忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 日野辺医院の裏口にカブを停め、かごを下げて玄関をくぐる。ちょうど大先生が出かけるところで、「おお、ぼうず」と笑った。
「送のやつ、寝てるから起こして相手してやれ」
「なんかあったんすか?」
「今日はちょっと急患が多かったもんでな。さっきまでばたばたしてただけだ。連休前の駆け込み需要ってやつだよ。それにあいつはさ、冬のはじめになると毎年こうなんだ。秋までの疲れが出んのかね。気温が下がると、眠くなるらしくてよく寝てらあ」
「冬眠しそうすね」
「実際、冬のあいつと夏のあいつじゃ体重も二、三キロぐらいは差があるんじゃねえのか? 実に生物的なやつだろ。動物的っていうのかね」
 くくく、と可笑しそうに笑って大先生は出かけて行った。家にあがると確かに居間で日野辺がすうすうと寝息を立てて眠っていた。
 眼鏡をかけっぱなしで、白衣も着たままだ。よれよれでくたくたでぼろんちょ。なんでこんなのに惹かれるんだろうなあと、ちょっと笑って、ちょっと呆れた。材料の入ったかごを台所に置き、「おい」と肩のあたりを軽く蹴とばす。「送、起きろよ」
「……んん、……現か、」
「さっき大先生が出かけてった。あんた起こして相手してやれって」
 日野辺をまたいでシンクに向かうと、寝ぼけたまんまで「なに作ってくれんの」と日野辺は訊いた。
「りんごのお菓子。美味いぜ。ちゃんと常盤果樹園のお墨付きだ」
「現はお菓子なんか焼くのか?」
「おれ、甘いもんめちゃくちゃ好きだもん。好きすぎて調理の専門で勉強したぐらい。ここはさ、すげー田舎の町だけど、果樹園が多いじゃん。材料は贅沢でいいよな。安いし」
「秋はりんごで、」
 まだ眠いのか、日野辺は寝ころんだまま腕を上に突き出してくるくると絵でも描くように空をなぞった。
「いちじく、栗、柿、ぶどうに梨、キウイ。冬はハウスで柑橘。春になればいちご、ブルーベリー、さくらんぼ、そのうちにプラム、桃、メロン、すいか、とうもろこし、……ってこれは野菜か」
「この辺はそうらしいな。あんた、甘いもんは?」
「好きだよ。フツーに好き」
「そっか」
 フツーに好きか。くつくつと笑っていると「げんー」と寝っぱなしの日野辺に呼ばれた。
「げんー、げんー、げんー」
「なぁんだよ」
 何度も呼ばれて呆れながら傍にいくと、伸びた腕に頭を絡めとられた。
「いいよ、りんご後で。後で作って、ちゃんと食べる……眠いんだ」
「今日は大変だったらしいな」
「風邪流行りだしたからな。……葬儀屋じゃないからさ、うちは。みんな生きてるってことでしょう」
「……」
「こういうとき、医者でよかったと思う。なんかさ、思うんだ」
「……そうだな、」
 そのまま日野辺の上に体重を預けて重なると、日野辺は重さで「うっ」と唸ったが、目はあけなかった。眼鏡をはずしてテーブルの上に置いてやる。
 毛布をずりずりとかぶせて、横になる。日野辺はあやふやな口調のまま、「春になるとさ」と言った。
「この辺はすごいよ。常盤さんとこもそうだけど、あちこち果樹の花ざかりで」
「へえ」
「りんごの花、見たことあるか?」
「いや、ない」
「春になったらたくさん見られる。……花見、しようなあ。現はお菓子の担当で」
「いいよ」
「じゃあおれは、酒と肴の担当で……」
 日野辺の手足は熱かった。眠りの隣にいるのが分かる。そっと日野辺の胸に頭を載せる。
 心臓が、心拍が、ゆっくりと、打っている。冬の熊みたいな遅さと力強さで。
 この辺は冬が深いと聞いている。そういう気候はいままで経験したことがない。農家によっては農閑期に入り、常盤果樹園では収穫したりんごを貯蔵して、注文に応じて出荷したり、加工品に仕立てたりと、内職が主になる。
 その間、自分はよそでバイトでもしてみようかと思っている。除雪のバイトとか、スケートリンクの管理のバイトとか。いままで体験したことのないような仕事が、なんのかんのであるようなので。
 そうやってこの町で暮らしていく。この男の傍で暮らしていく。
 霜の当たったりんごは、蜜が入ってとても甘いらしい。先日、そのりんごを収穫した。冬が間近に迫っている。
 日野辺は眠る。静かに眠る。現はその心臓の音を聴く。黙って胸に耳を重ねて、しんしんと深い呼吸を聴いている。


end.


← 


関連:いきどまり
   この先



「いきどまり」「この先」を書いたときから、あのふたりが先をどう辿るのかを考えていました。
ようやく書くことが出来ました。7年経ちましたが、彼らの幸福を願います。


拍手[7回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501