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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 終業後、駐車場に停めた車のキーをポケットから探っていると、背後から足音がして同時に「塩谷くん」と呼ばれた。
「川名さん」
「お疲れ様」
「先に帰ったんじゃないの?」
「んー、みんなにお土産ばら撒いてたら遅くなっちゃって」
 川名の車は、暁登の車の隣に停めてあった。彼女は傍に寄りつつ、「ちょっとだけいい?」と暁登を呼び止めた。
「――なにかあった?」
「……塩谷くん、そんなに思いつめて聞く話でもないから」
 軽く肩をはたかれ、暁登は瞬間的に昔を思い出した。「やだなあそんなに心配しなくても大丈夫だよ」とかつて彼女は暁登の肩を叩いてそう言った。修学旅行で、ちょっと友達と悪ふざけして一時行方をくらました彼女を、いたく気を揉みながら先生と必死で探して見つけ出した、その時の台詞と行動だった。
 それを告げると、川名は「あった、あった、そんなこと」と情けなさそうに笑った。
「あれは京都だったよね。ちょっと夜の京都を歩いてみない? って、エミちゃんたちと夕飯後に宿抜け出して。覚えてる? エミちゃん。いま警察官やってんだよ」
「え、意外。ヤンキーみたいになってなかった?」
「中高のときはね。でもその時お世話になった福祉のボランティアさんにすっごい影響受けて、頑張って警察学校入って、出て、警察官になったんだよ」
「へえ、すごいな」
「福祉ボランティアさんに、『きみの中には正義がある』って言われて、その気になっちゃったんだって。好きな人にそんなこと言われたらもう、目指すしかないよねえ」
「好きな人だったんだ、その、ボランティア」
「うん。恋はかなわなかったけどね」
「詳しいね」
「仲いいんだよ。結婚式の時も来てもらったし」
 川名はそう言ってスマートフォンを操作し、フォルダに収めたピクチャを見せてくれた。川名の結婚披露宴の写真は社内でも数回見たが(出席した女性社員に見せられたのだ)、新郎と新婦の背後にかつての級友らがいる写真ははじめて見た。なんだかんだ面影が残る写真は、単純に懐かしかった。
「元気そう」
「元気だよ、みんな」
 そう言うも、川名がスマートフォンの電源を落としたので、画面はすぐに暗転した。
「こないだも集まったんだ。お酒飲みながらねー、誰ちゃんは誰くんが好きだったとか、嫌いだったとか、そんな話したの。あのね、さっきの詩を見て思い出したよ」
「ん?」話がころころと変わるのでついていくのに必死だ。
「エミちゃんには、川名の初恋は絶対に三組のショウマくんでしょ、って言われて、私もそうそう、なんて言ってさ。確かにショウマくんのこと好きだったけど、でももっとたんぱくでシンプルに好きだった人がいる、って。それを思い出した。きみだよ」
 きみ、なんて滅多につかわない言葉で指されて、暁登は思わず目をひらく。きみ、と暁登を呼ぶ誰かがいるとしたら、あの人だけだと思っていた。
「え?」
「私、ちゃんと塩谷くんのこと好きだった時期が、あったよ」
 正面きって言われて、どうしていいのか分からずうろたえた。だが川名の方は大したことではないようで、「昔の話だよー」といたずらっぽい笑みで手をひらひら振った。
「あ、いや、」
「塩谷くん、ひとりだけなんていうのか、雰囲気あったもん。静かに滾ってる感じ。それが好きだなって思ったの」
「そうなんだ」
「そうだったんだよ」
「いや、なんか、……ありがとうございます、っていうか、ご愁傷様です、っていうか」
「ご愁傷様なんて言ったら、彼女が泣くんじゃない?」
「彼女? 誰?」
「いるんでしょ? すきな人」
 と言ってから、川名は「大事な人か」と言い直した。
「……うん、いる」
「だよね。よかった」
「どうして」
「告白しないまま終わった恋だったけど、あのころの私が報われた気がするから」
 川名の感情がいまひとつ汲めないまま、しかし彼女は「初恋ってそういうもんだよね」と続けた。
「あの詩集、早く出版にならないかな。エミちゃんとか、いろんな人に薦めたい。そういう、はやる気持ちにさせるよね。読んで、想像して、わーっていろんな感情に浸されたい」
「川名さん、それでおれにこんなこと話してくれてんの?」
「ならない? なんか大事な人にすぐ会いたくなっちゃうような気持ち。昔を懐かしんで惜しむような気持ち。不思議なあったかみ、みたいなの」
 私は旦那さんの顔が見たいよ、と川名に優しく押され、暁登は目を細めた。
「――そうかもしれない」
「ねー」
 今夜約束をしていても。
 あの人に会いたい。



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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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