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 バスの中では父親が案内人らしく今日のコースや見どころ、注意事項などを説明してみせた。直生は通孝の隣に座ったが、反対側の座席には鳥飼が座ったので、通孝と喋っていてもどこか彼女を気にしている風だった。なんとなく違和を感じながらも窓の外を見る。今日行く山は通孝自身も父親や山荘の従業員らとよく来ていたので、いま進んでいる道も知っている道だった。
 今日は主に湿原を行くコースだ。五月の湿原は山からの雪解け水が流れ込む為、普段よりも水量も多く、ちがう一面を見せる。こんな平地をうらうら歩くよりはもっと岩場や雪渓を歩きたかったな、と通孝は思うのだが、あくまでも「初心者向け」の「ハイキング」の様相だ。
 バスを降りてまずは皆で柔軟体操をした。屈伸をし、ふくらはぎを伸ばす。手首足首をまわす。それから隊列を組んで歩き始めた。生徒を中程に置き、教師を前方と後方に置いて一行は進む。
 ここの湿原は手入れが行き届いている。木道も地元民によって丁寧に整備されていた。けれど時折、驚くぐらいの段差やぐらつきがあったりもする。ここは気をつけて、と前方で父が注意するのを後ろへと伝えていく。
 通孝の後ろに着いた直生にそれを伝える時、それよりもっと背後で不意に笑い声が響いた。振り向くと鳥飼と橋本が何やら楽しそうに笑顔を見せている。背後の並び順までは気にしなかったのだが、橋本が鳥飼の後ろに着いて歩いていたようだった。鳥飼は体の小ささに見合うように足が遅く、この集団からは遅れ気味であった。その鳥飼を見守るようにして橋本が最後尾についていた。
 大方、橋本がくだらない冗談か大げさな体験談でも語ったのだろう。いつものことだ。だが直生が立ち止まってそちらをしばらく眺めていたので進行が一時止まった。通孝は「どうした?」と訊ねる。
 直生の、捩った首に現れた大動脈の盛り上がりを見て、訳も分からず心臓が一瞬跳んだ。なんの感情かは分からないが、その造形が恋しいような気がして、通孝は自身のその感情に戸惑う。直生は「いや」と言ってまた歩き出した。「順番替わって」と言うので通孝の先に通す。
 大きな歩幅でぐいぐいと直生は木道を進んでいく。一堂はやがて湿原を抜け、川沿いの野原に出た。「ここで休憩にしましょう」と通孝の父が言い、めいめい好きな場所に腰を下ろした。もちろん、通孝は直生と共に座る、はずだった。
 遅れて鳥飼と橋本が到着した。話が弾んでいるのか、ふたりは笑っている。直生はスッと立ち上がると、そこへ駆けて行った。通孝に何も言わず、その場からあっさり去ってしまったのだ。
 傍で輪を作って弁当を取り出していた山岳部員のひとりが「部長?」と声を掛けてきた。「なんか、置いてかれてしまいましたね」
「うん……」
「こっちの輪に入りますか?」
「いや、……」
 通孝は直生の行動を遠くから眺めた。鳥飼と橋本と直生とで何か話していた様子で、結局三人でその場に腰を下ろしてしまった。弁当でも食べるのだろうか。通孝はなんだか面白くない気分になり、先ほど声を掛けてくれた部員に「やっぱり入れてくれ」と頼んで輪に交ざった。
 弁当を食べ、適当に会話を楽しみ、野原で自由時間を過ごした後に、再び列を組んで木道を進んだ。来た道とは別ルートを利用してバスまで戻る。だが通孝の後ろには直生は着かなかった。最後尾の鳥飼と橋本、このグループに加わって歩いていた。
 バスの座席が決まっていた訳ではなかったが、なんとなく行きと同じ席順で座った。通孝の隣には直生。だが会話が弾まない。通孝の方が気分の悪さを引きずっていて、あえて窓の外を眺めることで直生を無視していた。
 一行は学校に戻り、解散となった。通孝の父は山好きの教員連中となにやら談笑していたので、通孝はひとりで帰るべく集団から遠ざかる。と、直生が「晩!」と大きな声で呼んだ。振り向くと直生は長い足をしなやかに動かして通孝の元へ駆け寄ってくる。
「少し話がしたいんだけどだめかな」と直生は言った。直生のその台詞に被せるようにして今度は「通孝!」と遠くから呼ばれる。父親が呼んだのだ。彼は小走りに通孝の傍へやって来る。
「今日これから山荘の方に来ないか? 明日も学校は休みだろう」と父親は言った。
「連休の手伝い要員が欲しいだけなんだろう?」
「そういう意味合いもあるな」
 通孝は傍らに控える直生のことを考えた。考えて、「友達も一緒でいいなら」と直生を指差しながら答えた。
 直生は「え?」と言い、父親は「お」と言った。
「構わないよ。うちの山荘に来てみるかい?」と父親が直生に言う。
「でも、」
「手伝わされるだけだから嫌なら断っていいよ。でも、岩永がいいなら」
 しばらく直生は逡巡していたが、やがて頬を少し赤くして、「じゃあ、行きます」と父親に言った。
「このまま直行していいかい?」と父親はふたりに訊ねる。
「構わないです」
「ではふたりとも車に乗って。行こう」
 三人で通孝の父親の車に乗り込んだ。


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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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