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 樹生が何故その街にいたかと言えば、職場絡みの研修会があったからだった。この地域では一番大きな街で、研修施設もそこにあった。樹生は他の集配局で働く同期の仲間数人と連れ立って駅への道を歩いていた。研修は終わり、飲んで帰ろうぜ、ということになったのだ。
 そこで暁登と再会した。唐突な再会にうろたえていたのは暁登の方で、樹生はと言えば懐かしい気持ちの方が強かった。
 暁登は繁華街の雑居ビルの前で、寒そうにしながら立ち尽くしていた。通りかかった樹生は思わず「塩谷くん」と声を掛けた。「なんでこんなところにいんの」とか「元気?」とか、一方的に喋った。
「あの集配局辞めたって聞いたから、もったいないなって思ってた。いまなにしてんの? この街に住んでるとか?」
 と樹生は訊ねた。が、暁登は歯切れの悪い返答ばかりで目を合わせようとしない。
 仲間が樹生を呼んだ。樹生自身も、このかつての後輩にあまり歓迎されていないようだと分かったので、「じゃあ、またね」と言ってその場を離れた。
 終電に間に合う時間ギリギリまで仲間と飲んだ。仲間らはこのまま恋人の家に直行するとか、遠いからホテルを取っているとか、とにかく帰りはバラバラになったので、飲み屋の前で別れて樹生は駅への道を急いだ。と、そこでまた暁登の姿を認めた。先ほどと同じ雑居ビルの庇の下で、先ほどとは打って変わってしゃがみ込んでいた。
「塩谷くん?」と樹生は声をかける。さすがに見過ごせなかった。「大丈夫?」
 暁登は顔を上げた。酷い顔色で、寒さなのか緊張だったのか、震えていた。
「なあ、……どうしたんだよ。具合悪いの? 立てる?」
「……」
「とりあえずここにいない方がいいと思うんだけど、」
 と、暁登の痩せて尖った肩を掴んで立ち上がらせた。暁登は大人しく立ったが、あまりにも震えていたので、肩に添えた手を離せなかった。
「……待ち合わせた人が、いるんです」と暁登は小さく言った。雨音に消されてしまいそうな音量だった。
「でも来なかったから、多分おれが嫌だったんでしょう」
「……」
 恋人でも待っていたのかとはじめは思った。暁登は「帰ります」と言って樹生の手から逃れるように歩き出したが、傘も差さないしそもそもそんなものを持ってすらいなかった。樹生はその頼りない背中を慌てて追いかける。
「帰るってどこに?」と聞くと、暁登は「家です」と答える。実家暮らしなのは前の職場の頃から変わらないらしく、ならば同じ方向の電車だと分かった。終電まで間がない。樹生は「おれも帰るからさ、一緒に行こう」と言って、ふたりで雨の中を小走りに駅へと向かった。
 終電は、混んでいた。けれど次第に人が降り、車内が空いてきたのでふたりでシートに並んで座った。
 暁登はずっとうなだれていた。うなじに浮いた脊椎の出っ張りを見て、なんだか切ない気分になったのをよく覚えている。
 なにか喋った方が良いような気がして、樹生は「誰を待ってた?」と訊ねた。
「おれの春を買ってくれるはずの人」と答えられたので、意味が分からなかった。笑おうかとも思ったが、声のトーンが暗かったので樹生も真面目に訊ね返した。「どういうこと?」
「体、売ろうとしてました」と暁登が言うので、樹生はぎょっとした。
「――え?」
「ネットに登録しておくんです。顔写真は怖くて載せられなかったけど、体の一部とかは載せて。あとは身長とか体重、スリーサイズに顔立ちの傾向とか、体型とか」
「……塩谷くん、それは、」
「で、連絡先と。それを見て向こうがコンタクトを取ってくる。日時と場所と目印決めて。待ってて、」
 暁登は淡々と語った。樹生は驚きながらも暁登の告白を真剣に聞いた。
「……誰も来なかった。怖じ気づいたか、からかわれたか、……ひょっとしたら来たけど、おれが好みじゃなくて引き返したのかも」
「……それ、相手は男? 女?」
「どっちだろう。やり取りだけだったら男だと思ってましたが違ったのかもしれない。どっちでもいいです。金が、欲しかった」
「……こういうの、もう何度もしてるの」
 暁登は首を横に振る。それには樹生もほっとした。
「はじめてで、……すごく緊張してて……だから、岩永さんが通りかかったとき、」
「うん」
「見られて最悪だと思ったのと、安心したのと、どっちもあって――」
 ず、と暁登は洟をすすり、それでこの男が泣き始めていることを知った。樹生は必死で背中をさすった。知らない間に、かつての後輩はこんなにも追い詰められてしまっていた。
 このまま実家に帰してしまってよいものか、真剣に考えた。樹生が当時住んでいたワンルームに狭いけれど来るかと訊ねたとき、暁登はそれでも健気に首を振った。
「じゃあ塩谷くん、約束して。今夜は家に帰る。絶対に実家に戻る。風呂入ってあったまって、寝る。よく休む」
「……」
「明日はなにか予定がある?」
「……いえ、」
「なら明日はおれも非番だからさ。どっかでめし食おう。えーと、連絡先って変わってないよね」
 と樹生はスマートフォンを操作した。暁登と最後に連絡を取ったのはいつだったか。業務上の連絡だったと記憶する。タッチパネルを下へとスクロールしていけば、何人もの「友だち」に埋もれてはいたが暁登の名前が出て来た。
「よし。じゃあ、また明日」
「……」
「なに食いたいか考えておいて」
 いいね、と念を押すと、暁登は小さく頷いた。多少強引だとは承知で、でも放っておけない。そのまま電車を降りるまで、暁登の背を優しく、一定のリズムで叩いていた。暁登はずっとうなだれて顔を上げなかったが、泣き止んだ。


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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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