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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 翌日、先生は私とヒロの分までお弁当を作ってから出勤された。私とヒロは車に乗り、ヒロの受験予定の大学の下見へ向かう。会場を確認し、当日の移動手段も確認する。あらかた済んだところでヒロが「ちょっと入らねえ?」とレトロな看板の喫茶店を指差し、私は同意した。
 ヒロはチョコレートパフェとカフェオレを、私は紅茶とモンブランのケーキセットを頼んだ。ヒロは「やっぱりあまいの食うんじゃん」と笑った。
「やっぱりあれ? センセイが嫌いっていうから作らねえし食わねえの?」
「いや、そういうわけじゃないけど、……先生があそこまではっきりとあまいものを拒絶されるのは、昨夜はじめて見たし」
「そうなの?」
 じゃあなんで? という顔をした。
「んん……やっぱり食べてくれる人がいないから、かな。僕だけの分を作るよりはこうやって外で食べた方が早いし」
「外じゃ食うんだ」
「そもそも先生とはあまり外食をしない。一緒に出掛けたりをあんまりしないからかな。先生ご自身もそういうのは好みじゃないみたいだし。僕はほら、仕事で打ち合わせとかあると外に出る。そういうときに食べたり、買い物ついでに商店街で買い食いしたり、かな」
 ヒロはしばらく黙ってパフェを食べていたが、ややあって「目が怖かった」と言った。
「め?」
「嫌悪感、って言ったときの、センセイの目。怖いってか、暗いってか。すげえ目すんだと思ったから、あんまり話も突っ込めなかった」
「……だね」
「でもさー、ゆうちゃんのお菓子また食いてえなあー」
 もう最後の方になってチョコレートソースとクリームでぐずぐずになったフレークを突っつきながらヒロは言う。
「テンちゃんもそう言ってた。また食いたいね、って」
「テンちゃん、元気なのか?」
「ん、……なんていうかさ。幼なじみでも、高三で、卒業だから、……」
 しんみり言って、ヒロはカフェオレを飲み干す。せっつかれてケーキセットを食べ終え、家に戻ってヒロはまた勉強すべく部屋にこもった。
 その日の夕飯は、炊き込みご飯と豚汁だった。どうやら先生は若いヒロのために懸命に腹持ちするものを、と考えてメニューを組んでいる様子だ。このメニューなら副菜はついてもせいぜいが漬物ぐらいなのだが、今夜の先生はほかにだし巻き卵と身欠きにしんの甘露煮まで作って出された。そんなに作ったらエンゲル係数だだ上がりしちゃいますよ、と言ったら、先生は微笑んで「滞在費までいただいてしまっているので、これぐらいは」とおっしゃる。
「大学まで無事に行けそうですか」と食事をしながらお訊ねになられた。
「あ、行けそうです。駅まで出られればバスで一本でした。天気予報見ても、変な天気にもならなさそうですし」
「それはよかったです。けれど天候悪化などの場合は、僕や遊さんを頼ってくださいね」
「三日後が第一志望で、その二日後が第二志望だっけ?」
「うん。そこまで受けたらおれ、うち戻るから。卒業式出て前期の結果見て、だめなら後期にかけてまた来るけど、いい?」
「前期で受かってても住むところ探しに来なきゃだろ? いいよ、いつでもおいで」
「あんがと。おかわりもらっていいすか」
 その日も、翌日も、翌々日も、ヒロは旺盛な食欲を見せ、先生は笑っていらした。
 数日して、第一志望も第二志望も試験を受け終え、あとは帰るだけ、となったヒロに、どうせ来たならあと一日ぐらいは滞在を延長したらどうですか、と先生はおっしゃった。郊外へ出るとちょっと大きな湖があり、そのふもとには有名な大きな神社があるのだ。観光にどうですか、と先生も自身で車を出す気でいらっしゃる。ヒロも嬉しいようで、「じゃあそうします」と言って滞在延長の旨を実家に連絡していた。
 外出の日は、ちょっと曇っていて雪が降りそうな天気だった。三人でゆっくりと朝食を済ませ、のんびりと出かける。ここの神社は天満宮で、梅の花がひらひらしていた。「知ってたら試験前に来たのに」とヒロは笑い、授与所でお守りをふたつ買っていた。
 寒かったので、近くの甘味処に入った。先生は甘酒を頼み、私とヒロは団子の皿を分けることにして抹茶も頼んだ。
「誰あてにお守りを買われたんですか?」と先生がヒロに訊ねられた。
「絵馬も熱心に書かれてましたね」
「ああー、えーと。……交通安全とか、学業成就とか、厄除けとか、……なんかそんなのです。幼なじみに」
 それを聞いて私はすぐにテンちゃんのことだと理解したが、知るはずもない先生は「仲がいいんですね」とおっしゃった。
 ヒロは、「いいなんてもんじゃないです」と抹茶の碗をまるく握って答える。
「おれ、そいつのこと大好きなんです。で、そいつもおれのことがめちゃくちゃ好きで」
 なんのためらいもなく、ヒロは言葉をつむぐ。まっすぐでひたむきな愛情が身体の隅々にまで満ちているような発言だった。
「ちっちゃいころからずっと一緒で、ずっと好き。でもこの春、おれたちは学校を卒業します。おれは予定通りなら家を出るし、あいつも同じなんです。進路が分かれます。しかもあいつの進路先はニューヨーク。留学するんですよ」
「それは、……ずいぶんと離れることになるんですね」
「物理的な距離が離れると、生活も離れるだろうなってぐらいは、想像つくんです。でもいまは無料で海外の人間とやりとりする方法なんかいくらでもあるし。大したことないよってお互い笑ってるんですけど、……笑って前向いてこうやって、言ってるんですけど」
 ヒロの言い口に、私も先生も気軽なおしゃべりからは遠ざかってしまっていた。
「身体が離れることがどういうことなのか、わかんないんです。ずっと一緒だったから。一緒にゆうちゃんのお菓子おいしーね、ドーナツ食べたいねとかって言ってた距離に、いられなくなる。会いたいと思うときに会えなくて、触りたいと思うときに触れなくなるのは、……いま想像がついてない状態でも気が遠くなるのに、実際に離れてしまったら、どうなるんだろ。おれたち、それでも笑ってられんのかな」
「……」
「いままでは春先は先輩とか後輩とか同級生とかを見送るだけだったんです。でもそれもけっこう痛かった。それで今年、いちばん近いやつと離れるってなって、……憂鬱になりますよね。だからこうやって、神頼みっす」
 先生は甘酒を口にして、「幼なじみさんは、いつ出国されるんですか?」と訊ねられた。
「卒業式終わってすぐです。向こうで語学プログラム受けるから早めに行きたいって言ってて」
「そうですか」
「ま、これでおれは受験済んだんで。明日には実家戻るし、そしたら会い倒します」
「引き留めたようで申し訳なかったですね」
「いいえ?」
 ヒロはようやく顔を上げて、にやっと笑った。
「ゆうちゃん元気だったよって言ってやれば、あいつも嬉しいと思います。ゆうちゃんとセンセイと出かけた話もできるから」
 言い切って、ヒロは残りの抹茶を飲み干し、やっぱりばか丁寧に「ごちそうさまでした」と手を合わせた。

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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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