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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「今日、僕は知人に呼び出されてここに来ている、と思っていたんだけど」
 と晩は苦笑した。
「もしかして騙されたか、一芝居打たれたのかな」
「確かに、あなたを呼び出したのはあなたの高校時代の同級生の田内(たうち)という人でしたが、それはあなたをここに呼ぶために私の知人に名をかたってもらいました。そうですね、騙しました」
「酷いね」
「どうだか」
 茉莉はふっと溜息をついた。
「あの男の行方をずっと追っていました。正確に言えば、知人に頼んで追ってもらっていたんですが。あなたに行き着いたのは去年の暮れぐらい。それでちゃんと話を聞いておこうと思って、知人に名をかたらせてそれらしい用件で、呼び出しました」
「僕が今ここで話すのを拒否して逃げたらどうするの、」
 晩は、穏やかな笑みの端に鋭く激しい感情をちらつかせた。
「グラスの水浴びせて椅子でも蹴ってね。いくらでも逃げられる」
「弟が追うわ」
 茉莉はもはや笑みさえ作らなかった。
「あなたは逃げられないでしょうね。私は母に似ているし、弟はあの男に瓜二つだし」
「……なるほどね」
 晩は参った、というように両の掌を姉弟に向けてかざした。諦めたように息を吐く。「僕の好みを分かっているわけだ」
「そこまで何もかもわかってるわけじゃないわ」
「弱みも?」
「ええ。だから吐いてもらうの」
「まあ、……ここに来て抵抗する気もないよ。つい意地悪が出てしまう性分でさ。ドッキリを仕掛けられたものだから余計にね」
 店員がおしぼりやカトラリーの類を持ってやって来たので、いったん話を区切った。店員が去っていくタイミングでグラスの水を一口飲み、樹生は口を開いた。
「茉莉、説明してくれないかな」
「何からどの説明が欲しいの、」
「……おれはなんにも把握していないから、さっぱりなんだ。全部、最初から」
 そう言うと茉莉はため息をつき、「私だって全部の把握なんてできてないわ」と言った。
「失踪した父親の行方をずっと追っていたけど、どうしても見つからない。ようやく行きついたのがこの人だけど、この人があの人のなんなのか、何かを知っているのか、知らないのか、よく分からないのよ」
「……」ということは茉莉にも事の次第がよく分からないのだ。そんな頼りない状況でよくこんな所まで来たな、と樹生は内心で息をつく。
「ただ、……前にも話したけど、この人はあの男を匿っていたことは確実。だから話を聞くの。今頃あの男がどこで何をしているのか」
「……そう、」
 樹生は目の前の男の顔を見る。小柄な男は深い緑色の地に灰色の切り替えしが入ったフリースを着ていて、それが妙に似合っていた。
 晩も樹生に目を合わせる。「血は恐ろしいな」と彼は眉根を寄せた。
「ええと、茉莉さんと樹生くん。あなたたちは今いくつなんだろう?」と晩は尋ねた。
「私は四十歳、弟は三十歳です」
「……じゃあ、美藤さんが亡くなった時の年齢を、茉莉さん、あなたは超えたんだね」
「そうですね。母より長く生きている事になるわ」
「あの事故は、衝撃的だった。驚いて、声も出なかったな」
 晩は目を伏せる。
「美藤さんが亡くなってからもう、……二十二年? 二十三年ぐらい経つか」
「母と会ったことが?」
「あるよ。結婚式に呼ばれているから、その時に見ている。随分と綺麗な嫁さんをもらったもんだと思ったね」
 そこで晩は言葉を区切り、ふーっと息を吐いた。
「改めて自己紹介をしよう。僕は、晩、と言います。晩通孝(ばんみちたか)、がフルネーム。K高地にある山荘の社長と、山岳写真家としても活動しています。K高地に山荘を開いたのは僕の祖父だけど、母方の実家がこの辺りで、そこに事務所も移したから。山荘の冬期閉鎖のこの時期だけ、ここにいて雑務をしているよ。四月から山荘が営業再開をするから、今はその準備で、ちょっと忙しい」
 なるほど、と樹生は思った。山小屋の主人ということならば接客にも長けているのだろう。晩の喋りは淀みなく滑らかで、するすると耳に入った。
「茉莉さん、あなたのおっしゃった通り、直生――あなたがたのお父さんを匿っていたのは、僕です」
 ボールはいきなりストレートに変わった。隣の茉莉が体を硬くしたのが空気で伝わった。
「匿っていた、というのは、過去形?」と茉莉が尋ね返す。
「うん、過去形だ。結論から言ってしまおう。岩永直生は死んでいる」


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Beiさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
いよいよ秘していたことがあきらかになります。姉弟が探し続けていたこと、晩が黙っていたことが語られます。本日の更新をどうぞお楽しみに。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2018/06/08(Fri)07:37:05 編集
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プロフィール
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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