忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


 友臣(ともみ)のバイト先の画塾で事務員を勤めている志摩(しま)の口癖は、「あまいお菓子はいかが」だ。
 年齢はおそらく三十代から四十代ほど。痩せ型で、背が高い。結婚はしていないらしく、高校の同級生であったという塾長からよく「いいパートナー見つけろよ」と言われているのを、耳にする。低く穏やかな声をしているが、実は声量がとてもあり、たまに笑い声などで、その片鱗を垣間見る。趣味があって、確か仲間内とゴスペルサークルを結成していて、そこではいちばん下のパートを担当しているそうだ。
 友臣は四年制の美大を卒業したものの、就職口がなかったので美大の院に進んで、それでも就職口がなかったので、教授の口利きで大学近くにある画塾にバイトとして入った。子どもらに絵を教えたり、美大進学希望者に実技対策をしたり、趣味で絵を極めたいという人に指導したりと、ちいさいながらも幅広くやっている塾で、友臣はそこで子ども向けの絵画クラスを担当している。子どもと言っても幼稚園生から中学生と幅広い。クラス自体は友臣とベテランの女性指導員のふたり体制で、言ってみれば友臣は、アシスタントだ。子ども相手なので、時に体力をつかう。そんな折にぐったりとしながら事務室へコーヒーをもらいにゆけば、そこには志摩がいて、友臣を見てにこりと笑い、「あまいお菓子はいかが?」と訊く。
 出てくるお菓子はその時々で様々だ。まるい大缶のクッキー詰めあわせだったり、近所の和菓子屋の大福だったり、奮発して買ったという高級アイスクリームだったり。大抵はポットに保温しっぱなしのコーヒーがお供なのだけれど、時間がある時には、志摩はわざわざ湯を沸かして、丁寧に中国茶を入れてくれる。志摩のルーツが中国にあるとか、そういう訳じゃない。ただ、若い頃に旅行先で飲んで中国茶にはまり、以来、日常的に飲んでいるんだ、お菓子にも食事にもなんでも合うし、と志摩は言っていた。
 その日も、志摩に「あまいお菓子はいかが」と声をかけられ、友臣は「いただきます」と応じた。先ほどまで子どものクラスの面倒を見ていたが、今日はこの後すぐ、受験生向けクラスに向かわなければならない。シーズンだから人手が足りないと言って、応援要請を受けたのだ。「じゃあ手っ取り早い方がいいね」と志摩は言い、紙のパッケージを封切って大きくてまるいビスケットを取り出した。海外旅行に行った友人からの土産だと言い、パッケージには「ginger & chocolate」と書かれていた。齧ると確かにジンジャーの味がして、なかなかスパイシーなビスケットだった。
 コーヒーと交互に齧ると、美味しかった。疲れた身体に沁みるようだった。ほう、と身体を緩ませる。普段はふたりいる事務員のひとりが今日は風邪で休んでおり、事務室には、志摩と友臣しかいなかった。年上といえども、志摩は緊張感を強いる性格の男ではなく、むしろ逆だと言える。心地よい、と感じた。
 志摩が「そういえば友臣くんはどんな絵を描くの、」と訊いた。にこにこしている。友臣は「抽象画です」と苦笑まじりに答えた。
「具体的なものを描くよりも、線とか点とかをひっぱったり配置したり、色で遊んだりする方が好きなんです。――あ、去年の展覧会のDM持ってます。見ます?」
「見たい、見たい」
 志摩が興味津々に答えるので、手帳に挟みっぱなしになっていたDMを取り出して、志摩に渡した。大学の修了展のときにつくったものだ。はがきサイズのDMに印刷されているのは、こってりと塗ったカラフルな下地にあらゆる線が乗っている、というもので、実寸は二メートルもある巨大な絵だ。友臣としてはここに自分なりの哲学があり、宇宙があり、存在意義が込められているのだが、それをなかなか汲み取る人間はいない。ただ、ポップでカラフルで綺麗、そういう感想が多かった。
 志摩もまた、うーんと唸り、「友臣くんらしい色あいだね」と言った。
「カラフルで賑やかだ」
「そうですね。よくそう言われました」
「でもちょっと淋しい?」
「え?」
「いやさ、心理学なんかで、携帯電話や鞄や車のキーなんかにマスコットやキーホルダーをじゃらじゃらつけている人たちは、淋しいんだ、とか言うじゃないか。なんだかそういう色あいであるような気がしたから」
「そんなに考えて描いてないですよ。おれにとって心地いい色あいだから、」
