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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 所用で少し遠くの、ここ近辺ではいちばんの繁華街のある駅前に出ると、日曜日だったせいか、派手な格好をしたキャンペーンガールたちがそこここにいた。一堂に白いかつらをかぶり、白いシャイニーなミニワンピースを穿いて、やはり白のブーツ姿で、キャンディを配っていた。春先、花粉症の季節だ。花粉症に効くというキャンディの試供品を配布しているようだった。彼女らを見て、キャンペーンのテレビコマーシャルを思いだした。アイドルがイメージカラーの白いかつらをかぶって、シャイニーな白いワンピース姿で、「これで花粉症とはおさらば!」などと言っていた。
 風船を持っているキャンペーンガールもいて、彼女は子どもに社名ロゴの入った手持ち風船を渡していた。カラフルな色合いが、春の日差しの目に留まる。春先のぽかぽか陽気の日でよかったな、と思う。冬場のキャンペーンガールなどやったら大変だ。ユニフォームに防寒もへったくれもないだろう。ぺらっぺらの衣装で、真冬に試供品を配る彼女らを想像すると、気分だけで風邪をひきそうに思えた。
 さしずめ、キャンペーンガールというよりはキャンディガールと言ったところか。宇宙人みたいな格好のひとりから、飴をもらった。友山一路(ともやまいちろ)は、早速それを口に放り込む。花粉症ではなかったが、もらった手前、すぐに処理しないとぐずぐずに溶けるまで放置し結局は捨ててしまうと分かっていた。
 駅前から延びる商店街へと進む。ここの一角で一路の友人が衣料品店を営んでおり、そこに用事があるのだ。久しぶりに来た街だったので道をひとつ間違え、さらに修正を誤り、商店街を右往左往した。商店街の外れにもキャンディガールはいた。白く瞬いているからよく目立つ。駅前で見かけた子らより背が高いように思えた。彼女はにこにこ笑いながら、というよりも笑顔だけで、キャンディをぽんぽん配っていた。
 一路が通り過ぎようとすると、キャンディを持った手がさっと伸びる。一路はとっさに頬を指さし、「もらったよ」の合図をしようとした。普段ならこんな人懐こいことをしないのに、ついジェスチャーしてしまったのは、彼女の笑顔につられたからだ。キャンディガールはにこっと笑って、一路と目線を合わせた。途端、その瞳がひらかれる。一路はとっさに、脳の奥に衝撃のようなものを感じた。記憶がスパークしている。どこかで会ったことのある子。そんな気がした。
 キャンディガールはすぐ笑顔を取り繕い、もう動作を次の客へと向けていた。週末の晴れた昼下がりだったので、客はいくらでも通った。一路は茫然としながら、来た道を戻り、商店街へと引き返す。ここまで完ぺきに迷子になってしまったら、友人に電話するしか仕方がなかった。
 コールが鳴っているあいだ、彼女の見開いた目や、表情なんかを反芻していた。やはりどこかで会っているが、この違和感はなんだろうか。しばらくして友人が応答したので、それきり考えるのをやめた。帰りの電車で再び思いだしたとき、一路はその衝撃に、混雑する車内で思わず「あ!」と声をあげてしまった。
 ――穂積伯幸(ほづみたかゆき)。
 あの商店街外れのキャンディガールの正体は、女装した男だ。

