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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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『きみは
林檎の花を知っているか
青林檎の味を知っているか
林檎のにおいを嗅いだか
林檎の重みで樹がたわむのを知っているか

林檎の木陰で休み
青々と澄んで遠い空を見上げたか』


 最初は嫌だった。嫌い、じゃなくて、嫌。そう思ったのは多分、似ていると直感したから。同族嫌悪というやつかもしれない。
 ――いよいよかもしんないわねえ。
 ――でもこれで日野辺(ひのべ)先生も楽になるんじゃない?
 ――そうは言ってもねえ。だって、事情が事情じゃない?
「なにがいよいよなんですか」
 噂話に介入するほど、興味があったわけではなかった。むしろその逆だ。これ以上噂話をしてほしくなかった。あんたらが勝手なこと言うなよ、と苛々していた。
「やぁだイズミくん、人の話聞いてぇ」と常盤(ときわ)の奥さんが困った顔で振り向いた。
「聞こえるでしょ、そんなボリュームで話してればさ」
「ああ、ごめんねぇ、イズミくんには面白くない話よね。気を付けるわ」
「別に、そこまでお膳立てするほど事情もわかっちゃいないです。日野辺先生が、いよいよ、なに?」
「ああー」
 奥さんと噂話を囲んでいたふたりは「お先に失礼するわね」とそそくさといなくなった。残った奥さんは仕方なく、「日野辺先生のとこ。若先生のお姉さん」と話をしてくれた。
「もう半年になるじゃない。はじめは一か月か三か月か、なんて言われてた人がね。よくもってるもんだわって話してたんだけど、最近どうやら、日野辺先生のところに出入りしてるみたいだから」
「誰が?」
「日野辺先生のご親戚の葬儀屋さん。一応ね、親戚とは言っても医者と葬儀屋が仲良くしてるなんてだめだって、日野辺の大先生が言ってるから表立っては仲良くしてないじゃない、あそこ。でも出入りしてるのをトミさんがよく見かけるっていう話をね、いましてたのよ」
「そうすか」
「そうすか、って。イズミくんあれだけお世話になってるのに」
「だっておれ、部外者でよそ者ですもん」
「そんなこと言わないで。ほら、今日もこれ持ってってあげて」
 そう言って奥さんは籐編みのかごに入った小ぶりのりんごを寄越す。傷がついて売りものにならないりんごを、こうしてせっせと寄越す。
「これ持ってったら、いまの話しちゃいますよ、おれ」そう言うと、奥さんは片眉だけを上手に釣りあげた。
「いいのよ、ご近所の噂話は日野辺先生のとこにも勝手に入るでしょ。ほら、行って」
「……」
「いずみちゃんね、うちのりんご大好きだったんだから」
 行きなさい、と無理に送り出される。週末だから、帰って来なくていいと言っているのだ。酒の相手でもしてあげなさいよ、と。
 ――いまにも死にそうな姉の看護に追われる若い医者。
 ――姉夫婦に子どもが産まれるとわかって逃げ出してきた自分。
 姉を慕っているのは同じだ。くそったれ、と悪態ついてカブの荷台にくくりつけたかごにりんごを載せ、エンジンをかける。


→ 


お久しぶりです。
この冬は長編・短編とあれこれ更新出来る予定です。
よろしくお願いします。



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プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

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