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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 病院を出た後は、暁登が「先生の家に行きたい」と言うので、早に一報を入れてからそちらへ車を向かわせた。
 早の家は明るく暖かで、だが割れた天窓のガラスはまだ直ってはいなかった。業者は応急処置だけ施して明日出直してくるという。
 室内は綺麗に掃除されていた。ひょこひょこと足を引きずりながら廊下を進む暁登を見て、早は表情を曇らせた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃなかったら多分帰れてないです。明日また行きますけど、大丈夫なんだと思います」
「傷みは?」
「鎮痛剤が効いているみたいでそんなに。掌の方が大事だったみたいで」
 包帯の巻かれた手を見せると、早はますます顔をしかめる。
「夕飯、召し上がりました?」
 と早は暁登の手に優しく触れながら樹生に訊ねた。
「――あ、そういや、まだだ」
「簡単なものですけど、ありますので良ければ召し上がっていきませんか」
「いや、」
 と、咄嗟に言ってしまったのは、あまり食欲を感じていなかったからだ。腹は減っているのだが、胸の辺りが重たい。食事よりも煙草の気分で、煙草よりは風呂で、眠りたかった。
 それでもと暁登を見ると、目が合った。眼鏡の奥の瞳が黒く静かで、鋭い。あまりの強さに、樹生は反射的に目を逸らしてしまった。
 暁登は「せっかくですが」と早に告げた。
「家の窓の様子を確かめたくて寄っただけなので。岩永さんも仕事上がりで疲れているみたいですし。帰ります」
「そうですか」
「すみません」
「謝ることではありません。こちらこそ気を遣わせてしまいましたね。明日、病院に行ったら結果はどうだったか、経過がどうなるのか、教えて頂けますか?」
「はい、それは」
「その怪我ではアルバイトもしばらくお休みせざるを得ないですよね……本当に、申し訳なく」
「おれがうっかりしていただけです。心配をかけて、こちらこそ申し訳ない」
 謝り合戦のふたりを、樹生はどこか遠い場所に心を置いたまま眺めていた。
 暁登が使っていたバイクはしばらく早の元に置かせてもらう話でまとまり、樹生の運転で家を発つ。車内で樹生は煙草を吸ったが、気が乗らずにすぐに消した。暁登は何も喋らない。
「家には連絡したの、」とかろうじて樹生から語りかける。
「何を?」
「怪我のこと」
「してない。でも、バイトを休むことになるから、しなくても伝わるだろうな」
「明日の病院の予約、何時?」
「とりあえず十時半、でも混んでるから朝一番で来られれば来て下さい、って」
「なら、仕事行くタイミングになるけど送ってくよ。帰りは分かんないけど、診察終わったら連絡くれれば」
「いい」
「え?」
「送り迎えはいらない。ひとりで行く」
 その台詞に硬さを感じた。樹生も今夜ばかりは広い心を持ち合わせていない。「ああ、そう」とだけ答えて、後のことは何も聞かなかった。
 アパートの駐車場に車を停めて降りる。暁登はあくまでもひとりで歩くつもりでさっさと歩を進める。しかし部屋までの道はところどころ凍っているし、階段もあれば段差もある。見ていられなくて腕を取った。
 そのまま腰を屈めて背中を暁登に差し向けた。
「ほら」
 暁登は「いい」と歩き出そうとする。
「いい、とかなんとか言ってる場合じゃないだろ。介助が必要なんだから、素直に頼ってよ」
 ほら、と腕を引っ張ると、暁登は観念したように大人しく樹生の背に体を乗せた。
「もっとちゃんと体重預けて」
「……」
「……そう。動くよ」
 暁登の腕を顔の前にまわし、足をしっかりと抱え込んで暁登を背負う。階段はさすがにきつかったが、それにしても恋人の体は軽かった。
 不意に暁登の頭が肩先から離れた。ずっと隠すようにして伏せていた顔を上げて、暁登は樹生の後頭部に口先を押しつける。と、つむじより少し下の辺を噛まれて驚く。噛みつく、というよりは歯を当てる、という表現の方が正しい力加減であったが、頭を噛まれるなんてことは過去一度もなく、その意図が全く読めない。
「あき?」
 と言うと、暁登はあっさりとその行為を止めた。樹生の肩にまたすがるように顔を埋める。
 階段を上りきると同時に、樹生はわずかに窪んだコンクリートに出来た水溜まりに張った氷を踏んだ。滑りはしなかった。砕かれた薄氷の音がやけに耳に障った。


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プロフィール
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粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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