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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 次の日、ヒロは元気に実家へ戻っていった。「次は三月に来るよーっ」と大きな声で、先生からたくさん持たされた土産の紙袋ごとぶんぶん振って高速バスに乗って行った。
 私はそのまま帰らずに、商店街に入るスーパーで買い物をした。国産のレモンがあって、嬉しくなっていくつか購入する。とてもよい香りがした。
 夕方六時になって、先生が帰宅される。そのとき私は台所にいて、先生の帰宅の音を聞いて蒸し器のお湯を再沸騰させた。
 先生が、あれ、という顔で台所へ入ってこられた。
「ちょっと待っててもらえますか? これからふかしますので」
「……夕飯を?」
「これは食事というか、おやつですね」
 帰宅して冷えている先生には、温かなものを出して差し上げたかった。ひとまず先にほうじ茶を出して、しばらく先生と台所の机で向かいあう。先生はすこし居心地が悪そうにされていた。やがてタイマーが鳴り、私は立ちあがる。
「これなら召し上がれるかと思って作った、僕の答えです」
 ほくほくと湯気を立てているのは、色とりどりにぴかぴかした蒸しパンだった。数種類作った。プレーンのもの、黒糖とくるみ、抹茶とレモン。
「甘さは控えめにしてありますし、バターや油もいっさい使っていません。基本的には粉と卵と牛乳と、はちみつです。でも、もし不快なようなら、無理に食べろとも言いません。簡単ですが、味噌汁と玄米の焼きおにぎり、ぐらいはすぐできます。どうしますか?」
「いえ、……これをいただきます」
 先生は丁寧に頭を下げ、蒸しパンをひとつ手に取られる。ちぎるとほっくりと湯気が上がった。プレーンを口にして、「ああ、美味しい」とおっしゃった。
「素材の味がちゃんとしますね。こっちは?」
「抹茶とレモンです。あまりくどくしたくなかったので、これならすっきりと食べられるかな、と」
「色が綺麗ですね」
「自信作です。……蒸しパンって子どものおやつみたいな感じしますけど、子どもに食べさせられるぐらい色々と優しいってことなんですよね。僕の母も工夫して作ってくれました。その延長に、僕のお菓子作りはあったんだと思います。食べさせたい人が、食べてくれるもの、です」
 先生は、三種類の蒸しパンをきちんと召し上がった。そしてお茶を飲み、ゆっくりと「大変ご馳走になりました」と頭を下げられた。
「こういう、……お菓子もあるんですね」
 そうおっしゃる。
「あんまりお菓子って感じしませんけどね」
「いえ、お菓子だと思えばそうです。……こんな僕をいたわって作ってくれるお菓子ってものが、あるんだと」
「先生の場合ですと、アレルギーはありませんので、他にも色々とできますよ」
 先生は驚いた顔をなさる。私はちょっと嬉しくなっていた。
「口がさっぱりしますから、果物でシャーベットを作ると美味しいと思います。その時々の季節のものが美味しいでしょうか。柑橘、りんご、桃、ぶどう、キウイとか。ゼリーもいいと思います。コンポートなら砂糖を少なめにして、その代わりちょっとリキュール多めで大人味にしましょう。和菓子なら胃にも優しいはずですから、自家製のおまんじゅうもいいですね。あずきから炊けば砂糖の量も加減できます。時間がかかるだけで難しいものではないです。あずきが炊けるなら、それを寒天で固めればようかんもできます。ただ白玉を落とし込むだけでもいいですね。時期なら草団子にしても美味しいです。それから、」
「……そんなに?」
「……先生、僕はね。あまいお菓子が作りたいんじゃなくて、手間暇かけてお菓子を作りたいんです」
 先生は黙っておられる。
「それを、美味しい、美味しいと言って食べてくれる人がいると、とても嬉しいんです。畑で野菜を作る理由もおんなじ。先生さえよければ食事も作っていいんですけど、あの時間は先生にとって優しいようですので、僕はやっぱり、お菓子かな。たまにでいいんです。毎日は疲れてしまうし、かえってストレスになりますから。でもたまには、僕と先生のために」
「……」
「それで先生。僕、いったん実家に帰ろうと思うんです。二・三日ぐらい。ヒロとテンちゃんが家にいるうちに、お菓子を大量に作ってきます。それでみんなで食べてこようと思うんです。僕なりのちょっとした送別会みたいなものです。なので、ちょっと留守しますけどいいですか?」
 そういうと、先生はしみじみと嬉しそうに、いたく優しい顔で「きみのことが僕は大好きです」とおっしゃった。
「先生?」
「大切に思います。だからそれ、僕も一緒に行ってもいいですか?」
「え?」
「僕もきみのご実家に、一緒にお伺いします。それできみのご家族に、大変遅くなって申し訳ないけれど、きちんとご挨拶をしたいと思います。それからきみの作るお菓子をみなさんと一緒に食べたい。――どうですか? 僕は邪魔になるかな?」
 とおっしゃりながら、先生は心から満足そうに笑っておられる。
「いえ、大歓迎です。家族も喜びますよ。どうせなら先生も得意の料理を振る舞ってください」
「人の家の台所を占拠してしまっていいのかな?」
「ヒロがうまいこと言うんじゃないですか? あいつに色々やらせましょう。こういうときの立ち回りが上手い子に育ったみたいなので」
「では、テンちゃんもぜひ呼んで、と伝えてください」
 先生は「楽しみですね」と心底楽しげにおっしゃる。そういえば今夜からまた先生と一緒に寝られるんだ、と、とてもよこしまに嬉しかった。


end.


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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