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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 さらに数日が経ち盆が過ぎた。夏休みもいよいよ終盤だ。家のインターフォンが鳴らされ、藍は早に言われなくても玄関へと向かう。扉を開けるとそこに立っていたのは「アキト」だった。登山の帰りなのか、スポーティないでたちだった。
 家にあがるのか、早を呼ぶかと迷っていると、暁登は藍に向かって手を突きだした。なにかを握っている。
「え?」
「やる」
 ぶっきらぼうに言い、藍の手のひらにぽとりとそれを落とした。手のひらに収まるサイズで、土で汚れてはいたが白く、所々に透明で、ずしっと重たかった。
 暁登は「綺麗な三角錐じゃないけど」と言う。
「これはなんですか?」
「水晶の原石、だと思う。沢筋に落ちてたの、拾った」
「水晶って拾えるんですか?」
「場所による。おれが今日行ってきた山はY県なんだけど、そこは拾える」
 藍は目をぱちぱちと瞬かせる。こんなきれいなものをこの人は拾って来た。
「今度は落とすなよ」
 そう言って暁登は早に挨拶もせずに身を翻して行ってしまった。
 水晶はなめらかで、藍はそれの感触を確かめるように何度も指でなぞる。確かに綺麗な三角錐などではないが、面で構成されているつめたさは、いつか藍が失った三角錐を思い起こさせた。そうやって玄関に立ち尽くしていると、また扉が開いた。今度は叔父だった。玄関すぐそこにいた藍を見て驚いていたが、すぐに笑みに変えた。
「藍。それ、なに?」
「水晶、……だそうです。暁登さんがいまさっき来て、くれて」
「そっか」
 なんとなくそれを触っていると、叔父が「行こうか」と言った。
「え?」
「病院」
「どうして?」
「藍のきょうだいが生まれるって、いまさっき曜一郎さんから連絡があったんだ。茜もちょうど帰国したところで、空港からこっち向かってるって。眞仲家は全員集合せよ、だってさ」
「生まれるの?」
「そうみたいだ。急いで支度をしておいで」
 藍は頷き、早に断ってから鞄と帽子をひっつかんで叔父の車に乗り込んだ。早はにこにこと笑ってふたりを送り出してくれた。
 きょうだいは、女の子と男の子、どちらが生まれるのだろうか。ニューフェイスは美人だろうか、不細工だろうか。どっちでもいい。生まれれば五人家族になる。
 五角形って好きだな、と藍は思う。星みたいなかたちで。五つの頂点を持つ立体は双三角錐だ。そういえばここへ来る少し前にそういう菓子を食べた。琥珀糖、という菓子は半透明に色がついていて、藍が食べた琥珀糖はどういう作り方をするのか、頂点が五つあった。あれは甘いもの嫌いの母が珍しく買ってきた。「藍が好きそうだと思って」と母は言った。
 私、お母さんのことちゃんと好きなんだな、と思ったらなんだか可笑しくて、おなかの奥底がじんわりと温かくなる。お父さんも好きだ。藍に甘い。茜だって好き。喧嘩するときもあるけれど、離れていたら会いたくなっているからきっとそういうことだ。
 五人目のことも好きになれる。
 手の中の水晶をそっと転がす。なにか底から聞こえるものがあると思っていたら、それは叔父が低音で歌う鼻歌だと気付いた。


End.


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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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