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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 山荘までは片道二時間半ほどだ。従業員用の裏口から山荘内に入った。ちょうど休憩中だった従業員が人懐こく三人を迎える。直生はもの珍しそうにキョロキョロと施設内に視線を巡らせていたが、従業員のひとりに「大きいねえ」と声をかけられ、恥ずかしげに「はい」と答えた。
「通孝くんの同級生だって?」
「はい。岩永と言います。今日はお世話になります」
 ぺこぺこと頭を下げ続ける直生を引っ張り、通孝は表玄関へと向かう。受付台にいたのは祖父だった。フロントマンが休憩に入ったので、祖父が替わったのだ。
「通孝」と祖父は孫の姿を認めて声をかけた。「ずいぶんでかいの連れてきたな」
「なにか手伝うことがある?」と訊ねると祖父はニコリと笑むことで答えた。
「今日はな、もう客も入っちまったから後は従業員に任せておけばいい。むしろお前達みたいなのにうろちょろされたら迷惑だ。明日、頼むよ。客が捌けたらトイレと風呂の掃除だ」
「分かった」
「厨房に顔出しな。まかない出してくれるだろうよ。夕飯だ」
 祖父に礼を言って通孝はまた歩き出す。直生もついてきた。言われた通りに厨房に顔を出すと、料理人らが忙しなくも笑顔で出迎えてくれた。「こっち」と直生を隅のテーブルに着かせる。勝手を知っている通孝は邪魔にならないように料理をよそってもらい、テーブルに運んだ。
「やったね。今日のまかないはシチューだ」
 黒々とこっくり煮詰めたシチューは、野菜の残り屑やら肉の切れ端やらで作られる。何時間も煮込んで作るそれは白米に泣けるほど合うので、ここでしか食べられない通孝の好物でもあった。
 直生は目を開いて料理を見つめていた。
「食べようよ。あ、嫌いだった?」
「……いや、こういうのははじめて食べるから、」
「残り物ばっかり入ってるのに、美味いんだよ」
 口々に喋っていると、料理人のひとりがフライパンを持って近付いてきて、「そう、美味いんだ」と言ってふたりの皿にそれぞれオムレツを滑りこませた。
「玉子があると絶品だ」とにやりと笑う。
「玉子、いいの?」
「特別な。その代わり明日はうんと働けよ」
「ありがとう」
「はいよ」
 通孝が食べ始めたのを見て、直生もおそるおそる皿の中身を口にした。しばらく無言だったが、「どう?」と聞くと口の中のものを咀嚼して飲み込んでから「食べたことのない味がする」と答えた。
「美味い」
「だろう?」
「本当に美味い」
 それからは無言で腹を満たし、満たされた後は食器を洗って今度は従業員寮に向かう。今夜はそこに一室、通孝と直生の為に部屋を貰っていた。「お客さんが使った後に風呂を使うからさ、十時にならないと風呂には入れないんだ」と説明して、押し入れから布団を引っ張り出してごろりと寝転んだ。
 さすがに疲れていたが、冴えてもいた。直生は布団の上に体育座りでぼんやりしていたが、やがて「みんないい人たちだな」とこぼした。
「色んな人がいるから、一概にそうは言えないよ」
「でも、晩は可愛がられている」
「いずれの跡継ぎ、って立場だけだよ」
「……いや、違うと思う」
 耳の後ろをガリガリと掻き、直生もついにごろりと寝そべった。
「おれの家は、こんな風にはならない」
「……おふくろさんと、ふたり暮らしなんだよな」
 訊ねるも、勇気が要った。昼間さらっと聞いた話の限りでは、家庭環境のことを安易に訊ねるのはどうかと思った。だが直生からこの話題を振ったので、無視しようにも無視できない。
 直生は黙る。言葉を探しているふうに思えたので、「言いたくなければ言わなくていい」と言い添える。
「話したくないことは話さなくても。……ごめん、やっぱり僕は距離が近いんだよな」
 直生は黙っている。うつ伏せて顔を上げない。
 だがややあってくぐもった声で「晩にはなんでも話せてしまうから怖い」と返事があった。
「警戒心を解かれるっていうのか、……話しても大丈夫かなって、安心感があるっていうのか、」
「そうかな」
「うん。人と人との距離にするっと入り込んでくる」
 少し考えて、「それが嫌なら気をつけるよ」と言ったが、直生は首を横に振った。
「嫌、ではないから、気をつけることはないよ」
「……そう」
 ぼそぼそと喋っているうちに扉がノックされた。顔を覗かせたのは先ほどふたりの食事にオムレツを滑りこませてくれた若手の料理人だ。「風呂、入るだろ?」とわざわざ声をかけに来てくれた。
「時間前だけど、入っていいってさ」
「ありがと、有起哉(ゆきや)さん」
「先行くぜ」
 パタンとまた扉が閉まる。風呂行こうか、と通孝は支度を始める。タオルを渡してやると、直生はようやく起き上がった。通孝を見上げる格好になる。
 ひどい顔色で、泣きそうな表情をしていた。
「――晩、」
 と呼ばれてドキリとした。
「協力してくれないか」
「なにを、」
「橋本先生が鳥飼先生に近付くことを、おれは容認出来ないから」
 きゅ、と寄った眉根で切々と訴えられたが、通孝にはまるで分からない話だった。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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