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話題の中心は、今年はじめに出来た秀実の新しい彼女についてだった。秀実が一方的に喋った。今までの彼女と覿面に違うところは、秀実よりも二つ年上で、今まで誰とも付き合ったことがない、という点だ。
「――え、じゃあその、」透馬が箸を宙に泳がせて秀実に尋ねた。「ぶっちゃけて聞いちゃうけど、もしかして、処女?」
秀実は「それは内緒」ときっぱり言い、透馬の質問への回答を拒否した。お喋りなくせに黙するところはきちんと線引きしているところが、秀実の好ましいところだと思う。
「すげえ真面目な人なんだ」とすぐに嬉しそうに頬を緩ませた。「大学に入り直して、勉強中なんだ。高校生の頃に病気して、二十代半ばまでずっと療養してたって。だから青春時代をすっ飛ばしちゃったんだ。大人しくて、恥ずかしがってばっかで、もう、超かわいい。ぜってーいっぱい甘やかしてやるんだ」
「良かったな、いい人そうだ」くたくたに火の通った白菜を噛みながら瑛佑は言う。
「なんか硬そうでヤだなー」一方で透馬は厳しい。「どうやって知り合ったの?」
「柳田くんの紹介」
「ああ、こないだの……。……ふうん、そっか」
「なんだトーマ、淋しくなっちゃった? トーマもかわいいなー、あいしてるぜ」
「はいはいおれもだぜ。ここ、いちばん美味いとこ煮えたよ」
匙ですくった牡蠣がつるりと碗に滑り込んでくる。瑛佑と秀実とで鍋会となった場合、どちらもそんな世話焼きなど出来ないので、どうしても適当になる。透馬に出会うまでは家でなにかを作って食べる、なんて機会自体が少なかった。テイクアウトを持ち帰ってDVDを見るとか、各々に雑誌や携帯ゲーム機に夢中になっているとか。そんな中学生の頃と同じような付き合いを三〇代になっても続けていた。それが、透馬が入って変化する。
この三人組だと秀実と透馬が喋り続けるのを瑛佑が黙々と聞いている、という図式になる。最近見たドラマの話、職場で起きた出来事。よくそんなに食べながら喋れるものだ。
親しい時間を裂くように電子音が鳴った。ぴたりと透馬の動きが止まる。「おれの電話だ」とポケットから携帯電話を取り出し、眺めてから「はい」と言って出た。同時に立ち上がり、玄関の外へ出てゆく。
こういうことが前にもあった、と思い出していた。日野洋食亭へ行く道すがらで。電話ぐらい誰でもかけるだろうと思っても、電話を取った際のあの微妙に淋しげな表情が引っかかる。
戻って来た透馬が「行かなきゃなんなくなった」と辛そうに言うので、ああやっぱりじゃないか、と確信した。秀実が「えー?」と文句を言う。瑛佑も同じ気分だった。行かない方が絶対にいい。
「職場の人に呼び出されたからさ…なんかあったのかも」嘘だと分かるし、本人も明らかに嘘をついている感覚を味わいながら喋っている気がした。
「終わってまだ早かったら、メールするよ。合流できっかな」
「そうしろよトーマ。どうせ遅くまでだらだらやってっからさ」
「ありがと。ごめん、行く」
上着を羽織り、手早く身支度を済ませ玄関へ向かう。その後ろ姿を秀実と一緒に追った。スニーカーに足を通す背中が、とても頼りなく孤独で、寒々しかった。
「透馬」上着の襟を引っ張って顔を寄せた。「大丈夫か」
靴ひもを縛る手を止めて、透馬は瑛佑に振り向いた。素直な性格なんだと思う、眉根が不安そうに寄せられている。その弱った顔になんだか笑えた。引き止めたって、瑛佑にはどうしようもない。
眉間のしわを親指でぐいぐい突いた。
「待ってるから」
「……うん」
行ってきます、とちいさく手を振って、透馬は玄関を出た。後ろ姿を見送り、ふと隣を見ると秀実が神妙な顔つきでこちらを見ていた。
「なに?」
「なあ、えーすけとトーマって、いつの間にか仲良しさんだよなー」
「ああ、うん」
仲良しかどうかは分からないが、透馬は自分によくなついていると思う。屈託なく笑う姿を見れば、単純にほっとする。不安な顔をされるよりもそっちの方がよっぽどいいので、早い話が放っておけない。
秀実が、急に瑛佑の腰をがつっと掴んで抱きついて来た。
「おれのことも気にしてくれよー」
「おまえ、彼女出来たんだからいいだろ」
「なんかさびしいじゃんか、トーマとえーすけと二人でおれ仲間外れでさ」
別に仲間外れにしているつもりはないのだが。ふっと笑うと、秀実が「まあトーマも相当な淋しがりだからな」とぎゅうぎゅうに抱きつきながら言う。
「秀、痛い」
「いつもなんか辛そうだからな。えーすけで楽になってんだったら、いいけど」
