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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 直生との生活がはじまった。それは通孝にとっては青春のやり直しみたいで、とんでもなく楽しく嬉しい日々のはじまりだった。
 父親から山荘の経営を引き継いでいた通孝は、従業員らに直生のことを説明した。療養が必要な、大切な友人であると。父の代から勤めてくれている従業員もいて、彼らは「懐かしいな」と直生を出迎えてくれた。中には有起哉もいた。はじめでこそ直生の変わりっぷりに驚いていたが、本当にはじめのうちだけで、やがて慣れ親しんだ態度で直生を呼び捨てにし、かわいがった。あまりにも有起哉が「直生、直生」と呼ぶので、自然と通孝もそう呼ぶようになっていた。
 直生はあてがわれた部屋に閉じこもる日々を送っていたが、やがて食事のときだけ出てくるようになった。あまり食は進まないようだったが、有起哉が「懐かしいだろ」と出してくれたシチューは、ゆっくりとだが食べ切った。食事の場に出てこられるようになると、部屋を出て散歩する姿を見せることも多くなった。山荘の周辺を、気ままに歩いていたようだった。「よければ案内してくれないかな」と通孝を頼ってきたときは心から嬉しかった。せっかくだからとカメラを出して、通孝も共に歩いた。
 通孝にとってはよく慣れ親しんだ道でも、久しぶりに訪れたK高地の山道は直生にとって珍しく映るようだった。「懐かしいけれど」と直生は言った。「でも色々変わったんだな。こんな木道、なかった」と湿原に設置された木道を歩いて周囲に視線をめぐらす。
「そうだな。この辺は国が整備事業計画を進めてくれたから、綺麗に整ったんだ。それで一気に客も増えたな」
「そうか。……でも前の方が好きだった。ちょっと危ないところもあるのが、冒険みたいで」
「いまのきみにはこのぐらい安全な道の方がいい」
「……あの山、」と直生は前方に見える山の頂を指し示した。
「ああ、Y岳?」
「あれにきみは登ったことがあるの?」
「あるよ、もちろん。あの峰も、あそこも、あっちの尾根も、そうだな、ここから見える稜線はすべて歩いている。仕事が仕事だからね」
 直生は少し黙り、山の山頂を見つめ、「おれも登れるようになるかな」と呟く。
「いますぐは無理だろうな。けど、きちんと体力が戻れば、きみにはたやすいんじゃないかな」
 直生の身体能力の異常さは、中学校のころに間近で見ていたからよく分かる。ぽーんと窓枠を蹴って飛び出していった、あの放課後。
 その日は小一時間ほど歩いた。次第に直生は部屋から出て散策する回数が増え、伴えれば通孝も付き添って案内した。体力は少しずつ戻っていき、宿の簡単な作業――掃除や、ルームメイキングなど、は自然とやるようになった。山荘の従業員らとも距離を縮め、やがて「直生さん」と慕われるようになった。
 こんなに穏やかな男が、まさか家庭内暴力を起こしていたなんて信じられないだろうな、と通孝は従業員らとくつろいでテレビを見ている直生を見て思った。緩やかではあったがそれぐらいに、直生は回復していった。
 だが直生が家族に暴力をふるっていた話を聞いた有起哉だけは、「分かる気がする」と言った。
「まあ、脆いんだろうな」
「……僕もそう思う」
「よく嫁さんもらって子どもも作ったもんだな。……いや、そういうのは勢いだけだったりするか」
「それ、自分のこと?」
 含める台詞で有起哉に問うと、有起哉は背後を振り返って部屋の鍵がかかっていることを確かめてから、「そうだな」と通孝に顔を近づけた。
 そのころ、有起哉と通孝は不倫の関係にあった。
 はじめから不倫だったわけではない。ふたりが肉体関係に至ったのは通孝が高校を卒業して本格的に家業を継ぐべく山荘の仕事に入ったころだった。有起哉は二十代のはじめの年齢で、独身だった。
 直生を好きになった時点で、通孝は自分の性癖を知った。男に抱かれたい男なのだと自覚したときの足元の覚束なさは、例えようがないぐらいの不安と失望だった。それを助けたのが有起哉だったと言える。有起哉はバイセクシャルで、直生のことを好きな通孝をとうに見抜いていた。「一生初恋こじらせたまま童貞でいいってんならそれはそれで構わないけど、性衝動だけで言うなら、おれはおまえを抱けるよ?」と有起哉に誘われて、至った。それは自己肯定につながり、同時に、肉体の快楽を教え込まれた。有起哉はどこで覚えてきたんだか、上手かった。
