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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 でしたら、こういうのはいかがでしょう。そう言って、向かいに座った髪がやたらとふわふわした男は、紙とペンを取った。そこに立体的な輪っかを描く。
「この、表になる部分には、それぞれに赤いガーネット、緑のガーネットをあしらいます。そしてその反対の内側に、それぞれに緑のガーネット、赤いガーネットを嵌め込んで」
 色鉛筆でくるくるとちいさく、赤い粒と緑の粒を描く。「こうして、対になるように作られてはどうでしょう。赤と緑は補色の関係です。補い合うという意味でも、お揃いよりは殊更意味が深く感じられて素敵だと思いますよ」
 そう言われても、色味や宝飾の類になるとさっぱりなので、ふたりで顔を見あわせてしまった。
「気になるようでしたらアレルギーテストをされる方がおすすめですが、おふたりのお話を聞いた限りではおふたりとも特にアレルギーはないようですね。でしたらシルバーでも可能ですが、せっかくの指輪でしたら、ゴールドを使うと華やかです。ただ、石が嵌まりますのであまり派手になるのを好まないようでしたら、チタン、プラチナでも」
「……すみません、その、あまりよくわからないというか、僕も彼もイメージが湧いていないというのが正直なところで。質問をしても?」隣の日野辺がふわふわに言った。
「もちろんんどうぞ」
「ガーネットという石は、赤と緑があるんですね?」
「ございます。普通、思い浮かべるのは赤いものだと思います。ですがどちらもちゃんと手に入りますよ」
「ゴールドだと派手になる、というのは?」
「やはりゴールドですから、どうしてもある程度は目立ちます。ですが目立たなくする加工も可能ですし。そうですね、色をお見せしましょうか」
 そう言ってファイルを取り出し、実際に金属片の貼られたボードを見せられた。
「サンプルとなります。こちらがゴールド、それに加工したもの、槌で模様をつけたもの。同じように右へ向かって、シルバー、チタニウム、プラチナ、珍しいものだとピンクゴールドなど、ゴールドは色味が豊富です。これは下の方にお色が」
 ふわふわの指が地金を指していく。それを眺めながら「これは白っぽいな」とか「地味かな」とか、ようやく言葉が出てくる。
「でもおれならおすすめはやっぱりゴールドかプラチナだな」
 そう言ってから、やべ、という顔をして、ふわふわは照れ笑いをしながら「記念の品なんですから、私のおすすめはゴールドかプラチナです」と言い直した。
「価格も上がりますが、それだけ価値も上がります。結婚指輪はやはり多くの方が一生に一度のものでしょう。とか言って二度目三度目だったらすみません。でも、あなたがたを見ていると、私はちょっと角張ったホワイトゴールドか、プラチナに、ちいさくちいさく対になる石を嵌め込む。そういうのがお似合いになるような気がします。そして、隠れた場所にやはり対になる石を入れる。うーん、あなたがたがこのアイディアを不採用にされても、他の方に勧めちゃうようなグッドアイディアです。いやでも、他の方には似合わないような気もするから勧めないか。とにかくあなたがたにとてもふさわしい気がするんです。あ、ゴリ押しするわけじゃないですよ」
「いえ、わかりますよ」日野辺は笑い、現に「どうする?」と訊いた。
「おれ、装飾品はほぼつけないからわかんね」
「おれも」
「でもこの工房のアクセサリー全般、なんか好きだな、と思った。重たすぎないんだけど、ちょっと無骨っぽいバランス感が」
「わかる」
 アクセサリー自体は、街中のクラフトショップで見た。いくつかの工房の作品が置かれている中で、ふたり揃って目を留めた。それでショップの店員に問い合わせ、工房まで出向いたのだった。まさかこんなにふわふわした男がデザイナーをやっているとは思わなかったのだけど。
「なので、お任せします。あ、こういうのは困るんでしたっけ。丸投げ、というものは」
 日野辺がふわふわに問うと、ふわふわは「いいえ?」と笑顔で答えた。
「きちんとコンセプトを持って訪ねていらした上で、お任せしますとオーダーされれば、こちらは困ることなどなにもありません。むしろ目一杯好きにやっちゃいますけど、いいですか?」
「はい、お願いします」
「ありがとうございます。ではこれから具体的なデザインの制作に入ります。その前に見積もりをお渡しして、――ふふ、妻も喜びます、こういうおめでたいご依頼は」
「つま?」
「私たちは夫婦で工房を営んでおりますので。私が接客兼デザイナーで、実際に作るのは妻です」
 この、ふわふわなよっとした男に、妻。いたく失礼だが武士のような風貌の女性を想像してしまった。
 だが日野辺はそれも嬉しかったらしくて、隣でにこにこと「では奥様にもよろしくお願いいたします、とお伝えください」と言った。
「どれぐらいで仕上がるものなんですか?」
「いまはさほどご依頼が立て込んでいる時期でもありませんので。デザインと価格で最終的に決定されれば、そこから二週間から三週間ほどでお渡しできると思います」
「そうですか」
「メールアドレスをいただければここに足を運んでいただかなくても見積もりやデザインは添付で送れます。もちろん、FAX、郵送などでも対応いたしますが、いかがなさいますか?」
 ふわふわは「ここは辺鄙な場所の工房ですので」と付け加えた。
「いや、来ますよ、ここ」
 そう答えたのは、日野辺だった。
「いいドライブになるし。現が嫌ならおれひとりでも」
「いや来たいよおれだって。来る途中に寄ったカレー屋、また来たいし」
「ああ、『ラ・マール』ですか? あそこはおれたちもよく行くんです。うまいですよね、ナンが。まだ食べてないなら、ビリヤニも食ってみてください。おすすめです」
 と言ってから、また「やべ」と(今度は口にして)、はにかんでから表情を引き締めた。
「そういうことでしたら、直接のやり取りということで、見積もりとデザインが上がってからまたご連絡いたしますので、足をお運びください。大体一週間ほどですかね」
「そんなに早く?」
「おふたりを見ていたらなんだか燃えてしまって。すぐできそう。あ、また言っちゃった。もう、すみません。お客さま対応がどうしても上手くなくて。すぐ素が出てしまって」
「お人柄ですね。別に気にしないので、フランクでいいですよ」
「あー、じゃあとにかく連絡します。すぐ、じきに、もう明日とかでも」
 そう言ってふわふわは腕を曲げてみせた。別に腕を曲げても力こぶなどできないようななよなよしさだったが、熱意は伝わった。だからきっといいものができるんだろう。そう思いながら、工房を後にした。


→ 後編





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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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