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 早の家に着くと居間がだいぶ様変わりしていて驚いた。大きな段ボール箱が転がり、見たことのなかったボードが組み立てられ、その上には小型ながらもテレビが載っていた。そのテレビに向かって樹生が設定をいじっている。
 台所から早が出てきて、「おかえりなさい」と声をかけてくれた。
「テレビ、買ったんですか?」
「はい。正確には、買っていただきました」
「誰に?」
「樹生さんにです」
 それを訊いて驚く。岩永樹生という男は、誰かになにかを買ってやる、プレゼントを贈る、と思考する部分が完全に欠落している。樹生とわりない仲になってもう長いこと経つが、彼からなにかを贈られたことは一度もない。それは暁登も別に求めてはいないので、なおさらふたりの間に「贈り物」の習慣が存在しない。
 ある程度の設定を終えたらしい樹生がようやく振り返って暁登を見た。
「あき、おつかれ」
「どうしたの、テレビ。この家にそんなのなかったじゃん」
「あ? うん、なかったね。でも早先生が欲しいって言ったから」
 それで早の方を見ると、彼女はやわらかく微笑みながら「見たくなったんです、テレビ」と言った。
 この家に暁登が出入りするようになった時点でもう、テレビという存在はなかった。樹生がここで暮らしていたときはどうだったか知らないが、いつか早が言ったのは「必要ないですから」だった。早は情報を主にはラジオと新聞とで得ている。それで充分だと言い切っていた。
 その心境の変化は一体どういうことなのだろうか。と暁登が訊ねる前に、早が自分から話してくれた。
「少し前に、私の古い学友が『テレビ取材されたから放映日になったら見てね』と連絡をくださったんです。全国放送で大きく取り上げられたみたいで。遠いところに住んでいる友人ですからなかなか会えないのもあって、それは見たいと思ったんです。はじめは樹生さんに頼んで録画をしてもらおうと思ったんですが、考えてみれば録画していただいてもうちにはそれを再生する機器が存在しないな、と。それを樹生さんにお話しして、色々相談した結果、買いましょうということになったんです」
 樹生を見ると、「まあおれも見るからさ」と答えた。
「現品限りの展示品で、小型だから、そんなに高いものじゃなかった。レコーダーも買ったから録画も再生も自在」
 よし、と樹生は立ちあがり、いったんテレビの電源を落とした。リモコンに電池を入れ、再びテレビの電源を入れる。買ったばかりの新品は、正確な配線のおかげですんなりと映像を流し始めた。
「ついたついた」
「綺麗に映るな」
「早先生、場所はどうです? ここでいいなら据え付けちゃいますけど」
「大丈夫ですよ」
「じゃあちゃんと置こう。あき、手伝ってくれる?」
 樹生の依頼に頷いて、暁登は傍に寄る。テレビボードを動かし、固定して、配線を綺麗にまとめた。箱を片付け、操作説明書と保証書は早に渡す。彼女はそれをファイリングして、棚に仕舞った。
「食事にしましょうか」
 早がそう言って、居間のテーブルをざっと台拭きで拭う。暁登も手を洗い、配膳を手伝った。樹生はまだなんとなくテレビの動作を確認していたが、やがてチャンネルをニュース番組にすると、自身も手を洗いに行った。
 今夜の草刈家の夕飯メニューは、魚がメインだった。「フェンネルを収穫したので」と早は嬉しそうにしていたので、暁登も嬉しい。白身魚を香草で包んでオーブンで焼く調理法を、暁登は留学先で知った。帰国後に早にそれを教えると「食べてみたいですね」と好奇心を覗かせたので、暁登みずからが包丁を握って早にふるまった。早はそれが気に入った様子で、フェンネルの種をどこからか仕入れると家庭菜園の一角でそれを育て始めてしまったぐらいだ。
 香草焼きのほかには、夏の終わりでもまだ収穫されるトマトやナスを使った炒め物や、丁寧に出汁を取った味噌汁、きゅうりの漬物などが並ぶ。こうして三人で食事を取る機会は、最近とみに増えた。樹生など自分のアパートにいる機会よりも草刈家にいる方が多いようだから、変な意地を張ってひとり暮らしを続けるよりも、またこの家で一緒に住んでしまえばいいのに、と暁登は思う。
 テレビはニュースと気象情報を終えて、コマーシャルを挟んでドキュメンタリー番組へと移った。はじめのうちはものものしい音楽が流れても食事にありついていたからさして気にならなかった。けれど食事を終え、食器類を下げ、三人それぞれでくつろぎ始めると、内容の重さが痛々しく伝わった。交通事故で当時未成年だった子どもを亡くした、親の話だった。ナレーションが淡々としている分、親の痛みが切々と伝わる。こんなの見ていて大丈夫なんだろうかと樹生や早の様子を窺ったが、樹生はいつの間にか横になって眠っていて、早は縫い物をしていたので、なんだいいのか、とこの家の住人たちの逞しさに心の中で息をつく。
 そろそろ帰ろう、となったのは、十時に届こうかという時間だった。明日、暁登は休みの予定だったが、樹生は仕事なので泊まらずにアパートへ戻ると言った。早に別れを告げ、互いの車を停めたスペースまで歩く。夜は秋風が吹いて、虫の音がうるさいぐらいになった。わずかな道を辿る途中、樹生がふと「覚えてなきゃいけないもんかね」と呟いた。
 なんのことか、はじめは分からなかった。
「さっきのドキュメンタリー。いつまでも子どもが死んだことにしがみついて、もう死んで何年も経ってるってのに泣いてたじゃん。悲しいくせに忘れたくないとか言って部屋をそのまんま残してたり、後悔の言葉を口にしたり。……子どもは死んだけど、あんたは生きてんだから、だったら忘れたくないって過去の出来事を振り返って泣き暮らすより、忘れても楽しく生きてる方がいいって、おれは思うんだけど」
「寝てたんじゃなかったの、」
「音声は聞こえてた」
 樹生はややうんざりした口調で続けた。
「なんで忘れることを嫌がるんだろうな」
 その台詞の方が、先ほどのドキュメンタリーよりもぐっと胸に迫った。
 この人が歩んできた人生は、傍から見れば壮絶に痛ましく、同情を禁じ得ない。それでも彼はいまの生活を楽しんでいるし、思い煩うこともさほどないのだと言う。樹生いわく「おれは忘れっぽいから」だとかで、けれど彼を苦しめた事実は間違いなく存在する。彼の姉の場合はそれが「復讐」という形になったようだが、樹生の場合は「淋しい」という感情となって表れた。極度の淋しがりやを、暁登はそう解釈している。
「ま」と車までやって来て、樹生は暁登の背を軽く叩いた。
「ひとり言。あんま気にしないで」
 背に置かれた手は自然に離れ、樹生は車のキーを取り出す。
「あき、またな」
「樹生さん」
 そう呼ぶと、樹生はまんまびっくりした顔をこちらに寄越した。
「今日これから、部屋に行ってもいい?」
「……」
「明日仕事で朝早いって、分かってる。なんにもしないから。ちょっと、同じところに帰ってみたくなっただけ」
「いや、」
 驚きを樹生は苦笑に変えた。
「そこはなんかしようよ」
「あー、じゃあ洗濯か掃除でも引き受けるよ」
「そうじゃないやつ」
「朝起こしてやろうか」
「あき、」
 甘える響きが胸に染みる。
「――いいよ」
「うれしい」
 男は喜びを素直に口にした。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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