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 ひとり暮らしと聞いていたのでコンパクトな家を想像していたが、まるで外れる家だった。広い木造二階建てのつくりで、周囲の雑木林も含めて敷地内だと教えられて驚く。天窓のある居間なんてものははじめてだった。天窓と言えば、学校の階段の上部に明かり取りとしてはめ込んであるが、あれの印象しかなかった。こんなのが、一般家庭に存在するなんて。
 はじめて会った草刈早は、ふつうのおばあちゃんだった。けれどさほど歳を取っている風にも見えない。足腰は丈夫な様子だし、ぼけてもいないのだろう。眼鏡をかけていたので目は悪いのかもしれないが(否、単なる老眼だった)、耳はよく聞こえているし、受け答えも快活だった。
「よく来ましたね」と藍を出迎えてくれた。品のいいものの喋り方をする。家の様子にきょろきょろと視線を迷わせていたら、叔父が「藍、こっち」と荷物を抱えて階段を示した。
「藍の部屋は二階ね。好きに使っていいから。足りないものがあったら言うといいよ。トイレは一階にしかないんだ、そっち使って。洗面台と風呂場はこっち」
 叔父の案内をざっと聞いてから居間へ戻ると、座卓の上にお茶が用意されていた。
 三人分あって、菓子の類も置いてある。早が「こちらへどうぞ」と言うので言われるままに席に着く。
 改めて自己紹介をした。初対面の人には緊張する。あまり上手なことは言えなかった。それでも早はにこりと笑った。
「女の子の同居人ははじめてですねえ」と言う。
「藍さんはこれから約二週間の滞在となるわけですが、なにかしたいことがありますか?」
「え、と……」
「私はもうこんな老人なので、どこかへ連れ出してあげることはちょっと難しいです。海に行きたい、と言われても困ってしまうわけですが、」
「海は、別に行かなくてもいいです」
「ならよかった。この家では自由に過ごしてください。と言ってもはじめは戸惑うでしょうから、そうですね、基本的な家事全般のお手伝いはしていただけると助かります。おうちでは家事の手伝いをしますか?」
「少しですけど、やります。その、……お母さんのおなかに赤ちゃんがいるので、なおさら、」
「ああ、そうでしたね。ではお願いします」
 そして茶を飲みながら雑談をする。疲労を感じたので部屋で少し眠らせてもらった。目を開けると夕暮れが迫っており、慌てて階下へ向かうとすでに夕食の支度が整っていた。
「――ごめんなさい、お手伝い、」
「いいんですよ。よく寝ている、と思ったから起こしませんでした。それよりもそこで横になっている大きな大人を起こしていただけますか?」
 早に言われて見れば、樹生叔父が居間のカウチでのんびりと寝ていた。あまりにもくつろいだ顔をしていて、ああこの人の家はここなのだな、と妙に納得した。
 叔父を起こし、三人で食事を取った。家庭菜園で採れるという夏野菜が様々なかたちで並んでいた。藍は野菜が好きなので単純に嬉しい。とりわけ、ゴーヤと豚こま切れ肉の炒め物が美味しくて、そればかり箸を伸ばして食べた。
 早が「それが好きですか?」と訊いてきた。
「はい、美味しいです。ごはんによく合います」
「ゴーヤ好きな女子中学生なんて貴重だ」と叔父が神妙な顔つきで言う。
「樹生さんは食べませんね、ゴーヤを」
「苦いから」
 叔父の返答に早はくすくすと笑って楽しそうだ。
「ゴーヤが熟すとどうなるか、藍さんはご存知ですか?」と早は藍に笑顔を向けた。
「え……熟すんですか?」
「熟しますよ。緑色のものを私たちは食べますが、これはまだ若い実なんです」
 少し考えて、藍は「色が変わる」と答えた。早は「当たりです」と満足そうに微笑んだ。
「何色になると思いますか?」
「えーと、……じゃあ、白」
「どうしてそう考えましたか?」
「ゴーヤって、ウリ科ですよね。ウリ科で緑色って言ったらきゅうりかな、って。きゅうりが熟しているところを見たことがないけど、きゅうりも切れば白いから、中身が表皮と同じ色になるんじゃないかなって思いました」
「素敵な思考力をお持ちですね」
 早はお茶を一口飲むと、「正解は黄色です」と答えた。
「え、黄色くなるんですか?」
「ええ、黄色。実はきゅうりも熟せば黄色くなりますよ。そしてゴーヤは、実が割れます。中身の種は真っ赤で、この種は甘いんです」
「甘い?」叔父が驚いて口を挟む。
「甘いですよ。今度食べてみますか、樹生さん」
「いや、いいです」
「私は食べてみたいです」
 そう言うと、早は「ではいまなっているゴーヤのひとつは、収穫せずに残しておきましょうかね」と答えた。
「この時期ですと私はいつも朝四時頃には起きて、菜園の手入れや収穫をします。昼間は日差しがきついので、畑仕事は朝のうちと、夕方簡単に見回りをします。朝食は六時半頃です」
「じゃあ私も、四時には起きます」
「私に合わせる必要はないですよ」
「いえ、私もいつもそのぐらいに起きるんです。朝のうちに勉強をするのが日課だから。その方が頭に入ります」
「では大丈夫そうですね。せっかくですから、この家にいる間は野菜の収穫もしてみますか?」
「はい」
「それでは明日の朝に」
 初対面だったけれど、驚くほど早には馴染んだ。学校生活について早とおしゃべりをする。叔父だけがつまらなさそうに会話から外れ、夕食後はまたごろりと横になっていた。よく眠る叔父だ。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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