秀実にしては鋭い発言に、瑛佑も考えた。おれで楽になっているならそれでいい。いいのだけど。
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晴れているのに寒い。晴れた方が寒い。逆を言えば、雪の日の方が暖かい。そういう日を冬が来るたびに幾日か迎えるのに、毎年のことながら引っ掛かりを感じる。瑛佑だけだろうか。
晴れていれば暖かいと頭のどこかで思い込んでいる。だから外へ出て冷たい風に吹かれ鳥肌を立て、ようやくああ冬だったと気付く。乾いた空を見上げれば確かに寒いと思うのに、部屋に長く差し込む光を、夏と同等のものだとつい勘違いする。
少しだけ、透馬みたいだなと思った。晴れているのに寒い。明るいのに淋しい。笑うのに苦しんでいる。図々しいのに怖がり。
クリスマスシーズンが終わり、ニューイヤーシーズンも終わり、成人式も終えて、ようやく連休が取れた。
一日は実家に顔を出して義母の手料理をご馳走になった。二日目はマンションに戻り、秀実と透馬と鍋会の予定だ。秀実が言いだした。昼ごろから瑛佑の部屋で、という約束で、午前中は透馬と買い出しだ。駅近くの商店街の入り口で透馬と待ち合わせた。
新年、あけてからは透馬と会うのは初めてだ。待ち合わせ場所でうつむき加減に立っている透馬を遠目で見て、あ、冬そのものだ、と思った。整った顔立ちが、孤独で寒々しい。早く温めてやらないと立ち姿そのままで凍ってしまいそうだ、と。
いったいなに抱えてんだよおまえ、と思える危うさ。引きこんでしまう魅力。「透馬」と声をかけると、透馬は顔を上げて表情を一瞬空にしてから、情けない笑顔を見せた。吐き出した白い息が空へのぼって消える。
「――瑛佑さん、寒ぃです」
「悪い、どこか屋内にしておけばよかったな」
「いや、文句言ってみたかっただけです。あけましておめでとうございます」
「――ふ、おめでとうございます」
軽く頭を下げ合った後、寒いならどこか入るか? という瑛佑に透馬は首を横に振った。早く鍋がしたい、と嬉しそうに言う。自販機でカフェオレを買って渡し、飲みながら商店街で必要なものを買い込んだ。大根、しいたけにんじん、白菜。鰯と鶏肉、豆腐、エビ、出汁用にワタリガニ、贅沢に牡蠣。デザートにアイスクリーム。
酒の類は秀実が買って持ち込む手筈だ。部屋へ戻り、さあてやりますよと透馬が袖を捲って台所に立った。三人座れる座卓の用意をしつつ、透馬の手元を覗きにゆく。
「日野くんに鰯のつくねの作り方聞いたんです」
シメの雑炊用に米をセットしながら、透馬が言った。いつの間にやら仲良くなっていたらしい。
「あの人、和洋中なんでもいけんですね」
「透馬もいけそうだけど」
立って見ているだけで申し訳ない気もするが、透馬ひとりでよく動く。手際がいい。またにんじんを飾り切りしている、と微笑ましい気持ちになった。
「瑛佑さんがいけない、ってところがおれには意外なんですよね。ぱぱって料理出来ちゃいそう」
「手伝いならいくらでも。父子家庭だったけど、おれも親父も料理はあんまり得意じゃなかったんだよな。メシ食いに行くか買いに行く方が多かった」
「生活乱れたりしなかった?」
「それがさ、しなかったんだよ。そこらへんうちの親父は細かくて、カロリー計算自分でする人だったから。スポーツも好きだったしな」
「へえ、おれのところと逆ですね」
会話に、違和を感じた。おれのところ、というのが引っかかった。透馬の家庭、というよりも透馬とごく親しい誰か。透馬と父親では絶対にない誰か。突っ込もうかどうしようか悩んだが透馬は鰯をさばくのに集中していて、瑛佑の方を向かない。
玄関のインターフォンが鳴った。と同時に鍵があいて、秀実が「おっすみんな元気かー」と上機嫌に入って来た。すぐにトーフが反応してそちらへ歩いてゆく。ワンルームだし秀実相手なので、瑛佑はもうわざわざ出向かない。
有能な調理係のおかげで秀実が「腹減った!」と騒ぎ出す前に熱い鍋が出てきた。ビールをグラスに注いで、乾杯をする。母親からもらったワインもあけた。出汁がうまいからと至って薄味のそれは、好みで三種類のたれをつけて食べるようにしてある。(この辺りの知恵を夏人から拝借してきたようだ。)素材の味が豊かで、特に白ワインに合った。
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あらかた素人プロファイルをしてみて、やっぱり分からん、でもプレゼントって嬉しいもんだなと結論に行き着いたところで、母に電話をかけた。透馬のサプライズでどうせ目は覚めていた。長いコールの末に電話に出た実母は、「せっかくクリスマスのランチを楽しんでいたのに」と責める口調ではなく楽しげに、文句を言った。
