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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「前からずっと希望出してて、多分決まるって昨日上司が教えてくれた。実質的には来月からこっちに出向く羽目になるから、準備しとけ、って」
「……帰ってくんの?」
「来るよ。だからあっちゃん、嫁さんも見合いも婚活も全部だめだ。俺がもらうから」
  あっちゃんは面食らっている。口をあけたまま、閉じ忘れている。
「当分実家だけど、いいとこ見つけたら部屋借りたい。そしたらあっちゃん、一緒に住まねえかなって思ってる」
「……思ってるって、おまえ」
「あ、違うか。一緒に住もう」
「……」
「で、いっぱいキスしてやる。酔っぱらった勢いの変なやつじゃない、ちゃんとしたやつな。えっちもすっからな。あっちゃんが一生独身で童貞っていう美味しいのは、俺がもらう。心配しなくていーよ」
「ばっ……」
「まいんち一緒にメシ食おうな。風呂も一緒に入ろう。あー、あっちゃんに新しい原付買ってやるよ。ここまで通うのに、もっとびゅんびゅん走れる格好いいやつ」
 あっちゃんが普段おつかいで使っている深緑色のカブは、おじさんの代から使っていて故障が多い。スクーターより同じカブがいいだろうか。だったら水色のやつがいい。
 あっちゃんは絶句したまま、固まっている。俺のプランはだめか? そんなわけないよな。最高の人生だぜ、あっちゃん。
「待たせてすいませんでした。俺と一緒になってください、あっちゃん」
「――」
「大丈夫。俺次男坊だからそこは婿的な扱いでOKだし、会社が休みの日は店番も――ぶっ!!」
 ばこん、と何かが顔面に飛んできた。もろにヒットして、俺は一瞬気が遠くなる。顔を押さえつつ床に落ちたそれを拾う。チョコレートだ。陳列してあるのと同じ、3つ入りの赤い箱。さすがピッチャーやってただけのことはある、コントロール抜群だ。
「もっと早く言っとけ!」と叫んだあっちゃんの顔が、真っ赤だ。
「……あっちゃん、これ俺にくれるよな?」
「いちいち確認がうるっさいんだよおまえは!」
「だったら茶も欲しい。口説きすぎて喉かわいた。梅こぶ茶しかねえの? コーヒーは?」
 チョコレートと食べるなら、せめて緑茶ぐらいがいい。そういえばこの店はなんで毎回梅こぶ茶しか出さないか。桜茶とか、番茶とか、夏は冷えた麦茶とか。俺が晴れて「しだ屋」の一員になれたら進言してみようか。
 進言と言えば、あっちゃんの金髪にももの申しておきたい。
「なあ、そのアタマさあ」
「似合わない、ってばかにしたいんだろ」
「違うって。あっちゃん、卑屈になるのかわいいけど俺の前だけにしときな? だから髪型さぁ、変えるなら色じゃなくて、ちょっと伸ばすとか」
「衛生上、そこはあんまりいじれない」
「だめか」
「いい、黒に戻す。こういうことは俺には似合わねえなって分かったし、お客にも言う人はいたし、おまえの好みが黒いスポーツ刈りっていうのも、知ってるし」
「うおうっ」
「サッカー選手みたいなの目指したんだけどな。おまえは野球より実はサッカーが好きだっての、言わねえけど知ってる」
 短い髪をつまみながら、あっちゃんはちょっとだけ笑った。だめだその仕草と笑顔は反則だ。これはくらった。心臓が痛い。
 もうこれから先、しあわせなことしか待ってないからな、あっちゃん。


End.



