2さま(拍手コメント)
読んでくださってありがとうございます。
「秘密」に限りませんが、読んだ後にやわらかい気持ちになればいいなと思いながら書いたものです。youtorika2さんがそのような穏やかな気持ちになれていたとすれば、私としては大変うれしく思います。

本日は更新をお休みいたしますが、明日からはまた少し更新がありますので、そちらもぜひお付き合いください。
コメントうれしいです。ありがとうございました。
粟津原栗子 2018/07/09(Mon)07:14:24 編集
Beiさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
これを書いた時期は梅雨などではなかったのですが、秋雨で始まった物語ですので、雨で終わらせたくて梅雨を選びました。ちなみにですが私の暮らす地域ではあじさいがちょうど見頃です。今年は梅雨とは時期が異なりました。ですが樹生もあじさいは普通に目にしているだろうし(気にも留めないでしょうが)、あとはタチアオイ、ヒルガオなんかが濡れそぼる中をバイクで走っている、そんな想像です。
郵便配達員、という仕事がどういうものであれ、素敵な仕事だなと思っているので何度も書いてしまいます。明日の更新では久々のあの人も登場予定です。楽しみにしていただけたら。
カウンター含め、忍者ブログは障害が多いようで、もしかするとそろそろ引っ越しの時期かもしれません。7年以上使っています。7年分の記事を引っ越すのは労が多そうで思案しているところですが、いずれそうなるかな、とは思っています。
完結までお付き合いくださりありがとうございました。番外編もぜひお楽しみに。
粟津原栗子 2018/07/09(Mon)07:28:43 編集
七夕さま(拍手コメント)
読んでくださってありがとうございます。
異性同士のカップルであればいずれ家族に、ということを簡単に想像できますが、同性カップルではそれが難しい、では「家族」にはなれないのか? ということはずっと前から考えていることです。今回は「血の繋がらない他者との関係」をひとつ軸に置きました。書ききれているかどうか不安なのですが、でも、七夕さんのおっしゃる通りに樹生の言葉はいまの本心です。大切にしていってほしいものです。
秘密が多かった分だけ、本編で語らずに終わってしまったことが多かったです。補足の意味合いではないのですが、番外編を楽しみにしていただけると嬉しいです。
拍手・コメント、励みになります。ありがとうございました。
粟津原栗子 2018/07/10(Tue)10:36:07 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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