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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 あの後、数日と待たずに暁登に連絡を取った。樹生には仕事があったが暁登は時間を持て余し気味に生活していたので、メッセージのやり取りをたくさんした。時間はお構いなしに、とにかく暁登をつなぎ留めたかった。おはよう、でも、おやすみ、でも、いまなにしてる? でも、なんでもよかった。暁登からメッセージが届けばそのたびに安堵したし、届かないとあらぬことを考えた。とりわけ、また売春なんてばかな行動を起こしてほしくないと思っていたから、それに対しては最大級の警戒をしながらメッセージを送り続けた。
 同時に、暁登の細い腰回りの写真を脳内で何度も再生し、そのたびに、隙間に手を差し込む想像をした。それをしたとき暁登は一体、どんな反応をするのか、吐息を漏らすのか。熱は、質量は、肌の心地は。
 また食事に誘い、それが叶ったのがちょうどクリスマスの日だった。多忙に多忙を重ねた中にふっと出来た隙間をうまく利用して、今度こそ夜の繁華街の飲み屋に入った。だがクリスマスや年末に浮かれる周囲の様子とは裏腹に全く酔えない夜だった。樹生の方から「あれ、見たんだ」と言ったのだ。
 はじめ「あれ」にピンとこなかった様子の暁登であったが、「ヤシオ、二十歳、初めてなのでリードしてくれる人」と告げると、表情は一気にこわばった。
「……嫌だって、言った……」
「言ったろ、人はわかんないよって」
「……岩永さん、なんで、」
「あれを見たら塩谷くんはおれのことを軽蔑するのかな、と思ったのが、ひとつ」
 暁登からの信頼が迷惑だとか、そういうことではなかった。ただ試してみたかった。憧れの人もただの人間だと知った時に、それでも受け入れて接してくれるのか、離れるのか。
「興味本位も、ひとつ」
「……」
「あとは――」
 語っている間、暁登は震えていた。見ていて分かるぐらいだったのだから、相当な緊張だった。それでも顔を上げ、樹生の顔を見る。また、あの、こちらが怖気づくぐらいの鋭く光った目を向けられて、樹生の背筋に危ういものが走る。
「――うん、その目が見たかった」
「酷いです」
「最低だろ」
「最低、」
 樹生はぬるくなり始めていたビールを煽ってから、「最低ついでに言うけど」と続けた。
「きみがあの掲示板に載せていた写真を見たい」
 暁登は目を見開いた。
「どんなに探してももう出てこないから。データが残ってんなら、もう一回見たいな、と思って」
「見て、どうしようってんですか、」
「だからさ、最低なんだ、おれも。塩谷くんを買いたいと思ったやつらと一緒だ」
 と言ったが、少し考えて、「違うか」と打ち消す。
「確認したい」
「……なにを、」
「おれがこの間からきみに対して感じている、これ、」
 と、樹生は自分の心臓の辺りを、自身の手で押さえた。
「が、一体なんなのか」
「……」
 暁登は黙った。ずっと黙っていた。心配になるぐらいに黙ったままなんの動作もしなかったので、樹生は息をついた。
「悪かった、困らせた。ごめんね」
 樹生は立ちあがった。
「先輩の立場ってのを利用して最低なことをした。もう連絡はしない。ここ、会計は済ませとくから、めしは食ってって。元気で」
 ジャケットと伝票を掴み、樹生はレジへと歩き出した。たいしてアルコールを入れたわけではないのに、体が重い。こんな年齢にもなって恋か性欲かも分けられないのは、相手が男であるという戸惑いもある。樹生は決してゲイではなかった。それでも暁登に抱くこの感情はなんなのか。最低なことがたくさん起きている人生ではあるが、こんなクリスマスもなかなかだな、と自嘲した。
 レジを済ませ、表へ出た。澄んだ空気が途端に突き刺さってくる。ジャケットを羽織って歩き出そうとすると、背後から「岩永さん」と呼ばれた。少し上ずって掠れた声の主は、暁登だった。
 追いかけてもらえるとは全く思わなかったので、これには驚く。
「……めし食った?」情けないことに、こんな台詞しか出てこなかった。
「食ってません。食えないです。あの、そうじゃなくて」
 暁登は握りしめていたスマートフォンを樹生の顔の前に突き出した。それは樹生が見たいと思っていた、あの写真だった。
「これは、ここです」
 と暁登は、雑に羽織ったコートの上から自分の脇腹を押さえた。
「岩永さんが見たいなら、見せます。その、……写真じゃなくて、」
「――」
「それで、確認が出来て」
「……うん、」
「それの正体がただの性的な欲求とか、なんか、……そういうのだったら、金をください」
 暁登は強い目をしながらも、声は震えていた。
「もし違ったら、……」
「……」
「違っていたら、どう、したら、……いいんでしょうね」
 と暁登は眉根を寄せた。
「分かった」と樹生は言った。
「見たいから、見せて。それで塩谷くんの言う通りだったら、金を払う」
 違っていたら、ふたりで考えよう。そう言おうとしたが、舌が乾いてうまく言えなかった。



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プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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