中編





拍手[85回]

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「そんなの今までやってなかったじゃん。和菓子屋に関係ないだろ」
「同じ菓子屋のイベントならまったくの無関係でもないだろ。……駅向こうにデパートが出来て、だいぶ客足を取られてる。うちもちょっとは珍しいことをしないと潰れる。商店街の『ジュリア』さんと組んで、バレンタイン用の菓子を作ったんだよ。コラボとか、タイアップとか、知らんけどそういうやつ」
「……バレンタイン」
「ジュリア」さん、といえば、「しだ屋」と反対側にある、同じ商店街の洋菓子屋だ。よくよく売り場を見てみれば、和菓子と洋菓子のコラボレーション、という説明書きや地元新聞社の取材記事の切り抜きがぺたりと貼ってある。
立ち上がり、チョコレートが3つ入った箱をひとつ手に取って、眺めてみる。抹茶ときなこが使われていたり、中にさくらが練りこまれていたりするらしい。案外繊細な作りに、ああ、あっちゃんだ、と安心する。
 じゃあ、金髪はなんだ?
 再びあっちゃんを眺める。上から下まで、変わったところはないか。正月に会った時は俺好みのさっぱりした黒髪だった。他は変わっていない。髪の色だけが、あっちゃんに似合わない。これでおかしく髭でも生やされたら、俺は発狂する。
「――なんだよ」あっちゃんが睨み返してきた。
「チョコは分かった。で、髪――」
「――あ、いらっしゃいませ」
 絶妙のタイミングで客が来店し、会話は中断せざるを得なくなった。母親とその娘高校生、といったところか。大福を5つとチョコレートを3箱買って行った。値段も手ごろ、目新しければ確かに買うかもしれない。
 客は続いた。誰かが入っていると引き寄せられるものだ。肝心のことを聞けなくて、ますますいらつく。ようやく途切れ、客がガラス扉を閉めると同時に俺は「その金髪!」と叫んだ。
「なんで染めちゃったんだよ、まさかあっちゃん、恋人出来たとか」
「ふっざけんなおまえのせいだよ!」
 俺の数倍も大きな声であっちゃんは返事をした。声の大きさにびっくりする。それ、そういう声は野球チームでしか聞いたことなかった。
 俺、金髪を推奨するようななんか、したか?
 あっちゃんは重たくため息をついた。
「正月に帰省して飲んだ時、おまえが言ったんだろ。『あっちゃんは昔からほんとに変わんないよなぁ、髪型いっつもおんなじで』って。ばかにしただろ、あれ。人のコンプレックス刺激しやがって、むかついた」
「……知らない、覚えがない」
「覚えてろ、ばか。言われた方は根が深いんだからな」
「……ごめん。でもそれ本当に言ったとしても、絶対にばかにしたわけじゃない」
「だから本当に言ったんだよ!」
 相当に怒っている。酒の席なら、何を言ったか覚えがないのは仕方がない。特にあっちゃんと飲むのは楽しいから、心から安らいで深酒することが多い。ああでも言ったかもしれない。安心する、という肝心の言葉だけ言っていないか、聞こえていない。