「うん。あかるくていい色あいだと思うよ。きみらしい」
 と志摩は言い、コーヒーを口にする。友臣は、なんだか自分の気持ちを言いあてあられたようで、ひやひやしていた。しばらく考え込み、それから「――まあ、そうなんですよ」と答えた。
「おれ、淋しいです。この淋しさは一体なんだろう? っていつも考えます。それはひょっとしたら、恋人でも出来たら解消する淋しさなのかもしれないけれど、でもちょっと、違う感じがして、」
「……そうだね、分かる気がする。淋しさと人恋しさって、きっと決して、イコールではないよね」
「うん、かも。……あの、歳を取ればうすれていくものなんですかね、これは」
「俺の経験から言えば、うすれないよ。躱し方を覚えるだけ。仕事に打ち込むとか、趣味に走って発散するとか」
「……そう、ですか、」
「でも、友臣くんくらいの年齢のころは、俺も淋しかった。淋しさから、無茶もけっこうやった。そういう衝動を伴うよね、淋しさ、ってのは」
「無茶、やったんですか?」
「そりゃあ、まあ、ね」
 志摩は苦笑してみせた。同時に予鈴が鳴り、次の講義へと、友臣を立ちあがらせる。「じゃあおれ行きます。ご馳走様でした」と言って事務室を出て行こうとすると、志摩に「友臣くん、」と呼び止められた。
「いま恋人いない、ってさっきの発言を受け止めていいんだよね」
「うん、……いない、です」
「淋しい、とも言ったね」
「言いました」
「じゃあ、ちょっと考えてほしいことがあるんだ。俺と付きあって。――どうかな、」
 唐突な告白は、きちんと意図が汲めた。近所の散歩に付きあってとか、そんな意味ではないということが分かる。面食らった友臣はぽかんと口をあけたまま、立ちつくした。志摩は頭をかりかりと掻く。
「……その、ね、友臣くん。きみが淋しいなら、俺が話し相手になろう。深夜までだって電話に付きあうし、こうやってお茶したりして、その、きみにとってわるい話じゃないと思う。飽きたり、嫌になったり、煩わしくなったりすれば、その場でポイ、で構わない。なかなか、きみにとって有利な話だと思うよ。ま、……俺は男、っていう最大の難関はあるけれども」
「……志摩さん、」
「その、きみさえよければ、考えておいてよ。引き止めてわるかったね、」
 そう言われて時計を確認すれば、実技の開始時間まであと一分しかなかった。友臣は慌てて事務室を出て、階段を駆けあがる。こんな時に限って、三階の一室で実技などやるのだ。
 走ったせいなのか、志摩の思わぬ告白のせいなのか、心臓がどきどきと痛んだ。
(なんだあ、ありゃ……)
 言葉の余裕さとは裏腹に、すがるような、頼りない目をしていた。大人があんな顔をするんだな、とも思った。嫌だとは思わなかったが、気持ちが暴れている。整理をするにも、場所や、時間や、状況や、色んなことの余裕がほしいと思った。
(心臓、痛い)
 講義中も不意に志摩の表情や言葉がフラッシュバックされて息が詰まるのだから、参った。


→ 後編


拍手[24回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
konさま(拍手コメント)
あけましておめでとうございます。いつもありがとうございますw
「あまいお菓子~」久々の、直球です。とにかく怒涛の勢いで口説きまくるお話を書きたくて書いたお話です。本日、後編も更新いたしましたので、楽しんでいただけると嬉しいです。
そして「はじめての恋は~」、お買い上げいただき、ありがとうございます。尺が決まっている中でどうにか起承転結をさせようとあがいていた記憶があり(いままで、決められた尺の中で物語をつくる、という作業をしてこなかったので)、少しリズムが躓いたかもしれません。
それでも、これでもか、というぐらいに幸福の要素を詰め込みました。憧れの縦書きでもあります。konさんの仰る通り、不器用さは誠実の裏返しですね。そういうところをいとおしんでいただけると、書き手としてこれ以上の喜びはありません。
今年一年、またえっちらおっちらやってゆきます。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。
粟津原栗子 2015/01/01(Thu)17:25:28 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501