『メリークリスマス、瑛佑』
「メリークリスマス。プレゼント届いたよ、ありがとう」
『あなたのも届いたわ。レストランのディナー券。……この分じゃまだ彼女は出来てないのね』
瑛佑自身は他人にプレゼントを贈ることを楽しみとしない。まず発想がない。恋人がいた頃は「毎年お母さんとプレゼントを贈り合うなんて素敵なイベント、楽しまないでどうするの!」と叱られて、彼女がセンスよく選んだ品物を贈ったものだが、別れて以降は当然つきあいがない。結果、母親いわく「拍子抜けする」品々を贈ってしまう。貰って不可ではないけれど、決して可でもないような。
「余計なお世話だよ」
『仕方ないの、あなた方の年齢はなにをどうやったって余計なお世話を焼かれるのよ。やれ彼女は、独身か、結婚しないのか。したらしたで嫁とはどうだ、子どもは。子どもが出来たら次は二人目は、ってね。その辺は女の方が蛇の道かしら。――ともかくみんな通る道だから諦めなさい』
離婚してからも「もう一度ぐらいどうだ」と言われる始末なんだから、と母は嘆いた。『世話焼きたがってもらえるうちがいいのよ』
「あのさ話変わるんだけど、小さい頃飾ってたクリスマスツリーって覚えてる?」
『ツリー……ああ飾ったわねそんなの。引越す時に処分しちゃったけど。飾るつもり? なら買いなさいよ』
「いや、あれに飾ってたオーナメントどうしたかな、って。……捨てた?」
『ほんとうに急になんなの、瑛佑』
「あのオーナメントの木馬が好きだったって、今年の冬は思い出したから。懐かしくなった」
透馬からプレゼントが届いたから、ますますそう感じたのだ。それにしても誕生日がクリスマス当日だったとは。瑛佑の直感大当たりだったことがなんだか嬉しい。いま宝くじを買ったら当たるかもしれない。ちょうどテレビを賑わせているシーズンなのだし。
少しして母親が電話口でため息をついた。「処分しちゃったわよあんなの」やけに重たげに言う。
『だってあれは、あなたのお父さんが私にくれたものだからね』
「――――え、そうなのか」父が贈ったもの。思いもよらなかった。
『そうよ。結婚前に、デートで街歩いてて雑貨屋にあってね、かわいくて。それで買ってもらったの。でも別れたから。物に罪はないけれども、別れた夫の買ってくれたもの、というか『ああこんなの買ってもらったわね』っていちいち回想するのが嫌なの、私はね。瑛佑がそんなに気にいっていたとは意外だったわ。ごめんなさいね』
さして悪いとは思っていない口ぶりで言う。彼女の行いはいつもまっすぐで思い切りがいい。後悔なんてものは滅多にしない。
『でもあれ、まだ作ってるんじゃないかしら』
しかし意外なことを言い出した。
「え?」
『ドイツのメーカーだけど、日本にも事業展開していたと思ったわ。探してみたら?』
そして母は、後でメーカー名をメールで教える、と言って電話を終えた。じきに携帯電話が振動し、メーカー名と会社のホームページと思われるアドレスが送られてきた。瑛佑よりも先にスマートフォンに変えた母だ。こういうことをそこらの若者よりもよっぽど上手に使いこなせる、老いとは無縁の五十代だ。
指定されたURLをひらくと、直でファブリックのページに飛んだ。食器やリビング雑貨を扱うメーカーでデザイン受賞も数々、言われてみればこれ見たことあるな、というグラスや置き時計もあった。しかしクリスマスオーナメントの項目はない。同じページを閲覧していると思しき母から追記のメールが来て、「いまは作ってないみたいね。直販サイトよりwebショッピングやオークションで探してみるとあるかしら」といくつかの通販サイトのURLが羅列してあった。
結論から言えば、木馬はなかった。あったがオークションで落札済みであったり、やたらと値の張るアンティークとして売られていたりする。どうしても欲しかったわけではないが、手に入らないと思うとがっかりした。
木馬のオーナメント自体はけっこうある。その中からこれがいい、と思うものを見つけたので、試しに購入することにした。星や人形やりんごといった木製のオーナメントのセットだ。クリスマスは今日、明日以降の受け取りでどうするんだと思っても、心が煌いている。普段滅多に物欲を刺激されることがないので、珍しい。
あくびが出た。まだ寝たい。