「……でもそしたらあっちゃん、恋人が出来たわけじゃないよな?」
「しつこいな。おまえの言葉が癪に障ってやっただけだよ」
「おじさん、なんにも言わなかった? おばさんは普通だったけど」
「別に……『なんで染めた』って言われて、『ちょっと反抗してみたかった』って言ったら、ふうん、って、黙った」
「……あ、そう」
 昔からいい子で真面目だから、こういうことにも黙ってるのか、と察しがついた。でも辺りで噂にはなっていそうだ。なんて言っても、ここは商店街だ。おばちゃんたちはなんでも話題にしたい。憶測から来る噂話はメールの一斉送信よりも早く駆け巡る。
 金髪の理由もすべて判明して、怒らせたことにがっかりしつつもほっとする。あっちゃんは「お前はどうなんだよ」と言った。何が? 金髪? 俺はちょっと明るくしちゃいるけど、そこまではしない。会社員なので。
「えっ、髪?」
「ちげえ! 恋人だ。いい人、いんのか」
「……、や、なんで?」
「大学卒業したらこっち戻ってくるって言って、戻ってこねえ。そのうち戻るって言って、まだ戻らねえ。今年もだろ」
「あ、それは……」
「それってやっぱ、あっちにそういうやついるからだろ。……あのな澄人、俺は跡継ぎだから、嫁さんもらわなきゃなんない。そろそろ見合いや婚活を考えろって、せっつかれた」
 どくっと心臓が冷え込んだ。いままさに考えていたことだ。あっちゃんは今年で28歳、そういうことになっていたか! と、「しだ屋」の内部情報を探り切れなかったことを後悔する。
「変わんないのは無理だ」と言われた。
「嫌だ。あっちゃんはだめだ。だめ」
「おまえ昔っからそうだろ。俺の情報は収集して、逐一『だめだ』とか『嫌だ』とか干渉してくるくせに、てめえは自由なんだ。出て行ったっきり帰ってこねえし、自分のことは喋らないし、……恋人とかそういうの、自分のことは棚に上げて、俺には『作るな』とか、言うし」
「違う、あっちゃん」
「違わねえだろ! どーすんだよ、……おまえはどうせとっくに童貞とか卒業してんだろ。俺なんかいまだに誰も知らなくて、……おまえが酔っぱらった時にする変なキスとか、あれだけで、……女だめなまんま、一生独身で童貞だったらどーすんだよ」
 あっちゃんの声が萎む。ちょっと湿っぽい。鼻にかかった喋り方と告白に、急に喉が干上がる。
 確かに遊んだ奴はいる。自分のことは棚に上げて、あっちゃんに恋人が出来ないようにけん制したりもした。俺はあっちゃんが大好きで、本気で好きで、だから長期の作戦を練りこんでいた。ゆくゆくは戻って来るつもりで、こっちに本社のある会社を選んだ。ちゃんと稼ぎ、どう言ってあっちゃんのおじさんおばさんを説得し、あっちゃんを口説くか。真面目なあっちゃんの人生丸ごとそっくり欲しい。だから慎重に確実に。これが俺の計画だ。
 嫁さんなんか絶対にだめだ。誰かのものになんかなっちゃだめだ。
「――俺、4月からこっち戻るんだよ」
 肝心の台詞を俺は口にする。今日はこれを報告するために帰って来たのだ。そっぽを向いていたあっちゃんは、一瞬止まって、ぱっと顔をあげた。


