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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 食事を終えると、先生は書斎に籠られる。日ごろからたくさんの書物を読み解かれる方だが、食後にゆっくりとご自分のお好きな本をお読みになる時間が、とても大事である様子だ。私はその時間、食卓を片づけたり、今日の作業が残っていればそれを片づけたり、あるいは風呂に浸かったりと、やはり自分の時間に充てている。そしてころあいを見計らい、書斎の扉をそっとノックする。
 先生は眼鏡を下げ、「もうそんな時間か」と頷かれる。
 布団は、私が準備する。ふたり分の布団を和室に敷いて、冬なら湯たんぽであたためておくし、夏なら縁側の窓を放って風を通しておく。いまは冬なので、前者だ。先生は肩を揉んでらしたので、布団にうつぶせに寝かせ、その上にかぶさった。マッサージを施す。
 デスクワークなのはお互いで、先生も私を寝かせて腰などを揉んでくださる。先生の硬くて細い指は、とても気持ちがいい。私はうっとりと目を閉じ、寝かけてしまう。先生がそっと布団を被せて、電灯を消すまで、私はうつらうつらとしていた。
 布団に入って、しばし目をあける。
「……さっき兄に連絡したら、むしろその同居人て人に迷惑にならないかと恐縮してました。だから甥っ子呼んで、いいですよね」
「僕は一向に構いません。遊さんの決定で」
「あ、でも甥っ子来たらこうやっておんなじ部屋で寝ているのはだめですね?」
「うーん」
 暗い部屋の中で、先生はそっと笑った。
「僕の書斎にはソファがありますので、僕はしばらくそこで寝ましょう」
「すみません、あれは先生の仮眠用なのに」
「仮眠用だからと仮眠しかできないわけではないですから。甥っ子さんは、いつ来ますか?」
「ええと」
 私は充電器に繋がれたスマートフォンを出して、日付を確認する。
「地元で大学共通テスト受けて、結果見てこっち来るみたいです。学校は自由登校だからって。一月の終わりぐらいからでしょうか」
「じゃあもうすぐですね。何学部を受けるんですか?」
「家政部だそうです。家庭科の先生か、管理栄養士の資格を取りたいみたいで」
「それはまたきみと毛色が違いますね」
「いえ、根っこはおんなじですよ。手先を動かすのが好きなんです」
「なるほど」
 なにか頷いて、先生の手が布団の中に潜り込んできた。
「締め切り前の遊さんには酷ですか?」とじかに腹に触れながらおっしゃる。
「甥っ子が来たらしばらく自由にはなりません。それに僕も先生に触りたいです」
「こっちへ来ますか? そっちへ行きますか?」
「……そっちへ行きます」
 布団を抜け出る際に、浴衣の帯をほどいた。室内の寒さで鳥肌がいっせいに立つ。先生は布団を持ちあげて私を迎え入れ、組み敷いて、上に重なった。私も先生の浴衣の帯を引っ張ってほどく。
 先生の、普段は穏やかな目が、こういう夜だけ夜行の獣のように光る。その発光が、私の胸をざわざわとくすぐる。
 先生は硬く細い指で、やっぱり私を、丁寧になぞるように愛してくださった。先生がたまに飲まれる日本酒、あんな感じで含福を味わうべくして啜られる。


「ゆうちゃーん」
 駅舎でボストンバッグぶら下げて、久々に会った甥っ子はなにもかもが規格外だった。
 厚みも背もしっかりとたくわえて、伸びやかな身体をダウンジャケットの下に隠している。高校生男子ってこうだったかな? と自分を思い返してもうまく思い出せない。短く切り揃えた襟足に、マフラーをぐるぐる巻いて、白い息を吐いて、「うわ、まじでゆうちゃんだ」と人懐こく笑った。
「これ、親父から。迷惑かけるなよって、色々持たされた」
 そう言って大きな紙袋を突き出す。中には菓子折や地元の名産などが詰め込まれているようだった。
 ヒロを車の助手席に乗せ、発進する。受験の塩梅を訊ねると、彼は「多分、いける」と答えた。
「家政科ってそんなに倍率高いわけじゃないし。共通テスト受けた感じでは手応えあったから」
「これで前期試験は?」
「第一志望は筆記試験やるだけ。第二志望の方は面接があるけどね」
「受かったらこっちでどうすんの?」
「下宿かな。寮でもいいけど。安く済む方法がいいから、アパートじゃない方法がいいかなって」
 んあー、とヒロは大きく伸びをした。ここまでの長距離移動をほぐす。
「部屋、ひとつあけといたからさ。好きにつかっていいよ。ストーブと布団は入れといた。座卓だけど、机もある。いやじゃなければ食事も一緒にどうぞって、先生、……同居人も言ってる」
「ああ、ゆうちゃんありがとな。同居人ってさ、ルームシェアとか、そういう友達? それとも同棲?」
「……それを答えてキミはどうするのさ」
「いや、心構えが違うと思ったからさ」
 それから窓の外を見て、「なんかいい街だな」と言った。
「こじんまりしてるけど、ほこほこしてて賑やか」
「暮らすには不便ないよ」
「あ、焼き芋売ってる」
「あそこの商店街にいつも出してる焼き芋屋さんは美味しいよ」
「芋よりさ、おれ、またあれ食いたいな。ゆうちゃんの爆弾投下おやつタイム」
 そんな名称がついていたっけと、私は驚いてしまった。
「ケーキからクッキーからゼリーからドーナツまでなんでもあった。あれだけ大量のおやつタイムがさ、ゆうちゃん出てったあとは食えてないから。受験ひと段落したらやってよ」
 そう言われて、私は苦笑した。
「お菓子、こっち来てからは全然作ってないよ。というか、いまの人と暮らしはじめてからは全く」
「え、まじで?」
「食べる人がいなくなったからかなあ。僕は基本ひとりで在宅だし、同居人も食の細い人だし」
「ああ、そっか」
 納得した、という風に、ヒロは頷いた。
「てことはやっぱり同居人って、ゆうちゃんのいい人なんだ」
 ギャ、と急ブレーキを踏んだのは、歩行者の横断待ちに気づいたからだった。
「ごめん、」
「いや、ヘーキ」
「そういえばテンちゃんって元気? まだ一緒に遊んでる?」
「えーと」
 甥っ子は歯切れ悪く、「おれも早く免許取りてえな」と答えた。

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プロフィール
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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