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最善の人生を、と思って生きているのに、僕は間違ってばっかりだ。性別も、嗜好も、生活も。少年のころに夢見ていたなにごとも果たせず、後悔の連続で生きている。
僕ほど僕のことを嫌いな人間はいない。
――緑哉(ろくや)、いまの、嫌じゃなかっただろ。
ある日突然思いだす記憶、というものはある。フラッシュバック、というものだろうか。そのふたつ折りのはがきの往信部を見たとき、あの日あのままのあの声が、僕の耳元を掠めた。ひと際長い手足、確かな筋力を備えた身体と、ちょっと掠れた低い声で、僕にそう言ったあの少年。
高校三年生の最後の春だった。あのとき、そっと頷いた僕に、彼は笑って「そうだろ」と言ってみせた。
――今日、一緒に帰ろうよ。
そう言われたのに、怖くて、むずがゆくて、恥ずかしくて、やっぱり怖くて、僕はひっそりとひとりで帰った。あのとき一緒に帰っていれば最善手は手に出来たのかと、いまでも不意に考えてしまう。
本来ならばこんなのは丸をしない。でも思い出してしまった。これは最善の一手になるのだろうか。そう疑問に思いながら、返信部分を切り取り、出席に丸をして近所のポストに投函した。
『青葉西高等学校四十期生A組 同窓会のお知らせ
『青葉西高等学校四十期生A組 同窓会のお知らせ
暑さ厳しい折、皆さまにおかれましてはさぞやご健康にお過ごしのことと存じます。
さてこのたび我々青葉西高等学校四十期生A組の卒業十五年を記念しまして、同窓会を開催いたします。改めて交流を深め、友好を築きましょう。なお、この同窓会は我々の担任だった上田先生のご退職記念も兼ねております。皆さまの参加をお待ちしております。
参加・不参加のご意向を、八月十五日までにご返信くださいますようお願いいたします。
期日 九月十五日 十七時~
場所 ブルーリーフホテル 小宴会場「梅の間」(ご宿泊も可能です。幹事までお問い合わせを!)
お問い合わせ
幹事:A組元学級長・石丸/副学級長・戸田(旧姓・野口)
Mail:×××-ishimaru@×××.co.jp
Phone:080-××××-××××』
「荻原さーん、この領収書もお願いしまーす」
「荻原さーん、この領収書もお願いしまーす」
そう言って顔を出したのは、この春出来た二号店のフロア勤務になった後輩だった。
僕が勤めているのは、菓子店だ。元は裏通りの一角のビルに入るちいさな菓子店だったのが、フランス帰りの息子の手腕でチョコレートが美味しいと評判になり、そちらへ主軸を移したのが十年前。規模が大きくなり、店舗を大通りの大きなフロアに移してチョコレート専門店として再オープンし、とどまることを知らない勢いで、二号店が国道沿いにもオープンした。
チョコレート専門店、とは言っても、僕はチョコレートのことをほとんどなにも知らない。僕は一号店の移転の際に、経理スタッフとして雇われた。店の事務所で毎日電卓とエクセルを叩いている。二号店には経理スタッフを置いていない。だからこうして、二号店の従業員が日に一度、領収書と売り上げ伝票の束を持ってやって来る。
オーナーには二号店にも経理を置くように頼んでいるが、「オギハラの処理能力がいいもんで」となかなか取り合ってもらえない。
大学を卒業する予定だった。本当は。けれど実家の商売が立ちゆかなくなり、一家は離散、大学に通っていられなくなった。教員になりたかった僕の夢はついえ、大学を辞めてアルバイトに次ぐアルバイトの日々を送った。その中で職業訓練校に通い、経理関連の資格をいくつか取った。その訓練校の斡旋でいまの職に就いている。はじめは菓子店の経理なんて大したもんじゃないと思っていたが、正社員で雇ってもらえて、社会保障もきちんとしていた。ボーナスも出る。だからチョコレートに詳しくなくても、これはこれで一手だったのだと思っている。思い描いていた最善ではなかったけれど、ひとまず、いまは、これで。
真夏はチョコレートの販売業績が落ちる。それを補うためにチョコレートのソフトクリーム販売を去年からはじめた。ちょっと高級感を出して、いいお値段で。リッチな見た目と味で、これがけっこう売れる。ソフトクリーム目当ての客がつまむようにチョコレートも買っていくので、店はますます繁盛している。
領収書を持って来た後輩はそのまま戻る気はないようで、調理場へ行ったかと思うと手にチョコレートをいくつか乗った皿を持って戻って来た。
「秋に向けての新作の試作、だそうですよ。マロンとくるみ」
「……僕は結構ですので」
「え、美味しいのに」
「田仲ぁ」
事務室へやって来たのはオーナーだった。
「オギハラはチョコレート食わねんだよ」
「嘘でしょ? こんなとこ勤めてて?」
「経理には関係ないからいいんだと。カカオアレルギーだって」
「ええー、よくこんなとこ就職先に選びましたね」
後輩はへらりと笑った。
「おれチョコレート超好きでこの店のバイト募集の貼り紙で大興奮したのにさあ」
「しょうがねえだろ、体質なんだから。それにこの店にオギハラの能力はなくてはならない存在なんですー。オギハラ、早いとこ次のシフトの希望休出せよ。って店長からことづて」
後輩とオーナーは新作をつまみながら事務室を去った。僕はふう、と息をつく。希望休なんていつも取らない。別にいままで通り勝手気ままにシフトを組んでもらえば問題ない。調理スタッフでもなければ、フロアスタッフでもないし。
――緑哉。
「――あ、」
そういえば同窓会っていつだっけ。なんかもう面倒くさくなってきている。あのときどうして僕ははがきに丸をしたんだっけ。会えると期待でもしたのだろうか。あの子、あの人に、会えるなんて限らないし、会えたとして、本当に遠くへ行ってしまった存在なのだし。
鞄を探って同窓会のお知らせはがきを取り出す。日付を確認した。最善の一手を。でも僕は間違えてばかりいる。
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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
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甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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