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一.こんな雨の日


 雨の日はそんなに嫌いじゃない。確かに億劫ではある。けれど嫌だとか煩わしいとかましてや暁登(あきと)のように眠くなるとか、そういう不調はない。岩永樹生(いわながたつき)の仕事はほぼ外回りなので、雨のことをこんな風に思える自分はラッキーなのだと思う。
 立冬を迎えたその日も、一日中雨が降りしきった。冷たい雨で、雨足もわりと強かったから樹生も含めて同僚らはみな震えて帰局した。濡れた雨具や靴や鞄を乾かすためにストーブが焚かれた。長くつかっていなかったブルーヒーターからは埃が焦げるようなにおいが漂ったが、冬のはじまりみたいで、悪くないと思った。
 唸るストーブを背に、区分棚付きの机で帰局後の処理をする。今日は書留をいくつ配ったか、いくつ持ち帰ったか。実際に手元に残った通数と個人に渡される携帯端末機に入力された件数とを比べて合わせて、数字を出す。サインをもらった配達証の数をかぞえる。作業をしていると「さみー」と言いながら同僚も帰局した。書留専用の鞄から雫が垂れている。
「おつかれさん。リーダーはまだ?」
「うん、戻ってない。バイクなかっただろ。なに、用事?」
「バイクの不調。おれの乗っていたヨンマルハチキュウ、また調子悪いの。整備頼みたいんだけど、あの人おれらが勝手にやると怒るじゃん。全部自分でやりたがる」
 と、同僚は不満をあらわにした。樹生は「だよな」と頷いてみせる。
 春先に上司が替わったのは、いままでこの集配局でリーダーを務めていた老年の社員が定年退職となったからだった。新しくやって来たリーダーは四十代半ばとまだ若く、若いがゆえに行動力が自慢で、自ら率先してものごとを進めたがる傾向があった。そのくせ、途中でやめて後を部下に放り投げるのだ。手を出すなら最後までやる、任せるなら任せるで見守りに徹する、そういうことが出来ない。いままでのリーダーとは真逆のタイプで、そういう意味で新しいリーダーは大いに不評を買っていた。
「いいんじゃない?」と樹生は同僚に言う。「頼んじゃえよ、修理」
「いいかなあ」
「おれが言っとくよ。バイクの不調なんてうちらの仕事じゃ生命線だろ? 早い方がいいんだから、さすがに文句も出ないだろ」
「まあそうなんだけどさ」
「修理、いつものところだろ。ムラタ自動車整備工場」
「そうそう、村田のおっちゃん」
「頼んじゃえ。おれがうまく言っとく」
「サンキュー、悪いな」
 そう言って同僚は早速電話を手にした。コール数回で電話はつながったようだ。同僚の声を遠くで聞きながら、樹生はまた作業に集中する。
 樹生の仕事は、郵便配達員だ。ほぼ毎日バイクに跨り、雨の日も風の日も雪の日も真夏の炎天下の日も、郵便物を配達する。この仕事に就いてもう十二年、はじめは非正規雇用の身であったが、数年前に正社員登用試験を受けて合格し、待遇が変わった。そうこうしているうちに肩書きもちょっとずつ上がり、いまでは小さな集配局とはいえ、サブリーダーの任をまかされている。
 サブリーダーとは言っても、たいして偉いわけではない。給料だってほかの同僚らと変わらないし、むしろ非正規雇用社員の方がもらっている。とりわけこの集配局は、前のリーダーの方針でまんべんなく仕事ができる。正社員だからこの仕事ができるとか、非正規雇用社員だからあの仕事ができないとか、そういう壁があまりない。正社員も非正規雇用社員もひっくるめて「同僚」という感じで、部下だとか後輩だとか、個々の差を感じない職場だった。
 以前いた集配局では、こういう雰囲気は考えられなかった。正社員は正社員、非常勤雇用は非常勤で明らかな差があった。いまの職場は一部を除けばわりと仲が良い。あまりストレスを感じず働けることは、よいことだと思う。
 先ほど修理依頼をした同僚が通話を終えて戻ってきた。すぐに修理工が来てくれる旨を樹生に伝え、そのまま椅子を引っ張り出して体を丸め、ストーブに手をかざした。
「今日は定時であがんの?」と同僚が尋ねる。
「ん、特に残ってやる仕事もないしね。なんで?」
「いや、雨だからさ。雨の日って岩永はほぼ必ず定時であがるじゃん。なんかあんの?」
 この同僚は状況や人をよく観察している。雨の日、確かに樹生は早く家に帰りたいと思う。色々と理由はあるが、ひっくるめて自分が淋しがりだからだと結論づけている。
 暁登と再会したのもこんな雨の日だった。
「別に理由はないよ」と同僚に答える。同僚はなにか言いたげに口を開きかけたが、結局にやりと意地の悪い笑みを浮かべただけでなにも言わなかった。なにか下世話なことでも考えているのかもしれない。
 そのうち配達員が次々と帰局した。その中にはリーダーも混じっていたので、彼を捕まえてことの事情を説明する。雨で難儀したせいなのか、リーダーもさすがに疲労しているようで、樹生の言うことに同意した。今日は雨天だったが、みなの帰局はそう遅くはなかったし、トラブルも特にはないようだ。仕事が終わったのだから帰る。樹生は着替えるべくロッカールームに向かう。


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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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