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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 クリスマスツリーを飾った思い出は母のいた小学校三年生のクリスマスまでで、父と二人だけになった四年生の冬からは特別になにをした、という記憶がない。あのクリスマスツリーは母が持ち去ったのかそれとも家に残されたままだったのか、謎だ。いま探すことが出来たら、木馬のオーナメントだけでも手に入らないかと多忙を無事にやり過ごした光の朝にふと考えた。
 十二月二五日、クリスマス当日。前日の晩から瑛佑は夜勤だった。クリスマスイヴからクリスマスにかけての大事な夜、たとえ平日ではあっても、ホテルが静かであるはずがない。聖なる夜を特別な場所で過ごせるカップルや、家族や、友人たちはみな――一晩中瑛佑を忙しくさせてくれた。ルームサービスを頼みたい、ドレスにソースをこぼしてしまった、廊下で騒いでいる若者をどうにかしてくれ。部屋中をシャンペンまみれにしてしまいベッドが使えないから部屋を取り替えてくれ、というわがままな難客も振りかけられた。仮眠は一切取れなかったが、どうにか終えてほっとしている。
 実母と別れ現在の妻と連れ添った父親は、計二回部屋を替えている。瑛佑が小学校を卒業する際に近所の別のマンションへ一回、再婚を機に一回。引越しの荷物にそのような箱は見当たらなかった、ように思う。次回帰省したら確認してみようか。日勤に引き継ぎを終えて着替え、途中朝食を採りながら自転車を走らせ部屋まで戻ると、タイミングよく運送会社の若い社員と出くわした。荷物をふたつ受け取る。ひとつは関西にいる実母から、もうひとつは透馬からだった。
 ――あれ、なんで透馬?
 クエスチョンマークを浮かべたまま、ひとまずは部屋の鍵をあける。飼い猫トーフが瑛佑を待ち受けており、その鼻をぽちりと突いてただいまの挨拶をする。玄関脇に置いていた自転車と荷物を玄関の中へ運び入れ、カーテンをあけ風呂の支度をし、ようやく腰を下ろす。
 クリスマスに実母からプレゼントが届くのは、毎年のことだ。瑛佑の誕生日も子どもの日も成人式でさえ無視をしたのに、クリスマスプレゼントだけは必ず送って寄越す母。彼女の言い分では、「だって冬は贈り物をしたくなるんだもの」だった。逆の理論で五月の瑛佑の誕生日には「贈り物の気分じゃないから」なにもなし、という風変わりな思考を持つ。そしてクリスマスプレゼントを贈り合う以外に、ここ十年ほどは直接顔を合わせていない。瑛佑を産んだことすら忘れているかもしれない。
 今年のプレゼントはワインだった。赤と白を一本ずつで、金色のラベルを読む限りではY県のワイナリーのものだった。二十歳を過ぎた男が母親の選ぶ服や小物を身に着けていたら女はドン引きする、という独自の持論に基づいて、成人して以降はこうして食材や飲料など、消費できるものを送って寄越すようになった。去年はチョコレートだったし、一昨年は高級缶詰のセットだった。ある意味お歳暮のようなものだ。
 添えられていた白い便箋をひらくと、いつものそっけない字で近況が綴られている。最近はスペイン語を勉強するのが楽しい、とのこと。ワインを選んだのはスペイン語講座の仲間と秋にワイナリー探訪をして以降すっかりワインにはまってしまったからで、どうせろくに酒は飲めないのだろうけど、こういうもので釣って女でも連れ込んで見せなさい、といつもの口調で書いてあった。「国産ではトップクラス、名実ともに確実よ」と。
 わが母ながら「変わり者」としか言えないな、と手紙を読んで瑛佑はそっと笑う。ひととおり笑って決着をつけてから、さて次、と透馬からの宅配便に手を付けた。クラフト紙に包まれたそれは抱き枕のような大きさと感触で、中身の見当がつかない。まさかぬいぐるみなんか送って寄越さないだろう。やりかねないのか? 透馬の思考についてゆけないまま中身をひらく。
 クラフト紙の中身はさらなる包装が施されており、くすんだ赤に同色系のリボンのかかったそれは明らかに贈り物だった。解くと、グレイの地にうっすらと変則的に青いボーダーが走る、ウールのブランケットが出てきた。周囲を青い糸でかがり、茶色の革バンドが持ち手としてついている。一目見て瑛佑の好みをぴしゃりと突き、ああいいな、と思った。あたたかでやわらかい。いいのだけど、なぜこれを? 中にはメッセージカードも手紙もなにも同封されていなかった。
 これはクリスマスプレゼントということなんだろうか。ひとまずメールを送ってみることにした。『荷物届いた。けど、これなに?』返信は一向に来ず、夜勤明けゆえに疲れていた瑛佑はひとまず風呂に入り休むことにする。
 昼過ぎに、メールの振動で目が覚めた。眠い目をこすりながら画面をひらくと透馬からで『電話していいですか?』と一言あった。『いいよ』と簡潔に送ると、今度は即座に携帯電話が鳴り出す。
『――おめでとう、って言ってください』
 第一声がそれだった。


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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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