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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 週の半分ぐらいは早の家に入り浸るので、樹生の部屋は「最低限確保している」という感じがする。ホテルに近いかもしれない。眠る場所、食べる場所、排せつする場所、清潔を保つ場所。訪問のたびに生活の気配が薄れていくのは、暁登が留学先から帰国して再び日本のこの地で暮らし始めて、樹生がいていい場所がまたひとつ確保されてしまったことも要因のひとつだと思う。思い上がりかもしれないけれど。
 早先生と暮らしたら、と言ったら、樹生はしばらく考えて、「暁登にだから話すけど」と真面目な顔をした。
「先生、あの家売るんだって」
「――え、」
「うん。もう、いつ死ぬかなんてわからない年齢だから、家の処分を考えないといけない、って言ってて」
 シンクへと向かった樹生は、そのままコップに水を汲んで飲んだ。暁登にも「何か飲む?」と聞いてくれたが、水ぐらいしかないのだとは分かったので、首を振って辞退する。
 それよりもいま聞かされた話に、心臓が痛いぐらいに鳴り始めた。確かに早も高齢なので、自分が死ぬときの「後始末」のことを考えてもおかしくはない。子どものいない人なので、全くもって冷静な判断だと言える。けれどあの家は樹生が暮らした家だ。樹生にとって必要な場所だった。それはいまでも変わらない。樹生のことを全く無視してその判断はできない、と思った。
 なにより暁登自身が、あの家がなくなることが嫌だった。違う、よその家になってしまうことが。
 コトン、とコップをシンクに置いた樹生は、わずかに首を傾げて暁登を見た。思いがけず優しい目をしていた。
「それで、おれがあの家を買おうと思ってて」
 その台詞には二重に驚く。いまきっと自分の目は大げさなくらいにひらかれているだろうなと思いながらも、言葉が出てこなかった。
 シンクに腰を寄せて、樹生は腕組をした。この人の、大事なことを話そうとする姿勢はいつもこれだ。相手の反応を窺いながら、考えて話してくれる。
「おれと早先生は、親子関係に当たらないからね。引き取ってもらったけど、養子縁組はしなかった。未成年後見人、ってやつ。相続っていう意味じゃあ、全くの他人に贈与ってかたちになるのかな。よく分かんないんだけど」
「うん、」
「早先生が家の始末を考えているって話をしてくれたとき、だけどあなたにこの家を譲りたい気持ちがある、って言ってくれて、……嬉しかったな。そういう『気持ち』だけでとどめておけばよかったんだけど、欲が出た。だから色々と話し合った。おれと早先生が納得するかたちで、あの家で暮らせるようにするにはってのをさ。ない知恵絞って出たのがこの案。まあでも、おれに買える家かどうかも分かんないし。もっと別の方法があるかもしれないし。だから今度専門家に相談しましょうってなって、そういう方面に詳しい人が惣先生の繋がりでいるみたいだから、その人にいま連絡とってて」
「そっか」
「うん、いまのところは、そんな感じ」
 それを聞いて暁登はなんだか気が抜けてしまった。息を吐きながら暁登はその場にへたり込む。うなだれていると、男が近づく気配があった。
「塩谷暁登さん」
 低音でフルネームを丁寧に発音され、背筋がぞくぞくした。顔を上げる。
「おれが家を買ったら、またきみと暮らせないかな」
 そこには切実な表情があった。答えを怖がる風に、でも、決意している顔。
「あの家に、おれと、早先生と、きみの、三人」
  どう答えようかと迷っていると、樹生は「同じところに帰ろうよ」ととどめを刺した。
「――だめ、」
「どうして」
「早先生にさすがにばれるから」
「おれときみのこと?」
「うん」
 少し考えて、樹生は「もうばれてるんじゃないかな」と言った。
「表向き気付かないふりしてくれてるだけで」
「じゃあそうだったとして、表現を変える。早先生の前だとさすがに、……ちょっと、色々」
「なにが?」
「分かるだろ、」
 含んだ意味を汲み取って、樹生はちいさく笑った。「おれも確かにそう思うよ」
「だろ?」
「その時はそのとき考えればいいんじゃない? どっか出かけるとかさ、早先生の留守を狙うとか」
「なんだかな」
「暁登、」
 近いところに、男の顔がある。だったらいま思いきりしよう、と発情を隠さない目と声音で殺される。眼鏡を外され、鼻の頭が触れあう。吐息が熱く唇を湿らせた。おそらく暁登のそれもそうなのだと思う。
「あっち行こう」
 なんとか立ちあがって、手を引かれてベッドへ行った。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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