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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 早の家を辞して、ふたりは家路につく。途中、寄り道をして深夜営業している大型スーパーマーケットに寄り、生活に必要なものを買い込んだ。これは分担制で、樹生はトイレットペーパーやらシャンプーやら洗剤やらの生活雑貨を、暁登は食材を購入する役目だ。時間を決めて出口で待ち合わせている。樹生が戻ると暁登はすでに買い物を終えていて、寒そうにしながら樹生を待っていた。
「悪い、冷えるよな」
 暁登を伴って駐車場に停めた車へと戻る。後部座席に荷物を押し込んでいる間に、暁登はカートを返しに行った。再び車に乗り込み、発車させる。樹生は暁登に断り、ウインドウを少し下げて煙草を吸った。
「今日、早先生のとこで何したの?」
 と樹生が訊ねると、暁登は「いつも通り」と答えた。
「ご主人の部屋片付けてた。処分していい本とそうでない本の分別とか、資料まとめるとか」
「そういうの、どういう基準で決めるんだ?」
「まだ呼ばないけど、大方整理がついたら古書店を呼んで本は引き取ってもらうんだって早先生が言ってた。だから本の状態で仕分けしてる。あと、おれが読みたい本があったらそれは持ってっていい、って言われてるから、そういう本は別の場所にまとめたり」
「そんな本、ある?」
「結構あるよ。あるから困ってる。いろんな国の本がある。英語で書かれた小説とか図鑑とかは当たり前、哲学や思想書も揃ってる」
 そんな本あったかな、と樹生はいつかの記憶を辿る。もっとも、あったとして、それを樹生が思い出せるはずもなかった。樹生はあの部屋にほとんど近寄らなかった。興味が持てなかったし、近寄るとすれば早に頼まれて夕飯の支度が出来ただの、風呂に入れるだのを呼びに行っただけで、思い出す記憶そのものがないのだ。
 ただ、「惣(そう)先生」の記憶はある。ひげ面の強面で、叱られたことはなくむしろユーモラスで穏やかな人物であったのに、見た目の迫力でなんとなく苦手に思っていた、そういう記憶だ。
「もらうの、本」と訊ねる。暁登はしばらく考えて、「スペースとあの部屋の耐重量が許すなら」と答えた。
「引っ越さないと無理かも、てぐらいあるから」
「そりゃすごいな」
「どんな人だったんだろうな、早先生のご主人」
 その呟きに、樹生は我ながらずるいと思いながら黙ることで応じた。車内に不自然な沈黙が出来るが仕方がない。
 そんなに考え込まなくてもすんなりアパートには着いた。駐車場に車を停め、荷物を抱えて階段を上がる。広いが古い建物で、三階にある部屋までは階段しかない。冬場、雪が降ると踊り場に吹き込んで凍り、歩くのが怖い時もある。暁登が言ったように、引っ越しを考えてもいいのかもしれない。
 部屋まで辿り着くと、早の家で多少は回復したと思っていた疲労がどっと押し寄せた。
 生活雑貨や生鮮食品をしかるべき場所に押し込む元気さえない。ただただ体が淋しがっている。どさっと荷物を床に置くと、樹生のために真っ先に風呂を沸かしに行った暁登の後を追いかけて樹生もバスルームに向かう。
 暁登は風呂に注ぐ湯の温度を確かめて調整していた。建物も古ければ水回りも古く、自動で湯を沸かしてくれるなんて便利な機能はないのだ。熱湯と水をうまく混ぜて適温にする。この部屋で暮らすと決めてから、暁登が最初に上手くなったことだった。
 樹生の気配に気付いた暁登が振り向き、なにかを言いかける、そのタイミングで思い切り抱きしめた。暁登はバランスを崩し、細い体が崩れかかる。その重心の移動さえも樹生は予測していた。攫うように暁登の体を抱え上げ、そのまま居間を抜け自室に連れ去る。
「おい、風呂」
 暁登は抵抗しながらなにかあれこれと口にしたが、ベッドに押し倒し肌を押しつけると、抵抗らしい抵抗もしなくなった。別に性衝動でこんなことをしているわけではない。その証拠に、樹生の手はただ暁登に触れて体温や感触を確かめているだけだ。
 それは触れられている暁登も分かっているのだろう。彼は樹生の背に手をまわすと、ポンポンと、優しいリズムで樹生の背を叩く。
「なんか、あったんだろ」と暁登は訊ねたが、樹生は「んー」とはぐらかしただけだった。
「あんたのお姉さんって、どんな人?」
 背を叩く手を止めず、暁登が訊ねる。暁登に触れて、樹生は本当に気持ちが良かった。目を閉じ、暁登の首筋にすり寄る。ここの体温が高いことを知っている。
 眠くなりながら「魔女」とだけ答えた。
「え?」
「――みたいな人。怖えよ。おれ、あの人には頭上がんないし、反抗すら無理」
「……だからそんなに消耗して帰ってくるのか、毎回」
「んー……」
 暁登の声は次第に遠くなり、近くなり、ぐらぐらと回る感覚がある。力が抜けてきた。とても眠い。
「なあ、聞いてんのか?」
 その声ももはや遠い。やがてすとんと暗転した、その時に樹生は暁登の「ばか」を聞いた、気がした。


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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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