忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「夕飯にしましょう。暁登さんを呼んで来て下さい」
「はい」
 ふたり揃って家に入る。早が台所で支度をする間に樹生が暁登を呼び、呼ばれた暁登が支度を手伝ってくれた。おこわといなり寿司、加えて樹生の買った中華と豪勢な食事だが、栄養バランスと自身の胃袋の調子を考慮して、早は蒸し野菜と簡単なスープも用意した。せいろで蒸した野菜は少しの塩で充分美味しいのが嬉しい。亡くなった夫は生野菜をあまり好まない人だったが、火を入れるとよく食べた。
 三人揃って食事をする機会はもう幾度となくあったが、その度に早は不思議な気持ちになる。七十代のしなびた独居老人に、なんの縁なのか二十代・三十代の若い男が付き合ってくれているということ。ふたりとも嫌な顔などせず、むしろ早の手料理を旺盛に食べてくれることがたまにふっと、妙な心地になる。
 今夜もふたりはよく食べた。とりわけ痩せ型の、というよりは痩せすぎの暁登の食が進むとなんだか安心した。用意したおこわやらいなりやら惣菜やらは食べ尽くされてしまった。
 腹いっぱい、と言って、樹生は居間にあるカウチにごろりと横になった。しばらくして聞こえて来たのは寝息だ。早は微笑ましい気持ちになり、その大きな体によく使い込んで古くなったウールの毛布をかけてやる。幼い頃から変わらず、寝付きがいい。
「疲れたんですねえ」と早がこぼすと、食器を下げていた暁登が振り向いた。
「暁登さんも休んでいていいですよ。片付けは私がしますから」
「いえ、これぐらいは」
 と言って、暁登は下げた食器を洗い始める。
 早は暁登の隣に立ち、食器を拭いた。暁登はしばらく黙ったままだったが、やがて「岩永さんのお姉さんがどんな人なのかご存知なんですか」と質問を投げて来た。
「暁登さんはお会いしたことがないんですか?」
「ないです。岩永さんが『明日は姉貴に会ってくる』って言うのを毎月聞くだけで」
「そうですねえ。でも、わたしもあまり会ったことはないですし、ましてや直接話をしたことなんて、もしかするとないかもしれませんね」
「……そうですか」
「樹生さん自身にお聞きになるのがいいと思いますよ」
 と言ったが、暁登は「あの人は、黙ります」と答えた。
「いつもはぐらかされる。なんていうのか、……多分おれは、大事なことをなにひとつ聞かされてはいないんです」
「まあ、確かに言葉の少ない人ですね、樹生さんは」
「少ないっていうか……言わない。『まあまあ、またな』とか、『いいじゃん』とか言って、……まるで、おれには聞かせる必要がない、って言われているみたいに感じます」
 それだけ言って、暁登は蛇口をひねって水を止めた。タオルで手を拭い、早の拭いた食器を棚に戻す。それから寝ている樹生の元へ向かい、しばらくその寝顔を立って眺めていた。
「眠っている岩永さんが一番好きです」と暁登は言った。
「疲れていても、いなくても、すぐ眠りに落ちる。なんの夢見るんだか、安らかな顔してさ」
 すう、すう、と規則的な寝息は確かに心地の良い音でもある。早はどう返事をしたものか、暁登の次の言葉を待つ。
「おれにないものばっかり持ってる。羨ましいし、憧れるし、自分のことがむなしくなります」
 と宣言するかのようにきっぱりと言い放ち、次の瞬間に暁登は、樹生の顔を両手で勢いよく挟み込み、「起きろ!」と叫んだ。
「起きろ樹生! 帰るぞ!! この後買い物して帰るんだろ、店閉まっちまうぞ!!」
 樹生の頬をばちばちと叩く。早も驚いたが、樹生もさすがに寝ていられなくなったのだろう。起きた。
「……ん、あー」
 呆然としながら体を起こす樹生と、拗ねたような、怒ったような表情を見せる暁登。この二人の関係はよく分からない。友人なのか、元・上司と部下のままなのか、もっと違う何かなのか。分からないが、いまこの表情を私には決して見せないな、と早は思う。樹生も暁登も。
 そのことがなんだか優しいと思い、可笑しくて、小さく笑ってしまった。


→ 10

← 8





拍手[7回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
«秘密 10]  [HOME]  [秘密 8»
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501