ベッドへどさりと横たわり、透馬からのプレゼント、というか透馬いわく透馬自身への誕生日プレゼントであるブランケットを引っ張る。口元へ当てて息を吸い込むと、新品特有の、少しだけ脂っぽいウールのにおいがした。嫌いじゃない。布団の上にブランケットを重ね、飼い猫と一緒に布団へ潜りこむ。眠りに落ちる寸前、母からのワインを開けるときには透馬を誘うといいかもしれない、と思った。
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「――え? おめでとう?」寝起きすぐでこれ、思考がまわらない。
『はい、ありがとうございます』
「なにかいいことあったのか」
『今日誕生日なんです、おれ。二十八歳バースデー』
なんだそりゃ。こうあからさまに祝え! とされたことは秀実相手にもなかなか思い浮かばなくて、テロに近いと思った。「そりゃ、おめでとう」
『で、送った毛布、どうですか?』
「――ってことはやっぱあれおれにくれるものなの? いいよ、すごく気に入った。でもさ」
『良かった。あれ、誕生日プレゼントです』
「……おれの?」意味が全く分からない。
『いえ、おれの』ますます分からない。
電話の向こうで楽しそうな笑い声が響いた。息の音が吹きかかる。
『いや、贈り物って楽しいじゃんね。こういう時期なら尚更さ。プレゼントを贈る楽しみ、っていう誕生日プレゼントです。おめでとうおれ、っつって』
「いや、いや」瑛佑には到底発生し得ない発想だ。「おれが貰ってプレゼントに、なるか」
『本人がなるって言ってんだからなるんですよ。それね、フィンランドのメーカーです。瑛佑さんの部屋にある椅子と同じ会社のプロダクト』
言われて、今ちょうど座っている椅子を見下ろした。よく確認すればブランケットについているタグは見覚えがある。モスグリーンの座面にこのブランケットは、風合いがぴったりくる。
『あんま金ないんでアウトレット品でごめんなさい、ですけど』
「これに合わせて、わざわざ?」ネコの爪痕だらけですっかりみすぼらしくなってしまっている椅子だというのに。
『それ、瑛佑さんの部屋にあったらいいなあと思ったんで。使ってください。使わなくても置いといてください、次に泊まりに行ったときにおれが使うから。トーフの毛だらけになっちゃったら、おれが洗濯するから』
「ちゃんとつかうよ。ありがとな」あんまり切実に言うから、誠意が伝わるように心がけて発音した。透馬が満足の吐息を漏らす。
『良かった。――びっくりしました?』
「した。クリスマスの朝にクリスマスプレゼントが予想しないところから届いたから。でも嬉しいな、こういうの、な」
電話の向こうで照れ臭そうに笑う透馬の表情が、目蓋の裏に想像できた。
「二十八歳おめでとう、いい一年にしてくれ」
『強要してすいません。ありがとうございます』
「おれの誕生日には透馬になにか贈らないとな」
『え、本当に? 瑛佑さん、誕生日いつですか?』
「五月十一日」
『本当にくれます?』
「やるよ。疑うなよ」
『やばい、まじで嬉しい。五月楽しみになってきた』
こっちがプレゼントじゃん、と言って、また笑った。笑いっぱなしのまま電話は続いてしまいそうだったが、「やべもう昼休み終わる、」と言って慌ただしく切れた。携帯電話をベッドの上にそっと置き、改めてブランケットを広げてみる。自分の誕生日にそんな発想をするか? とブランケットを眺めて笑った。全く本当に分からない男だ。
ただ、その突拍子もない考えは、実は相手を和ませることに終始していると徐々に分かって来た。自分本位の興味だけで押し付けてくるものではなく、むしろ逆だ。どうか温かい気持ちになりますようにと必死で祈る姿勢が見える。切実で誠実に、本心ではとても怖がりながら。
秀実とはまた違う動機で他人を求めている。家庭不和と不倫、込み入った事情があるのは承知の上だが、それ以上は瑛佑の想像外、というよりも端から思考の仕方が違うのだ。瑛佑よりもきっとはるかに、あらゆる事象からの感受性が強い。
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『はい、ありがとうございます』
「なにかいいことあったのか」
『今日誕生日なんです、おれ。二十八歳バースデー』
なんだそりゃ。こうあからさまに祝え! とされたことは秀実相手にもなかなか思い浮かばなくて、テロに近いと思った。「そりゃ、おめでとう」
『で、送った毛布、どうですか?』
「――ってことはやっぱあれおれにくれるものなの? いいよ、すごく気に入った。でもさ」
『良かった。あれ、誕生日プレゼントです』
「……おれの?」意味が全く分からない。
『いえ、おれの』ますます分からない。
