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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 中学三年生の夏休みをどう過ごすかで家族内で話し合った結果、藍は母方の叔父・岩永樹生の元へ行くことにした。
 正確には樹生叔父が幼少を過ごした「早先生」という人の家で過ごすのだ。
 茜は短期留学で海外へ出た。母は妊娠中で、この夏のさなかに臨月の妊婦などをしている。父は相変わらず仕事が忙しい様子だ。家にいて母を手伝うことも考えたが、両親は「藍の好きにしていいよ」という。ならば藍も「家から離れてみたい」と言ったものの、具体的な案を思いついているわけではなかった。ただ、いとこらの住んでいる父方の祖父母の家にはあまり行きたくない。あの家は、母に似ている藍や茜を少し嫌うふうがあった。とりわけ祖母から。
 考えた結果、母が叔父に連絡を取った。わりあい近くに住んでいるのでいざとなった時に簡単に呼び戻せるから、というのが理由のひとつだ。叔父とは特に頻繁なやり取りがあったわけではなく、むしろ疎遠な方だ。知らない人、に近い。けれど藍が意見を言おうとする頃には、あれよあれよという間にその「早先生」の家に滞在することが決まってしまっていた。
「いい家よ」と母は言った。
「ホームステイみたいなつもりで行ってらっしゃい」
「でも、日本語の家でしょ?」
「じゃあ山村留学かしら、なんでもいいわ。私からよりもずっといろんなことを教わると思うよ。藍みたいな子は特にね」
「……」
「藍、挨拶をして」母は膨らんだ腹を藍の方へ向けた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 母の腹の水に浸かっている妹だか弟だかに触れて(つまり、母の腹に触れて)、藍は叔父が迎えに来てくれるはずの駅へと向かった。
 うだる暑さが街のそこらじゅうに溜まっていた。直射日光は帽子で防げても、ビルの壁から反射する熱はどうにも防ぎようがない。重たい荷物を引きずるように歩きながらも、ひとりでよかったと思う。母がこんなところまで送るなどと言わなくてよかった。あの腹を見ていると相当に重たくてしんどそうに思える。あれだって中身は生き物なのだから、体温を持っているのだろう。重たく熱い塊を腹に抱えて歩く華奢な母を、見たくはなかった。
 送迎のある駅までは、バスに乗り、電車に乗り換えて十分程度だ。ホームに降り立つとそれでも若干爽やかな風がそよいだ。気のせいだと言える類の風だったが、藍は敏感に感じ取った。この地域の夕方は特有の風が吹くおかげで街中よりも涼しくなることを、体で知った。
 叔父とはすぐに合流できた。降り立つ人もさほど多くない駅で、背の高い叔父はとてつもなく目立った。
「――藍、久しぶり」
「――はい、」
 帽子を取り、お世話になりますと頭を下げると、叔父は「お」と小さく唸った。
「髪、切ったんだ」腰まで伸ばしていた髪はいま、肩で揃えていた。
「うち、短髪ブームからの長髪ブームなんです」
「なんだそれ」
「お母さんが髪をばっさり切った時、あれを見て茜が、私も髪を切るって騒いで、切ったんです。藍は? って聞かれて、じゃあ切ろうかなって切りました」
「それが短髪ブーム?」
「うん。みんな一気にショートカットにしたら、お父さんがなんか淋しがっちゃって」
「ああ。曜一郎さん、髪の長い女の人好きだもんね」
「それでまた伸ばし始めたんです。でも私は、いまぐらいの髪の長さが好き」
「前より似合うよ。大人っぽくなった」
 と樹生叔父は何気なく褒めたが、それを受け流せるぐらいの免疫が藍にはまだなかった。どう答えていいやら、藍はすこし恥ずかしくなって戸惑う。
 行こうか、と叔父の大きな掌が藍の背中に当てられた。促されるままに車に乗り込む。重たい荷物を運んだおかげで腕が痺れていた。肘の内側は赤く擦れてしまった。
 車は軽快に走る。車内の冷房は心地よかったが、じきに寒くなった。鞄からカーディガンを引っ張り出すと、気づいた叔父が「寒い?」と訊いて冷房を弱める。
「寒いなら言いなよ。藍、遠慮しすぎ」
「……」
「早先生には遠慮は無用だから。っても、そういうのおれが分かったのも、最近なんだけどね」
 叔父はやわらかく微笑んで言う。その横顔を見て、藍は質問を投げた。
「樹生叔父さんは、早先生のところで育ったんですよね」
「そうだね」
「どうして?」
「そりゃ、藍のおじいちゃんとおばあちゃんが早くに死んじゃったからだよ。って、お母さんは話してくれなかった?」
「聞きました。けど、分からなくて。早先生は、親戚とかじゃなくて、他人なんでしょ? どうして赤の他人の家にいたんですか?」
「うーん」叔父は苦笑いをした。「なかなか直球を投げて来るね」
「お母さんは早先生の家で育ったわけじゃない、って聞いて、どうして叔父さんだけだったのかな、ってことも分かりません」
「茉莉とおれは歳が離れてるからね。事故があっておれたちの両親は死んじゃったんだけど、藍のお母さんはぎりぎり自立できる年齢だったんだよ、そのときね。頼れる親類はいなかった。早先生の方がよっぽど付き合いが濃厚だったみたい。だから茉莉はおれだけでもお願いしますって、草刈の家に頼んだんだ」
「でも、関係のない人ですよね」
「そうだね、関係はないよ」
 そう言ったけど、叔父は気にする風でもなかった。
「血とかそういうのじゃなくても、人って繋がってんだなってことだと思ってるよ」
 やがて車は雑木林の中へと入っていった。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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