 心は直生にあったので、いっそう有起哉とは長く続いているのだと思う。有起哉が欲しい、心まで支配したいという気持ちがあればとうに関係は壊れていただろうが、あくまでも求めるのは体で、体温で、肉の重さで、性衝動の解消だった。有起哉は三十代のはじめに妻を娶り、子をなして父となったが、山荘での料理人の職を手放さなかったので、シーズンオフのみ妻子の元に帰りあとは山荘で暮らすという生活をしている。
 頬と頬を合わせ、耳元で有起哉は「もしかして誘ってる?」と囁いた。
「直生がここに来てから全然してない」
「これでも遠慮してたんだぜ。初恋相手が傍にいる生活をおまえはずいぶんと楽しんでるみたいだったからさ」
 そう言いながら、有起哉の手が背後にまわってくる。するすると簡単にズボンのウエストから手を入れ、シャツをたくし上げると胸の先を引っ掻いた。
「――んっ……」
 深夜で自室とはいえ、従業員寮の壁は防音に優れているわけではない。漏れてしまう声を有起哉は口で封じた。胸の先を指で弄られ、口腔を舌でかき回されば、性感にぞくぞくと背がしなった。這いまわる手で体が熱くなっていく。有起哉の股間も熱く硬くなっていた。
「これ、欲しい……」とキスから逃れて熱っぽく訴えると、有起哉は「声出すなよ」と言って通孝を畳の床に押し倒す。ズボンをひと息におろし、むき出しになった性器を口に含まれて、通孝は慌ててシャツの袖を噛んだ。
 後ろには指を入れられた。前と後ろを同時に弄られ、通孝はあっけなく有起哉の口内で果てる。それを有起哉は背後に足して、泡立てるように指の動きを速める。性急に有起哉のもので後ろをひらかれて、そのタイミングでも通孝は精液を漏らした。
「すげー感じてんじゃん」
 有起哉は声を顰めて言った。興奮で音程が上擦っている。
「久しぶりだからか? それとも、大事な初恋相手が同じ屋根の下で寝てるって、興奮してる?」
「んっ……どっちも……っ」
「つくづくいやらしいね、おまえ」
 素直さがかわいいよ、と本気にしようもない台詞を甘く吐いて、有起哉は腰をつかう。揺さぶられながら必死で声を殺す。やがて有起哉は通孝の中に当たり前のように出した。久しぶりなのは有起哉もそうで、濃く、量も多かった。
 事後の始末をして有起哉は自室に戻ろうとしたが、通孝はそれを引き留めた。
「――なに?」
「僕が直生に抱かれる未来って、来ると思う?」
 尋ねると有起哉は腕組をして、うーんと唸った。
「ないだろうな。直生にその気はないし、おまえだって誘うつもりもないだろ?」
「そうだね」
 直生に欲望を告げて関係がわるくなるのだけは嫌だった。山荘の従業員寮、というある意味閉ざされた空間であればなおさらだった。
「でも」と通孝は続ける。
「直生を奥さんや子どもの待つ家に帰す気は、さらさらないんだ」
「怖いね」
 有起哉は肩を竦める。「おやすみ」と言って部屋を出て行った。


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Yさま(拍手コメント)
読んでくださってありがとうございます。
海の傍で暮らした経験もありますが、山の傍で暮らしてきた時間の方が圧倒的に長く、とりわけ「秘密」は私に比較的近い場所を舞台設定にしているために、様々な山を出している、つもりです。過去行った事のある高原も、登ったことのない山も、あれこれ想像を巡らせてモデルに登場させています。
K高地はだいぶ観光地化されたようですね。人は多いですがその分行きやすくもなったかと思いますので、この夏お暇があったらぜひ行かれてみてください。美しい光景が見られると思います。
(余談ですが、私はK高地にある某・超高級ホテルに宿泊することが夢です。)

晩の物語自体は、あと2・3話ほどで終わる予定です。その後も番外編は続きます。しばらくお付き合いを。
拍手・コメント、ありがとうございました。
粟津原栗子 2018/07/24(Tue)06:49:06 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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