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『いや、贈り物って楽しいじゃんね。こういう時期なら尚更さ。プレゼントを贈る楽しみ、っていう誕生日プレゼントです。おめでとうおれ、っつって』
「いや、いや」瑛佑には到底発生し得ない発想だ。「おれが貰ってプレゼントに、なるか」
『本人がなるって言ってんだからなるんですよ。それね、フィンランドのメーカーです。瑛佑さんの部屋にある椅子と同じ会社のプロダクト』
言われて、今ちょうど座っている椅子を見下ろした。よく確認すればブランケットについているタグは見覚えがある。モスグリーンの座面にこのブランケットは、風合いがぴったりくる。
『あんま金ないんでアウトレット品でごめんなさい、ですけど』
「これに合わせて、わざわざ?」ネコの爪痕だらけですっかりみすぼらしくなってしまっている椅子だというのに。
『それ、瑛佑さんの部屋にあったらいいなあと思ったんで。使ってください。使わなくても置いといてください、次に泊まりに行ったときにおれが使うから。トーフの毛だらけになっちゃったら、おれが洗濯するから』
「ちゃんとつかうよ。ありがとな」あんまり切実に言うから、誠意が伝わるように心がけて発音した。透馬が満足の吐息を漏らす。
『良かった。――びっくりしました?』
「した。クリスマスの朝にクリスマスプレゼントが予想しないところから届いたから。でも嬉しいな、こういうの、な」
電話の向こうで照れ臭そうに笑う透馬の表情が、目蓋の裏に想像できた。
「二十八歳おめでとう、いい一年にしてくれ」
『強要してすいません。ありがとうございます』
「おれの誕生日には透馬になにか贈らないとな」
『え、本当に? 瑛佑さん、誕生日いつですか?』
「五月十一日」
『本当にくれます?』
「やるよ。疑うなよ」
『やばい、まじで嬉しい。五月楽しみになってきた』
こっちがプレゼントじゃん、と言って、また笑った。笑いっぱなしのまま電話は続いてしまいそうだったが、「やべもう昼休み終わる、」と言って慌ただしく切れた。携帯電話をベッドの上にそっと置き、改めてブランケットを広げてみる。自分の誕生日にそんな発想をするか? とブランケットを眺めて笑った。全く本当に分からない男だ。
ただ、その突拍子もない考えは、実は相手を和ませることに終始していると徐々に分かって来た。自分本位の興味だけで押し付けてくるものではなく、むしろ逆だ。どうか温かい気持ちになりますようにと必死で祈る姿勢が見える。切実で誠実に、本心ではとても怖がりながら。
秀実とはまた違う動機で他人を求めている。家庭不和と不倫、込み入った事情があるのは承知の上だが、それ以上は瑛佑の想像外、というよりも端から思考の仕方が違うのだ。瑛佑よりもきっとはるかに、あらゆる事象からの感受性が強い。
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クリスマスツリーを飾った思い出は母のいた小学校三年生のクリスマスまでで、父と二人だけになった四年生の冬からは特別になにをした、という記憶がない。あのクリスマスツリーは母が持ち去ったのかそれとも家に残されたままだったのか、謎だ。いま探すことが出来たら、木馬のオーナメントだけでも手に入らないかと多忙を無事にやり過ごした光の朝にふと考えた。
十二月二五日、クリスマス当日。前日の晩から瑛佑は夜勤だった。クリスマスイヴからクリスマスにかけての大事な夜、たとえ平日ではあっても、ホテルが静かであるはずがない。聖なる夜を特別な場所で過ごせるカップルや、家族や、友人たちはみな――一晩中瑛佑を忙しくさせてくれた。ルームサービスを頼みたい、ドレスにソースをこぼしてしまった、廊下で騒いでいる若者をどうにかしてくれ。部屋中をシャンペンまみれにしてしまいベッドが使えないから部屋を取り替えてくれ、というわがままな難客も振りかけられた。仮眠は一切取れなかったが、どうにか終えてほっとしている。
実母と別れ現在の妻と連れ添った父親は、計二回部屋を替えている。瑛佑が小学校を卒業する際に近所の別のマンションへ一回、再婚を機に一回。引越しの荷物にそのような箱は見当たらなかった、ように思う。次回帰省したら確認してみようか。日勤に引き継ぎを終えて着替え、途中朝食を採りながら自転車を走らせ部屋まで戻ると、タイミングよく運送会社の若い社員と出くわした。荷物をふたつ受け取る。ひとつは関西にいる実母から、もうひとつは透馬からだった。
――あれ、なんで透馬?