 *

 一路が社会人という身分でありながら大学で教鞭をとるようになったのは、去年の四月からだった。それまでは繊維を研究・開発する会社の研究員として勤めていた。その会社は大学と連携して研究を行っており、研究所の所長から、社会人講師の枠に欠員が出てしまったから大学に出向いて講義をしてくれないか、と直々に辞令がくだった。一路は大学生、院生、大学教授助手、と進んでいまの会社に来ていたので、学生への講義は慣れており、ゆえの辞令だった。
 穂積伯幸は、一路の講義を受ける側のひとりだった。学生ではなく、社会人聴講生というかたちで講義を聞きに来ていた。穂積は熱心な聴講生で、最前列に必ず席を取ったからよく覚えている。一路の話に頷いたり、ジョークを面白がってくれたりした。聴講生だからレポート提出は必要なかったのに、毎回真面目にノートを取り、それ以外のときは、一路を見つめていた。
 一方で物静かで、おとなしい性格をしていた。手を挙げて発言することは絶対になかったし、講義後に質問に来ることもなかった。出欠席は手を挙げるだけで済ませていたから、そういえば一路は彼の顔と名前をよく知っていても、声は知らない。
 いくつだろう。どういう身分で聴講生などやっていたんだろう。キャンディガールが穂積だと分かった途端、興味がもくもくと湧いてきた。見た目だけで言えば、女性に劣らない肌白さだったし、いつもシャツをだぼつかせているので、体格は華奢で小柄な方だろう。髪は真っ黒く長めで、眼鏡をかけていた。もしかするとカモフラージュだろうか。女装と、穂積とがばれないための。
 残念だったなあ、とも思う。大学から遠いところをわざわざ選んでの彼の地のキャンディガールだったに違いないのに、一路がのこのこと出かけてしまったおかげで、正体が知れてしまった。まさか女装していることを周知しているわけではあるまい。あったとして、親しい人に限るだろう。あの表情は、予想外の人に出会ってしまった、それそのものだった。
 しかし、と一路は思いなおす。穂積が聴講生として参加していた講座は、一月末をもってすでに今年度の講義を終えている。単純に考えれば、今後は会わないだろう。今回の件は、これで終わりそうだと思った。さよならキャンディガール。ちょっとだけ未練がましく思ったのは、笑顔が素敵だったからだ。

