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姉の茉莉(まつり)がくしゅっとくしゃみをした。何度か立て続いたので樹生は「風邪?」と訊ねる。茉莉は鼻にハンカチを当てながら「埃かなんかでしょ」と答えた。
「風が強い。空気も乾燥してるし、今日はお線香はやめた方がいいかもね」
「そうだな。じゃあ、掃除だけ」
と樹生は言ったが、墓掃除なんてものを真剣に心を込めて行うつもりはなかった。形骸的な儀式みたいなもので、せいぜいこの墓の前にいる時間は十五分にも満たないだろう。茉莉も同じ気持ちでいるはずだ。もしくは樹生よりも今日この儀式を煩わしく思っているかもしれなかった。
強い風に流されて、茉莉の長い髪がなびく。その一筋の艶やかな黒髪を見て、まるで魔女だな、と樹生は思う。手入れが良いというよりは茉莉の場合は元からの素質で、歳を重ねても髪にはハリがあり、白髪の一本も知らない。これで今年は四十歳になった女とは思えなかった。顔立ちも、どことなくほうれい線や目尻のしわなどが分かるが、そうでなければくすみなくただただ美しい。
老いを知らない姉に対して、同時に樹生は母のことを連想する。茉莉は母に生き写しだった。どこにも血を混ぜた形跡がなく、進化を忘れたかと思うぐらいだ。もしくは細胞からクローンでも育てたか。だから姉に会う度に樹生はその面影を追想する。
そんなことをぼんやりと考えていた樹生を知らずか、茉莉は「水を汲んできて」と指示を出した。樹生は大人しくそれに従う。霊園の入口に据えられた水道は、凍結防止の為に元栓が締められていた。それをひねって開け、水を手桶に汲む。まだ十一月であると言うのに凍結の心配をするのは、それだけこの霊園のある場所が繁華街から離れた田舎の高台にあるせいだし、今年は寒波がやって来るのが早く、ここの管理人が気を遣ったからに違いなかった。
樹生が手桶を提げて墓の前に戻ると、墓前には茉莉の手で花が並べられていた。献花用に購入した花束をまたばらして、花瓶に生けなおしているのだ。樹生は墓の背後にまわり、柄杓で水を掬って墓にかける。持参したブラシで軽く擦って苔や泥を落とす。姉は花を、弟は掃除を。この分担はあまりにも長いこと墓に通ううちにいつの間にか出来てしまった役割であった。
花を生けながら、茉莉は「今日あんたのかわいい子は?」と訊ねてきた。樹生には同居人がいて、かつわりない仲であることをこの姉にだけは告げてあった。
「先生のところ」と樹生は答える。
「まだ通ってるんだ」
「まあな」
「そうね……。あんたにとってはあの人がほとんど親だものね」
茉莉は花を生け終え、墓前に菓子を供えると、手をパンパンと叩く。樹生も墓の前にまわった。ふたりで掌を合わせて静かに頭を垂れる。樹生が顔を上げると茉莉はまだ目を閉じていたので、顔が上がるのを待つ。
「樹生、この後なんかある?」
と頭を上げた茉莉が言った。
「ないならちょっと付き合って」
「夕方までなら」
「そんなにかかんないわ。なに、用事?」
「んー、先生の家に迎えに行きがてらめし食うだけ」
「そう」
「茉莉こそいいのか? 家事とか子どもの迎えとか」
と、樹生は茉莉にいる家族のことを訊ねた。茉莉は十四年前に三歳年上の男と結婚し、翌年には長女を、その翌年に次女を出産している。子どもたちが幼い頃は月一の姉弟の会合に伴うこともあったぐらいだが、ここ数年は樹生も義兄や姪には会っていない。義兄は仕事が忙しく、姪たちは学校に通いながら塾や習い事に精を出していると聞いていた。
樹生の問いに、姉はそっけなく「そうね」と答えただけだった。供えた菓子を引き上げると、墓と墓の間を抜け、入口の水道で手を洗い桶を返し、駐車場へと歩いていく。先をずんずんと進む姉に、樹生は声をかけられない。
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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