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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 暁登を駅に降ろしてすぐ、車を路肩に停車させたまま樹生は自分のスマートフォンを取り出した。検索サイトを開き、先ほど暁登のメールを見た際に得た情報を入れてゆく。メールアドレスとユーザーネームぐらいしか得てはいないが、それでも探っていくと当たった。表示された検索結果のひとつを樹生は開く。淫猥な広告のバナーがたくさん貼られたサイトだった。
『ヤシオ 二十歳 身長百七十五㎝ 体重五十二㎏ 痩せ型 初めてなのでリードしてくれる人』
 そんなそっけない、要点だけの文面とともにメールアドレスが貼りつけられていた。こんなに無防備ではどんな危険に晒されてもおかしくなかった。昨夜のことを思うとうっすらと背筋が寒くなる。自分が仲間と飲んで楽しんでいた頃、もし暁登の前に相手が現れてあの頼りない体を攫っていったとしたら。雑居ビルの下から消えていたとしたら。暁登があんな風に頼りなげにうなだれていたからつい声をかけたが、痕跡すらなくいなくなっていたら、おそらく自分は暁登のことなど忘れていただろうし、連絡を取ろうともしなかったと、思う。
 貼られた写真は、暁登の腹だった。
 自分で衣類を捲り上げた、そのごつごつとした細長い指も少し写っていた。上からのアングルで、脇腹を中心に撮ってあったが、その肌の滑らかさもさることながら、履いているジーンズの腰回りに息をのんだ。ウエストが緩すぎて、奥まで見えそうで、だが濃く影が落ちているのでよく見えない。
 そそられてしまう自分を最低だと思った。こうやって男を釣ったのだと思うと急激な焦りが湧く。この心臓の高鳴りをどうしてよいのか分からなかった。暁登の体を意識してしまった、初めのはじめだった。
 コンコン、と車のウインドウを叩かれ、樹生は我に返る。訝しそうな顔をした老年の男が立っていて、「M市役所駅前整備係」と書かれた腕章をつけていた。樹生は慌ててスマートフォンを仕舞い、ウインドウを下げる。
「ここねえ、駐車禁止なんですよー」と男はやたらと大きな声で言った。
「すみません。すぐ動かします」
 頭を下げ、樹生は車をゆっくりと発車させた。もしかしたらスマートフォンに表示されたいかがわしい内容でも見られたかもしれない。街中ですべきことではなかったのだが、一刻も早くと焦っていた。
 帰宅してすぐにスマートフォンを開いた。暁登のあの腹の写真をもう一度見たいと思ってしまった自分はどうしようもない。衝動に突き動かされて樹生はサイトを開いたが、もうそのページにたどり着くことは出来なかった。情報はどんどん更新される。淋しさや性衝動や気の迷いや詐欺、そんなものを書き込む輩は本当に多く、暁登は静かに埋もれてしまった。樹生は諦めてスマートフォンを放った。
 絶対に暁登へ連絡を取って、また会おう。会いたい。会わなければならない。そう決意して、少しだけ眠った。


「――なんでそんなこといきなり言い出したの?」と、再会とその後のことを会話した後で、暁登に尋ねる。暁登は「なんとなく」と答えた。
「今日は早先生のところに作業しに行ったわけじゃなかったから、先生とお茶飲みながら喋ってて」
「うん」
「先生が、亡くなったご主人のことを話してくれたんだ。これってさ、結構珍しいんだ。先生の所に通い始めて一年? 二年は経たないけど、なんかまあそんくらいで、おれはそういう話をあんまり聞いたことがなかった。早先生の中ではまだご主人てのは生きたままの人で、語るのも辛いとか、そういうのなのかなって勝手に想像してたんだけど」
「……」
「今日はするっと話してくれたんだ。よく本を朗読し合ってたって。声のいい人だったからその時間が心地よかったって。早先生もやっぱ先生やってただけあるよな。あんまり声を荒らげない人だけど、声の通る人だと思う。だから余計にあんたの声が聞きたくなった、無性に」
「待て待て、なんか飛躍がないか、いまのところ」
 ふたりが本を朗読し合っていた話から、樹生と暁登の出会いの話は結び付かない。けれど暁登は楽しそうに笑った。
「要するに、早先生とご主人の関係を、いいなと思ったんだ。思ったらあんたのことがすごく恋しくなった。おれたちにも『いいな』って思えるところないかなって、確認したくなったんだ」
「それで昔話?」
「かな。あとはあんたの声のこと。あんたの低い声、特に寝起きとか、熱とか出してるときとかの、掠れてさらに低くなってる音。あれがいい」
「……聞きたくなった?」
「毎日聞いてるのにな。不思議と飽きない。毎日いいって思ってる」
 今日はやけに素直だな、と樹生は思う。調子がいいのだろう。雨の日でもこれだけ元気でいてくれると、病に伏せっていた身にはなんだか存在が染みた。


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Beiさま(拍手コメント)
連投でコメント頂きましたがこちらにまとめてで失礼いたします。いつもありがとうございます。
読んでいただけるだけで嬉しい、とはいつも思うことですが、こうしてコメントをいただくと、感じていることを実況中継されているかのような気になり、思いがけず楽しい気分になりました。たとえひと言であっても嬉しいものですね、と実感いたしました。

今回「秘密」というタイトルのほかにいくつか考えましたが、どうしてもこれ以外に当てはまるものがありませんでした。シンプルすぎていかがなものかとも思いましたが、もうタイトルの通り、男が黙している、それがテーマとなっています。
話したくないことも、話す必要のないことも、それぞれにあるのだと思います。全てをさらけ出せるような、裏表のない人はいるのか、と感じたことが創作のきっかけになりました。

文中、暁登は揺るぎない信頼を樹生に置きますが、そうやって心を寄せたい人ほど遠いと感じることはままあることだと、私は思います。そういう、肉体と精神との距離間について考える中で出て来た物語です。

いつもの樹海よりも少し文を短めに区切っていますので、予定していた話数よりも長くなりそうです。長期戦になるかと思いますが、樹生あるいは早、暁登、そして茉莉、これから出て来る人たちと、お付き合いを頂けると嬉しいです。
拍手とコメントを丁寧にありがとうございました。ぜひまたお気軽にお寄せください。
粟津原栗子 2018/05/05(Sat)19:12:32 編集
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プロフィール
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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