 *

 四月に入り、桜もあらかた咲き終わり、一路も再び社会人講師として忙しくなってきた。一路の受け持つ講座のいくつかに新顔が見受けられるようになり、そのなかのひとつに、ぽん、と穂積伯幸の姿があったので一路は驚いた。手元の名簿には穂積の名はない。穂積はいちばん奥の席に、静かな表情で、学生たちに紛れ込んでいた。奥の席だったが、一路の目には真っ先に映った。髪を多少切ったようで、いままでは髪で隠れていた目元や、耳が、はっきり露出していた。肌の白さが際立つ。少し暖かすぎる日だったけれど、シャツは襟元も袖口もかっちりとボタンを留めていた。
 あの目で一路を一心に見ている。
 一路の一挙手一投足を記録でもするかのように見つめている。
 こんな講義、集中できるはずもなかった。長すぎるほど長い九十分だった。「本日はこれまでとします」と、一路は五分早く講義を切り上げた。眠たいような雰囲気だった教室が一気にざわめく。穂積は立ちあがり、一路に目くばせをして、そっと部屋を出て行った。一路は慌てて追いかける。
 廊下を出ると、前進する穂積の後ろ姿があった。学生らに紛れて小さくなっていくのを、操られでもしたかのように、一路は追いかけずにはいられなかった。穂積は階段をずんずんのぼっていく。やがて屋上へ出た。途端に風に吹きあげられ、一路は一瞬目を細める。
 屋上まで来ると、穂積は一路を振り返った。まじまじと正面から一路を見つめた後、「ごめんなさい」と深く頭を下げた。はじめて聞いた穂積の声は、やわらかくか細く、ハスキーだった。
「なんで謝るの、」
「気分の悪いものを見せたかと。……気づいていらっしゃいますよね。三月の、S商店街にいたキャンペーンガール」
「謝るためだけにあの講義に紛れ込んでいたのか?」
「……いえ、先生には、ちゃんと知ってほしくて。……おれ、普段からああなんです」
「ん?」
「女装するのが、趣味。あのキャンペーンガールは正式に雇われているものじゃなくて、嘘っぱち、偽物なんです。ネットだったらなんでも手に入りますから、好みの衣装買って、女装して、化粧して、ああやって便乗して、っていうのが、好きなんです。キャンペーンガールって、注目されるでしょう。それが、……普段のおれは地味だから、そういうの、たまらなくて」
 一路は言葉が出なかった。穂積はさらに続ける。
「正直、先生には憧れていました。偶然取ってみた講義だったけど、先生の声聴けるの、毎回嬉しかったです。……気持ち悪いですよね、こんな話されても。もう大学には来ませんから――本当にすみませんでした」
「待った、待った。だからどうして謝るんだ」
 一路は慌てる。気分の悪いものを見せられたとか、気持ち悪い思いをさせられたとか、そんなのはちっとも思っていなかった。好意のようなものを寄せられているという部分においても、同じだった。
「確かに僕はきみの女装姿を目撃してしまったわけだけれど、それでなにか被害を被ったわけでもないだろう? 謝るのは、変だ」
「でも、気分の悪い思いをさせたのは」
「そりゃきみの思い込みだ。僕は別に、気分なんか悪くしていない。むしろあのキャンディガールは、とても素敵だったよ。こっちまで春の気分で、つられて笑顔になったぐらいだ」
「……」
 穂積は恥ずかしそうにうつむき、身じろいだ。伏せがちの睫毛が長い。頬がぱあっとばら色に染まったのを見て、一路にまた衝撃が走った。今度は脳ではなく、心臓の方が、ずきっと痛む。
 ちゃんと言わねばならないと思った。言わなければあのキャンディガールはもう、二度と一路の前には現れまい。
「あのさ、あのキャンディガール。あの子に伝えてよ。笑顔がとてもよかったから、また会えないかな、って」
「……それは、」
「どんな格好で現れても、多分素敵だと思うから、ぜひ一緒にお茶でもして、きみの話を聞いてみたいって、伝えてくれないか。いくつなのか、とか、普段はどうしているんだ、とか、色々」
「現れたのが、ださいシャツとズボンの、そこらへんにいるような野暮ったい男でも、ですか」
「うん、それはそれで、いいんじゃないかな。なんでも、どっちでも」
「……」
「僕はね、穂積くん。もう一度あの子の春みたいな笑顔を見てみたいんだ」
 そう言ったら、穂積は笑い出した。腹に軽く手を当て、くつくつと可笑しそうに。顔をあげると、そこにはとびきりの笑顔があった。目尻にはうっすらと涙が滲んでいたが、それがかえって、瞳を怪しい煌めきにしていた。
「伝えておきます、その、『キャンディガール』に」
「ああ、ありがとう」
「きっとその子、嬉しくなっちゃって。とびきりの服装で来るから、覚悟しておいた方がいいですよ」
 穂積は「ふふ」と意地悪く笑った。その笑顔もやはり素敵だと思った。いまきっと穂積は、肯定されて、その喜びが溢れている。だから彼をそんな魅力的な顔にする。
 コーン、とチャイムが鳴って、しまった、と一路は慌てた。次の時間も講義があるのだ。それを穂積に告げると、「あ、すみません」と言って彼はまた深く頭を下げた。「おれ、これでもう行きます」
「じゃあ、また」
「うん」
 さよならキャンディガール、と心の中で一路は呟く。また会おう。またがあるのだから、さよならじゃない。でも去っていく穂積には、そう挨拶して、それから大きく伸びをした。次の講義は始まるが、心地よい春の屋上から、なかなか去れなかった。


End.





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Beiさま(拍手コメント)
おはようございます。いつもありがとうございます。
Beiさんの「春だ~~~」のコメントに私も嬉しくなりました。とにかくキャンディガールの笑顔がどれだけ素敵だったか、そして春の日差しの暖かさを書きたかったので、伝わって嬉しいです。
今日などとても春めくようですね。よい一日をお過ごしください。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2016/03/17(Thu)08:17:17 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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