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十. 秘密



 暁登の痕跡は、ある日唐突に部屋から消えた。どうやって知るのか、樹生の留守の日を狙って自分のものを持ち出したらしい。元々、多くのものを暁登は持たなかった。暁登の持っていたもので一番大きなものは寝具一式だっただろうし、大半を占めていたのは本だった。その他で衣類や食器類が少しあるだけ。当面に必要なものだけ持って出て行ったはずの暁登だったが、ようやくというのか、帰宅したら綺麗になくなっていた。五月のはじまりの日だった。
 こういう風に人が離れることもあるんだな、と思ったがそこに感傷は含まれなかった。現実を見た、という方が正しい。当たり前だ。樹生からはなんの行動も起こしていない。引き留める努力もしていないのに去るなという方がおかしなことだ。
 ただ、そこに樹生が納得しているかどうかは別の話だ。
 テーブルの上に封筒が置かれていた。封筒の中を見ると、いままで折半で出し合っていた生活費がきっちり入っていた。手紙のひとつもない。離婚届みたいだなと思ったら笑えて、即座に虚しくなった。スマートフォンを手にし、暁登に電話をしようとして、やめた。出ない気がした。
 暁登は樹生との仲を清算した。彼なりのけじめをつけて出て行った。そんなに簡単に人と人との仲を割り切れるものかな、と思ったが、こうなっている以上はそうなのだろう。暁登の方に樹生への未練はないということだ。
 服を脱ぎ、風呂に入る準備をしながら樹生は暁登と再会した頃のことを思い返した。再会の頃、というよりはその後のこと。体を交じらわせて逃げられた、その後のことだ。
 あの時、さっといなくなった体が惜しくて惜しくて、樹生は起きてすぐに暁登のスマートフォンに電話をかけた。はじめ、暁登はなかなかすぐには出てくれなかった。しつこくかけ直してようやく暁登が電話に出たのは、日もとうに暮れて月が中天にかかる頃だった。
 いまどこ、と訊くと、実家の自室だという。安堵してから、いないから焦った、と伝えた。
「――平気?」
『何が?』
「……その、体とか」
 訊いてみたものの、その質問は自分でも意図が分からないなと思った。適当に訊いたことを詫び、本心を伝えた。樹生は、淋しかった。
『――おれは、全然淋しくないです』
 暁登の答えは冷ややかだった。
『元々、一人の方が好きだし、』
 だがそのうち言葉は窄む。言い詰まった暁登に、いますぐ会いたいと思った。無性に会いたい。会ってどうするのかはその時の感情が衝動を起こすだろう。とにかく会いたかった。
「お互いさ、言葉遊びみたいなことは、やめよう」
 そう言うと、暁登は電話の向こうで『言葉遊び』と怪訝に聞き返して来た。
「言葉だけじゃ伝わらない感情はたくさんあるってこと」
『……よく分かりません、』
「うん。会いたいよ」
 脈絡もなくストレートに伝えた言葉は、きちんと暁登に伝わったと、その後に続いた暁登の無言で察した。


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プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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