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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 産婦人科の病棟のある階でエレベーターを降りると、すぐそこにエレベーター待ちをしていた暁登がいて呼吸が一瞬詰まった。暁登の方も目を丸くしている。「なんで?」と暁登は尋ねたが、答えたのは樹生ではなく暁登の父親の方だった。
「岩永さんが赤ん坊を見たい、と言ったから連れて来たよ」
「え、だって今日仕事だろ?」
 ちらりと暁登は樹生を窺う。樹生は苦笑してみせた。
「休んだ」
「いいの?」
「どうしても困るようならそう言われるけど、職場に電話したらあっさり有休くれたから、いいんだ」
 暁登だって半年程度でも勤め先ではあったわけなので、内情は知っている。「そう」と頷いて、それから父親の方を向いた。
「おれ、いったん帰ろうと思ってたところ」
「なにかあるの?」
「今日は休みだけど、まだアパートの引っ越しが完全に終わってないからさ。とりあえず生まれたし、義兄さんとおふくろはまだ残るって言うから、後で迎えに来るよって話にして、病室出て来たんだ」
 それでエレベーターを待っていたのだと納得がいく。
「せっかく岩永さん来てくれたんだから、もう少しいてやればいいのに。おまえが世話になった人なんだから」
「んー……」
 暁登は腕組をして考える。
「引っ越しってのは?」と樹生は聞いた。
 暁登は顔を上げ、かりかりと頭を掻く。
「えーとね、部屋はもう借りてあるんだけど荷物の運び入れがまだで。あんたも見ただろ、実家の客間の荷物をさ。あれを入れなきゃなんないんだ。距離がそんなに離れているわけじゃないから車で何往復かすれば済むかな、と思ってる。大きな家電は追々揃えるし。まあ、そういうのを休みの日のうちにやっておこうかなって」
「それ、手伝おうか」
「え?」
「おれも休み取ったし。ここには赤ちゃんの顔見に来ただけでおれもこの後の予定は特にないし。嫌でなければ、だけど」
 そう言うと、暁登がまた真っすぐな目でこちらを見つめ返してきた。怖気るほど強い光を持った瞳だ。だが樹生はそれを見て、もう逸らしたりはしなかった。樹生も樹生のまなざしで、それを受け止める。
「――じゃあ、頼もうかな」と暁登は言った。
「予定が決まったならまずは孫の顔だな」と言ったのは暁登の父だ。
「病室、どっちだ?」
「あっち。でも新生児室はこっちだよ」
「はじめは虹子の顔見てからにしよう」
 暁登父は母親の背に手を添えてゆっくりと歩き出す。その後ろを暁登と並んでついて行った。暁登の姉に挨拶をした後、一足先に病室を出て暁登と廊下を歩いた。
 新生児はガラス越しにしか見ることが出来なかった。この病院で生まれた赤ん坊が小さなかごに入れられ並んでいる様はなかなか鮮烈だった。まだ赤ん坊でも大きさはまちまちで、よく見れば顔立ちも違う。だからと言ってどれが暁登の姉夫婦の子どもなのかは分からなかった。
「のんびり腹に入ってただけあってさ、わりとでかいんだ」と暁登がガラス越しの赤ん坊を見ながら言った。
「あの一番端っこの」
「へえ、女の子だっけ」
「そう。隣の子は男の子らしいんだけどさ、でかいだろ」
 比べれば確かに姉夫婦の子どもの方がふくふくと丸く大きい。「名前決まってんの?」と聞くと、暁登は「ひかり」と答えた。
「ひかり?」
「うん。新緑に生まれるなら男でも女でもひかりがいい、って姉貴と義兄さんで決めた」
「字は?」
「女の子ならひらがな、男の子なら太陽のヨウの字。女の子だから、ひらがなだな」
「ひかりちゃんか」
「うん」
 樹生は並ぶ赤ん坊の愛らしさが飽きなくてしばらくガラスに張り付いて眺めていたが、暁登は飽きてしまったらしい。傍にあった長椅子にどかりと座り込む。膝に頬杖をついて、そっぽを向いている。
 樹生は一通り眺め終えて、暁登へ振り向く。暁登は目を閉じていたが眠っていないことは分かっていた。目蓋が僅かに震えていたからだ。
 樹生もそちらへ歩き、暁登の隣へ座った。足を組む。
「おれも欲しかったんだよね、子ども」
 そう言うと、暁登はゆっくりと目を開けた。


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この記事の投稿でブログ投稿数が1500になりました。
「秘密」本編の更新は今週末で最終回の予定です。最後までお付き合いをどうぞお願いいたします。


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Beiさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
そうなんです、1500に達しました。長く続けることや積み重ねることが苦手な私にとっては大記録とも言えます。ここまで続くことは実は予想していませんでした。
「書くこと」を、このブログで覚えました。これからも「書くこと」の傍にいられたらいいなと思っております。とりわけBeiさんには初期の初期からお付き合いいただいておりますので、そういう方の期待こそ嬉しかったりもします。
様々なことを考えましたし、色々とあったと思うのですが、おおむね「楽しい」という記憶しかないので、続けてこられたのだと思います。

いつも励まされております。こちらこそ、この先もよろしくお願いいたします。

ひとまずは「秘密」を、あと数話。完結までぜひお付き合いくださいね。
粟津原栗子 2018/07/06(Fri)20:36:40 編集
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プロフィール
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粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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