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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 ヒロは到着して家を案内したのちすぐに、用意した一室にこもった。勉強にとことん集中したいらしい。だから私はヒロを放って、自分の仕事をこなした。この古い家には壁掛けの古い時計があり、それがボーン、ボーン、と六つの鐘を打ち鳴らして顔をあげた。夕方六時、普段なら先生が戻られる時間だ。
 ヒロの部屋を覗くと、彼は電話中だった。
「ちょうどいいや、ゆうちゃん。親父だから、代わって」
 そう言ってスマートフォンを渡される。長兄とは先日話したばかりなのでこちらは特に用事がないのだが、とにかく息子を頼む、という話と、滞在費の足しにといくらか持たせたから受け取ってくれ、という話と、土産に自家製の干物があるからそれは早めに食べてくれ、という話だった。
「お、さばのみりん干し。こっちはするめいかか。よく作ったね?」と紙袋の中身を甥と改める。
「ばあちゃんがこういうの張り切って作るからさ。干物作るなら冬がいいとか聞くとすぐやる」
「おふくろらしいな」
 笑っていると先生が「楽しそうですね」と帰宅された。
「おかえりなさい。ええと、今日からしばらくの、甥です」
「あ、はじめまして、……ゆうちゃんの甥の、博高(ひろたか)と言います」
「ヒロ、こちらが同居人の、名鳥(なとり)先生」
「先生?」
 ヒロは疑問符をつけて先生を見た。先生は笑っていらした。
「僕は別に遊さんの先生をやっていたわけではありませんが、大学教授なんて仕事をしていますので、先生、と呼ばれてしまっています」
「いや、先生は先生ですよ。なんていうのか、僕の人生の」
「そう言っていただけるほどの実績があるわけではないんですけどねえ」
 先生はマフラーを外しながら、「食事は僕が担当しています」とヒロに告げた。
「今日の分はこれから作ります。若い人が来るから、と思って材料をちょっと買い足して来ました。博高さん、の、食事は僕らと同じで構いませんか?」
「大丈夫です。すごく助かります。おれ、手伝わなくてもいいんですか?」
「遊さんにはいつも食器の上げ下げだけしてもらっていまして、基本的には僕がひとりで作ります。好きなんですよね、ひとりで作業するのが。考え事をしながら作るせいもあるかもしれません。今夜は鶏の水炊きにしようと思うのですが、どうですか?」
「めちゃくちゃ食いますよ、おれ」
「よかった。作りがいがありますね。いまから準備して、七時過ぎに呼べると思いますよ」
「ヒロ、そのあいだに風呂入ったら?」と私は口を挟む。
「じゃあ、そうさせてもらいます。なにからなにまですみません」
「夕飯のときに、きみのこれからのスケジュールを聞かせてもらいましょうか。僕らが手助けできることもあるだろうから」
 そうおっしゃって先生は書斎へと下がった。私はヒロにバスタオルや石鹸を出してやる。
 ヒロは、ふう、と息をつき、「ゆうちゃん、大学の先生と一緒に暮らしてるんだな」とびっくりした顔を隠さなかった。
「もしかしておれが受ける大学の人?」
「いや、聞いた話だと違う大学だよ」
「ゆうちゃんどういう経緯で知りあって、こうなったの? 歳も離れてるでしょ?」
「先生に訊いて。先生が話していいと思ったら、話してくれると思うから」
 甥っ子を風呂に押し込み、台所へ向かった。先生は鶏肉やねぎの他に、茶碗と箸も買い足していて、それらを洗っておられた。
「水炊きというよりは、寄せ鍋になりますかねえ」と冷蔵庫から出した具材をあれこれ見て思案なさっている。
「あ、うちの母が作ったという干物があるんです。甥っ子が持ってきてくれて。さばのみりん干しと、するめいかの干物。自家製だから早めに食べてくれ、と」
「それは嬉しい。ではそれは、明日の朝食と、昼ごはんのおかずにしましょうか」
 その夜、先生は鍋のほかにほうれん草の胡麻和えや高野豆腐の卵とじなどの副菜も準備し、鍋の締めに朝の残りの玄米を入れて雑炊にしてくださった。
 若い人の食欲はすさまじいものなのだなあ、と思わざるを得ないほど、ヒロの食べる量はすさまじかった。先生よりも私は食べる方だが、彼はその倍は食べたのではないかと思えるほどだった。
「あー、うまかったー。腹いっぱい」とお茶をすすって彼は天井を仰ぐ。
「これなら夜食とかいらねえや。でもあまいもんは欲しくなるな」
「あまいもの、お好きですか?」と先生が訊ねられる。
「食後の別腹、ですかね。勉強してると脳に栄養ほしいし。おれがまだこーんなちっちゃかったころ」
 ヒロは背の高さを手で示してみせた。
「たまに、爆発するみたいにゆうちゃんが大量のお菓子を作ってくれて。それを親とか兄弟とかいとことか友達とか、みんなでいっせいに食べる日がありました。あれが懐かしくて、むしょうに欲しくなるときがあります」
「遊さんが、お菓子ですか」先生は私の顔を見た。
「すごかったですよ。量も、種類も豊富で。スイーツバイキングみたいだった。チョコレートのケーキとか、シュークリームとか、さくらんぼのパイとか、チーズケーキ、プリン、おれと友達はクッキーとドーナツがお気に入りでした」
 喋っているうちに「食いたくなってきたな」とヒロはひとりごちる。
「ここにはあまいものがないんですよねえ。僕も遊さんも食べないから、……そう思ってたけど、遊さんはご自分で作るほど好きだということですか?」
「昔の話ですよ。ストレス発散で手の込むもの作ってたんです。お菓子づくりって、工作と似てますから。工作は作っても置き場に困りますけど、お菓子なら消費してもらえます」
 なんだか言い訳みたいになってしまった。
「食後のデザートが欲しければ買ってきましょうか?」と先生はおっしゃる。
「いや、いいすよ。それに欲しくなったら自分でコンビニでも行きます。そのー、ナトリ先生はあまいものはあんまり好きじゃないんですか?」
「そうですね」
 先生はそっと視線を下げた。
「嫌悪感、に近いです」
「そうすか」
 ヒロは手をあわせて「本当にごちそうさまでした」とあいさつした。

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プロフィール
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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