クエスチョンマークを浮かべたまま、ひとまずは部屋の鍵をあける。飼い猫トーフが瑛佑を待ち受けており、その鼻をぽちりと突いてただいまの挨拶をする。玄関脇に置いていた自転車と荷物を玄関の中へ運び入れ、カーテンをあけ風呂の支度をし、ようやく腰を下ろす。
クリスマスに実母からプレゼントが届くのは、毎年のことだ。瑛佑の誕生日も子どもの日も成人式でさえ無視をしたのに、クリスマスプレゼントだけは必ず送って寄越す母。彼女の言い分では、「だって冬は贈り物をしたくなるんだもの」だった。逆の理論で五月の瑛佑の誕生日には「贈り物の気分じゃないから」なにもなし、という風変わりな思考を持つ。そしてクリスマスプレゼントを贈り合う以外に、ここ十年ほどは直接顔を合わせていない。瑛佑を産んだことすら忘れているかもしれない。
今年のプレゼントはワインだった。赤と白を一本ずつで、金色のラベルを読む限りではY県のワイナリーのものだった。二十歳を過ぎた男が母親の選ぶ服や小物を身に着けていたら女はドン引きする、という独自の持論に基づいて、成人して以降はこうして食材や飲料など、消費できるものを送って寄越すようになった。去年はチョコレートだったし、一昨年は高級缶詰のセットだった。ある意味お歳暮のようなものだ。
添えられていた白い便箋をひらくと、いつものそっけない字で近況が綴られている。最近はスペイン語を勉強するのが楽しい、とのこと。ワインを選んだのはスペイン語講座の仲間と秋にワイナリー探訪をして以降すっかりワインにはまってしまったからで、どうせろくに酒は飲めないのだろうけど、こういうもので釣って女でも連れ込んで見せなさい、といつもの口調で書いてあった。「国産ではトップクラス、名実ともに確実よ」と。
わが母ながら「変わり者」としか言えないな、と手紙を読んで瑛佑はそっと笑う。ひととおり笑って決着をつけてから、さて次、と透馬からの宅配便に手を付けた。クラフト紙に包まれたそれは抱き枕のような大きさと感触で、中身の見当がつかない。まさかぬいぐるみなんか送って寄越さないだろう。やりかねないのか? 透馬の思考についてゆけないまま中身をひらく。
クラフト紙の中身はさらなる包装が施されており、くすんだ赤に同色系のリボンのかかったそれは明らかに贈り物だった。解くと、グレイの地にうっすらと変則的に青いボーダーが走る、ウールのブランケットが出てきた。周囲を青い糸でかがり、茶色の革バンドが持ち手としてついている。一目見て瑛佑の好みをぴしゃりと突き、ああいいな、と思った。あたたかでやわらかい。いいのだけど、なぜこれを? 中にはメッセージカードも手紙もなにも同封されていなかった。
これはクリスマスプレゼントということなんだろうか。ひとまずメールを送ってみることにした。『荷物届いた。けど、これなに?』返信は一向に来ず、夜勤明けゆえに疲れていた瑛佑はひとまず風呂に入り休むことにする。
昼過ぎに、メールの振動で目が覚めた。眠い目をこすりながら画面をひらくと透馬からで『電話していいですか?』と一言あった。『いいよ』と簡潔に送ると、今度は即座に携帯電話が鳴り出す。
『――おめでとう、って言ってください』
第一声がそれだった。
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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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