前編
後編




拍手[51回]


 変化って嫌いだ。中学を卒業したらいきなり髪を染めた友達とか、空き地だった場所に建ったパチンコ屋、大学進学で遠くへ行ってしまった先輩、就職と同時に結婚した従弟とか。馴染んでいたものにいきなり裏切られる感覚。強く淋しいと思う。勝手なことに怒りも沸く。だから嫌だ。
 この時期は自然と憂鬱になる。どこかしらで絶対にそういう話を聞くから、心が落ち着かない。
 その点、俺にとってあっちゃんは絶対に変わらないものだった。安心するもの。あっちゃんの環境は、どう考えたってあっちゃんを変えようがない。地元の商店街にある和菓子屋「しだ屋」の一人息子で跡継ぎ。当たり前のように地元の学校に通い、高校を卒業したら親父さんの元で修業を始めた。途中よその和菓子屋に出向いた期間もあったが、後を継ぐためにちゃんと戻ってきた。派手に身なりを変えることもない。遊ぶこともしない。就職先は家で、きっと一生ここにいる。
 あっちゃんは3つ上だ。母方の遠縁に当たり、小さい頃から行き来があった。勉強のコツを教えてくれた。あっちゃんが入っているからという理由で地元の野球チームにも入った。実の兄貴よりあっちゃんから教わることの方が多かった。
子どもの頃のまま、あっちゃんは本当に変わらずいてくれた。高校に入って多少は色気づいたようだったが、おばさんが買ってくる柄パンをボクサーブリーフに変えたとか、その辺はまあ許容範囲。相変わらずの坊主頭で、成績は中の中、手先が器用で歳時記にやたらと詳しい。そういう商店街の菓子屋の息子があっちゃんだ。
 あっちゃんが地元にいるから、俺は安心して出歩いた。大学進学で家を出て、そのまま大学近くの企業で働いている。疲れても実家に帰れば相も変わらぬあっちゃんが待っている。あっちゃんが変わらないことの安心感で、なんでも出来た。
 だからこれは不意打ちだ。
 週末、帰省して「しだ屋」へ顔を出した。なんでだ。なんでここに、こんなきらびやかなチョコレートが売ってるんだろう。
 和菓子屋だろ。人気商品は茶饅頭と大福だろ。後は月替わりの上生菓子に日持ちのする飴類。なのに今は売り場の半分をチョコレート菓子が占領している。違うだろ。ガナッシュとか生チョコとかそういうのはもっと都会の洋菓子屋の仕事で、あっちゃんが作るのはじじくさく和三盆使った菓子でいいはずだ。
 店に入って面食らっている俺に、店番をしているおばさんが「あらスミちゃん」と声をかけた。
「お正月も帰って来たのに、また来たのねぇ。おかあさん喜ぶでしょう。今日はなににする? いちご大福出たわよー」
「いや、……あの、あっちゃんは?」
「敦樹ならいまおつかいに出てるわ。すぐ戻るから、上がる?」
 店奥に構えた住居を指しておばさんが言うが、俺は首を横に振った。なんで、チョコレート。来客用にしつらえてある竹製のベンチにふらりと腰かけると、おばさんは「お茶入れるわね」といそいそと茶碗を取り出した。
「しだ屋」は店内でちょっとした飲食もできるようになっている。買った菓子をその場で食えるのだ。そういう客には茶を無料でサービスしてくれる。だから用意がいい。出されたのは梅こぶ茶で、こういうところ一向に変わんねぇ、と俺は一息つく。
 しょっぱい茶を出されると、甘いものが欲しくなる。まめ大福といちご大福をひとつずつ頼んだ。まめ大福から取り掛かり、いよいよいちご、というところであっちゃんが帰ってきた。あっちゃんはおつかいに古い原付を使う。ヘルメットのまま店に入って来て、俺に気付いて「あ」と言った。なんだ「あ」って。
 厚手のダウンの下は、調理用の白衣に白い前掛け。清潔で正しい和菓子職人だ。が、ヘルメットを目の前で脱がれて俺は絶句した。さっぱりと刈り込んだ短い髪は見事な金髪になっている。
 チョコレートと金髪。なんだこれ。これは一体なんのサインだ。
 接客をあっちゃんに任せ、おばさんは家事のために引っ込む。ヘルメットを白い和帽子に変えて、あっちゃんがショーケース裏のカウンターに収まった。ああもうあっちゃん、それすっげえ白衣に似合わねえ。
 じっと見つめると、目が合った。あっちゃんはやっぱり不機嫌なまま唇の端を示し、「粉ついてっぞ」と言った。
「なんで怒ってんの?」
 指の腹で大福の粉を拭いながら声をかける。「俺の方が苛々してんのに」
「はあ? 意味が分かんねえよ。なんでおまえが怒るんだ」
「当たり前だろ、あっちゃんのせいに決まってんじゃん。なんだよそれ、金髪とか、チョコとか、」
「チョコ?」
 地味で渋いはずの売り場を賑やかにしている一角を指し示す。あっちゃんはそちらを向いて、「バレンタイン、来週」と答えた。


中編






拍手[60回]

あまいものにまつわる短編。

チョコレート他:反抗とチョコレート 前編 中編 後編
チョコレート:ジェントルマン
パンケーキ:いま二十二歳のきみへ
クッキー他:あまいお菓子はいかが 前編 後編
キャンディ:さよならキャンディガール
マロングラッセ:いきどまり
       :この先
チョコレート:最善最愛チョコレート    
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         :フォール・オン
         :さきごろのはる 前編 後編
         :真っ赤な嘘とオールグリーンの解析 前編 後編 
お菓子たくさん:みんな嬉しいお菓子の日      

拍手[16回]

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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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