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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 車の定員の都合で、暁登の祖母だけは家に送り届けることになった。
 暁登が祖母を家に降ろしている間、樹生は暁登の車の中でぼんやりと庭先を眺めていた。この家に畑はないが、花は植えてある。スミレやパンジーといったありふれた花で、樹生には大きな興味もなかったが、家に花があることはきっといいことなんだろうな、と思う。心の豊かさは家に表れる。
 暁登が家の鍵を閉めて、再び車に乗り込んでくる。引っ越しの荷物も載せられるだけ荷台に載せた。アパートはどこにあるのかと聞けば、わりと郊外にある地名を告げられた。
「駅から遠いんじゃないの?」
「職場に近いから選んだ。スーパーも医者も近くにあるから、そんなに問題ないと思う。まだ暮らし始めてないからよく分かんないけど」
 車は心地よく走り出した。途中、暁登はコンビニに寄った。眠気覚ましの栄養ドリンクと食料と飲料を買い込む。その間に樹生は煙草とライターを買った。あんまりにも急な来訪だったので、煙草を家に置いてきていた。
 コンビニの外で煙草を吸ったが、あまりうまいとも思えずにすぐに消した。会計を済ませた暁登が店から出て来たので、一緒に車に乗り込む。
「――で、なんの話が聞けるんだ?」と暁登は運転しながら訊ねてきた。
「いまここで話す?」
「あんたに割いてる時間がない。作業しながら聞くよ」
 そんなんでいいのかとも思ったが、その軽さはかえって気楽に感じた。肩の荷が下りたような。
「どうせ今日はいちんち中付き合ってくれるんだろ、」
「――そうだな」
 樹生は扉に頬杖をついて、窓の外を見る。あちこちで緑が煌めいているので、早なら喜びそうだな、と思った。
「おれはきみとまたやり直したいと思うから話す」
 流れる景色をぼんやり眺めながら樹生は言う。
「なにがなんでも。きみの心がまだおれにあるなら」
「……」
「面倒だよ、もう。なにから話したらいいんだか。……たくさんありすぎて、」
 樹生は両の掌で顔を揉んだ。本当に面倒だ。過去のことなど思い返したくもないし、語って聞かせるなんてとんでもなかった。けれどそれをしなければならない。それくらいの努力を、大事な人には怠ってはならない。
 面倒、で片付けては、失うばかりだ。
 車は街中を抜けてのどかな田畑の広がる地域に進んでいく。家がぽつぽつと建つ。やがてまた湧いたように商店が並ぶ通りに出る。そこの路地をいくつか曲がり、暁登は小さなアパートの庭に車を停めた。
 アパートは一階建てで、ふた部屋しかなかった。すぐそこに建っているのが大家の家なのだという。大家が空いた土地にアパートでも建てて家賃収入を得ようか、という物件だろうか。この辺りには私立の大学があり、どちらかと言えば学生向けのワンルームであるようだった。
 左右どちらの部屋かと聞けば、左、と答えた。暁登が部屋の鍵を開けている間に樹生は荷台に載った荷物を軒先まで運ぶ。「どうぞ」と促され入った部屋は八畳間で、想像より広かった。骨組みとマットレスだけのベッドと、机と椅子が既に運ばれていた。
「いい部屋だな」
「そう。日がうまく当たるんだ」
 と言って暁登は障子戸を開けた。大きな窓のすぐ下には小さな花壇があったが、何も植えられてはいなかった。
「荷物運んじゃおう」
「うん」
 樹生が外に回り、扉の際に立った暁登にリズム良く荷物を渡していく。車の中のものを運び終えると、もう一往復して暁登の実家からアパートに荷を運んだ。それで済んだ。冷蔵庫と洗濯機は中古のものを購入予定で、そのうち店に行くという。
 窓からは五月の陽光が差し込む。「早先生からなにか花でも野菜でも分けて貰って育てたら」と言ったら、暁登は頷くでもなく笑うでもなく、ただ真っ直ぐな瞳でこちらを見返してきた。どう反応したものか、シンプルに暁登は綺麗だな、と思った。樹生なんかよりずっと強い。
 樹生はフッと息を吐いた。


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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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